第100話 空手を信じろ

「いよいよ終幕が見えてきましたね」


 この騒動が始まってから、ずっとタッグを組んできたアルパカが言った。私はその背中の上で、苦い笑い声を返した。


アホなお友達クマのアイコンのおかげで、なかなか楽しめたよ」


 言いながら銃のホルスターを外し、サングラスと一緒に草原へ置いた。愛用のシグ・ザウエルも弾が切れ、いよいよ壊滅の可能性も見えてきた。


「異世界さんざん書いてきたけど、異世界で人生が終わりそうになるとは思わなかったね」


 ふーっとVAPEの煙を吐く。視界を覆う白い煙の中に、清々乱れず最期まで戦い抜いた団長と古月さんの姿。その先には、さらに数十にのぼるツイートにふぁぼった人々が見えた。


「ワイの中にはもうこれしか残ってないで」


 強欲な壺が頭を傾ける。


「残ったんじゃなくて残したんだよ。切り札だからさ」


 その中に手を伸ばす。中から最後の武器を取り出した。


 形はリボルバー式拳銃そのものだった。銃身部分に唐草模様が彫られていたりと若干装飾性の高さが感じられるものの、基本的な形は警察のニューナンブM60によく似ている。とはいえ、銃身はニューナンブよりも遥かに長い。私もこんなでかい銃はモデルガンくらいでしか見たことはないが、太さは五十口径くらいありそうだ。


「これ以上は無理ですよ。もう逃げてください」


 後ろから、主人公が声をかけてきた。


「あむりん、二人目も大変だよ。頑張ってね」


 逃げ出す手もあるだろうけれど、私はそれを選ぶわけにはいかなかった。これでも現世では公務に就いていた身だ。その時の使命感が残っていた。本陣に控えてる秋保さんたちには家族がいる。あむりんとえなてぃにもいる。美少女にも彼氏


 まあいい。


「行くぞ、マジカル二天一流」


 魔王がらんどさんが近づいてくる。右手の親指で撃鉄を起こして、引き金を引いた。


 ダアアアアァァァァァァン

 

 精霊銃の銃口が火を噴いた。マズルフラッシュを大げさに言ったわけじゃない。銃口の先から火炎放射のように一筋の炎が放たれ、それは小さな炎の竜のように僅かに蛇行しながら、がらんどさんの刀に噛みついた。


「やったか!?」


 壺とアルパカが叫んだが、致命傷じゃないのは明らかだ。


「これで倒せるなら、とっくに誰かが倒してるよ」


 もふもふから降り、精霊銃を手にして駆ける。


 勝算はゼロじゃない。あの職人さんが作ってるケースを使えば魔王は倒せるそうだ。


 結局三博士は一人しか出てこなかったので、ケースどう使うのかはわからないままだが、おそらくは刀を奪い取って封じるという事だろう。成井さんの作った人工知能が99.9%の可能性で確からしいというので、それに賭けることにした。


「この確率、母数はどこから引っ張って来たんでしょうね。データほとんど何も入れてないんだけどなあ? おかしいなあ? そもそも検定やるだけならディープラーニングとかいらないはずだし」


 新型人工知能のProf.エロラノベを抱えて成井さんがつぶやいた。


「いいから後衛は下がって! ファイバーケース工房さん、まだ完成しない?」

「先程先行して裁断した分を終えました。結局大幅の予定超過です。でもこれで組立作業と並行して底部を裁断、仮合わせに折り曲げ加工して形状を整えていきます。ここが組み上がれば幾分か楽になるので兎に角今は頑張るのみです」


「意地でも俺TUEEE展開にしないつもりだね。ハードボイルド小説しか書けない作者は迷惑で困るよ」

「できました! ではお休み!」


 ケースがダンドンと草原に並ぶ。私は銃をもう一度構えた。精霊銃を撃つ。放ったのは磁力の精霊。銃口から巻き起こった見えない力が刀をひきよせた。


 目的は刀を落とすだけではない。それをファイバーケースに叩き込むことだ。両手から刀が確かに離れた。狙い通りだ。いけるか?


