第2話
真白はリビングに用意された夕食を見て不安に駆られる。
母親はそれだけ遅くなるという事だ。帰って来るまでの間、一人で過ごさなくてはならない。
真白はそこまで子供なわけではないが、なぜか今日は不安で仕方がなかった。今日――というより、日に日に不安が大きくなるようだ。
そう、あれ以来。
交通事故以来。
もっとも交通事故というのは、家で療養している時に後から教えられた事だ。
真白には事故と入院していた時の記憶は無い。
母親から、そう聞かされただけだ。いや……父親だったろうか?
父親はいない……はずだ。小さい頃に死別したんだっけ? でもいつ? と思い出そうとしても頭痛のように頭が重くなる。
事故のせいで記憶が混乱しているのだと説明されたが、その混乱が不安を招いているのだろうか。
思い出そうとすればするほど焦燥に駆られるので、なるだけ考えないようにしていたのだが、今日は家に誰もいない事もあってどんどん不安が膨れ上がるようだった。
真白は台所、居間、玄関と明かりをつけ、全ての部屋のカーテンを閉める。リビングに戻ってテレビを点けるとややボリュームを大きくした。
まだ夕食に手を付けるのは早いかとも思ったが、何か食べていた方が安心できる、ともそもそと食べ始める。
母親と二人で暮らすには少し大きめの家は、しばらくテレビのバラエティ番組の笑い声で満たされる。
夕食を食べ終わった真白はソファに座り、クッションを抱えるようにしてテレビを見ていたが、突然テレビにノイズが走ったと思うと段々雑音が大きくなり、遂に砂嵐状態になった。
真白はリモコンを操作し、チャンネルを変えてみるがどれも同じだ。
アンテナだろうか? だが真白にそれを直す技術は無い。仕方なくDVDを入れてみるがそれも同じ。
「おかしいなぁ、テレビ壊れたのかなぁ」
ぽんぽんと横を叩いてみるが映る様子は無い。仕方なくスイッチを切る。
二階の自室で漫画でも読もうか、とも思うが正直自室まで移動するのも恐い。
廊下も自室もドアを開けて明かりを点けるまでは暗いのだ。
そんな事を思っていると、突然リビングの明かりが明滅し、ビクッと体を強張らせる。
そして何度か点滅すると、完全に点かなくなった。
何なの? と焦りながら続きになっている台所に移動してスイッチをいじる。
ここからもリビングの明かりは操作できるのだが、カチカチとスイッチを操作しても反応がない。
台所の明かりは点いているので停電ではない。電球が切れたのか? と何度か操作しているとパッと明かりが点き、ほっと胸を撫で下ろす。
接触かなんかだろうか。でもいつ暗くなるか分からないならやはり自室に行った方がいいか、と考えていると違和感に気が付く。
テレビの横、真白の位置からは部屋の対称となる所にある観葉植物に影があったような気がする。
今は無い。だが暗くなった時に、あそこに何か無かったか?
暗かった時には、そこにも観葉植物と同じく何かが置いてあるのだろうくらいにしか見えなかったが、明かりの点いた今そこには何も無い。
恐る恐るもう一度スイッチを切ってみる。
ふっとリビングが暗くなるが、観葉植物の後ろにはちょうど人が隠れているような影が出来た。
台所からの明かりのせいでそんな影が出来るのか? でも何かおかしい。本当にそこに人がいるようにしか見えない。
パチッとリビングの明かりを点けるが、やはりそこには何も無い。
パチッ。
また消すが、やはり何かあるように見える。
暗闇の中をじっと注視するが、見れば見るほどそれは男の影にしか見えなくなった。
全身黒ずくめで、電柱の陰からこちらを窺う男がそこにいるような気がしてならない。
明かりを点ける。やはり何もいない。
きっと光の加減だ。怯えているからそんな風に見えるのだ。
と思いつつも、最後にもう一回だけ……と明かりを消す。
すると辺りは完全に真っ暗になった。
台所の明かりも同時に消えたのだ。
あれ? 台所のスイッチには触れていないのに……と台所の電灯に目を向けようと後ろを見る、がそこには黒い人影があった。
光の加減などではない、リアルな人の気配がすぐ後ろに立っている。
「ひあっ!」
悲鳴を上げ、その場を飛びのく。
だが離れてみるとそこにもう人の影はなかった。訳も分からず明かりの点いているはずの玄関に向かって走る。
玄関に通じるドアを開け、廊下に飛び出す真白の顔は何かにぶつかった。
そこには真白よりも背の高い、黒いスーツを着た特徴のない顔をした男が立っていた。
男は真白の手を掴む。
「きゃ~っ、きゃ~っ」
男は逃げようとする真白の頭に空いている方の手をかざした。
真白の目に映る黒い男の姿は一瞬、ジジ……とテレビにノイズが走った時のように乱れる。
次の瞬間、男はビクンと大きく仰け反り、そのままの姿で空間に固定されるように完全に「静止」した。
そのまま男の姿は空中に分解されるように粒子になって消える。
呆然とする真白の目の前には、銀色に鈍く光る刃の切っ先があった。
その刃はひゅっと動き、真白の頭上を通り過ぎる。
その動きを目で追うように後ろを見ると、そこにはもう一人、先程と同じように固まった黒い男がいた。
銀の刃に刺された男は同じように粒子になって消える。
ぺたんと座り込み、何が起こったのか分からない真白はぼんやりと、刀であろう銀色に伸びる棒の持ち手の方を見る。
そこにはやはり黒い、人の影があった。
他の影よりは若い。少年と言っていいその影は刀を腰の鞘に仕舞うと真白に向かって言った。
「また来るぞ。ここは移動した方がいい」
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