 勝利は目前。が、そこで突然目の前に仮面ライダーが現れた。いや、その恰好をしたM24さんだ。


「うわっ!」

「足つった無理死ぬ助けて無理無理無理」


 のたうち回るM24さんに刀が当たらないよう、あわてて軌道を変える。ケースから大きく刀が逸れた。


「しまった……!」

「なんで足ってつるのほんとにむり」


 チャンスを逃した。冷汗が私の頬を落ちる。なんてことだ。魔封波に失敗した亀仙人じゃあるまいし。


 え、まって。これまさかバッドエンド?


 いやいやこれだけたくさん人巻き込んでおいて、それはないでしょ。


 あれ、でもそんな責任感ある作者だっけ?


 やばいなんだか混乱してきた。


 私が最後に出てるんだし、これで決着とか思ってたけど、まさかラストで殺しても文句言われなさそうなキャラにしたとか、そういうヤツ?


「後者かもしれない」


 アルパカがつぶやいた。


「ワイもそう思うで」


 強欲な壺が続ける。


「あんにゃろー!」


 しかし私が叫んだその時。


 私の後ろにいたあむりんとえなてぃが、突然なにかの歌声に包まれた。聞いたことのない言葉だ。


「あれ、なんだろこれ。マハーバーラタ?」

「わたしのは平家物語だ」


 全員が耳をすます。続いて空間を謎の文字が埋めていく。生き残りたちが、ぴたりと動きを止めた。


「ヒエログリフだね」

「マクベスの呪文も出てきた」


 それらの言葉が一斉にファイバーケースに入り込んでいく。そしてぽこんとなにかが出てきた。木だ。枝に黒帯がしばってある。


 みるみるうちにその木は育ち、そして実をつけた。あまりの唐突さに、全員がポカンと口を開けた。


「卵だ」

「ということは」


「これ、主上の続刊発売へのオマージュなのかな」

「あれだけみんなで大喜びしてたし、どっかで使いたかったんじゃない?」


 その卵に、ピシッとヒビが入った。


「人間は生まれるまで7日以上かかるんだけどなあ」

「微妙に設定わかってないよね」


 二人の言っていることは全く理解できなかったが、ともかく卵の中から、一人の男が現れた。


 これまで、このケースで魔王を倒す方法は二刀を封じ込めることなんだと思っていた。でも違うようだ。


 もう一つ、この世界の理不尽な法則を思い出した。つまり伝説の空手家、ディバインハンドであれば魔王にも勝ちうるというやつだ。


 ディバインハンドというのが誰の事かはわかっている。私と同じ時期に特別賞を受け取った彼だ。しかしあの空手家はトラックに跳ねられて、異世界へ行ったはずだった。


 ふと、強い日差しに目を向けた。この世界には、太陽が二つある。乾季の昼間、容赦なく照りつけてくる二重星が。それは、彼が行った世界の最大の特徴だった。


 ファイバーケースを背に、彼が立ち上がった。なぜか置いてあった純白の道着に袖を通し、黒帯を締めた。なるほど、こういう終わり方か。


 ほっと息をついて、彼の背中に声をかけた。


「真打の出番だね。これで負けたら後味悪すぎるから頑張って」

「大丈夫だ。空手を信じろ」


【完(完結)】


【登場人物紹介】


ファイバーケースさん:武術クラスタ

職人。無職柔術師範の推薦により異世界へ転生。魔王の二刀を封じるため、刀を閉じ込める秘具「ファイバーケース」を作成した。

 --

ファイバーケース工房

http://www7a.biglobe.ne.jp/~fiber-case-studio/index.htm


M24さん

仮面ライダー。一切事情を知らないまま唐突に召喚され、目の前に死屍累々たる結社の遺体と返り血に染まった二刀流の魔王を前にして激しく狼狽する。

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