第30話
ヘルメットの男が無言で兜人に肉薄する。防壁にしていた水を、今度は刀の形に変えて。
斬りかかってきた刃に対して、兜人は銃口の溶けたエアガンで応戦する。
受け止めた水の刃は驚くことに、エアガンの銃身をじりじりと浸食し始めた。
「ぐっ……!」
思わず呻きを漏らす。間近に見る水の刃は切断面が、垂直方向に噴射される一つ一つの細かい水流となっていた。ウォータージェット、という言葉が兜人の脳裏を掠めた。文字通り、加圧した水をミリ単位の小さな穴に通して得られる水流のことで、工業用や手術用の医療用途に使われる。その威力は包丁程度の薄い金属なら、簡単に切断してしまえるほどだという。
幸いにもエアガンは金属で出来ていたらしく、食い込むのがせいぜいで切断されてしまうまでにはまだ至っていない。だがそれも時間の問題だろう。このまま水流を受け続ければいつかはこちらに刃が届いてしまう。
膠着状態の中、ヘルメットの向こうを見透かすように兜人は相手を睨む。
これだけの
しかも水と炎——分が悪いのはどう考えてもこちらだ。
難敵だ、どうする……!
「っ、おおお!」
兜人は水の刃をある程度食い込ませたところで、エアガンを力一杯左に倒した。体勢を崩しかけた男はしかし、すんでのところで
兜人はすぐさまホルスターに手を掛ける。もう一丁のエアガンを取り出すと、再び火球を作り上げた。トリガーを一気に引き絞ることで、こちらの制御にも負担がかかる。
「ぐ……!」
だがここからはスピード勝負だった。ウォータージェットの刃ほどの細かい制御が必要となる武器から、兜人の火球を打ち消すほどの分厚い防壁を作るまでには必ずタイムラグが生じる。否、防壁は作られるだろうが、この火球は届くはず。
もちろん直撃すれば男の命はない。全身火傷は死に至る負傷である。
だが、何故だろう。
兜人は男が火球をある程度防御するだろう、と思っていた。
「——
人一人を飲み込むほどの十分な大きさと威力を手にした火球が、弾かれたように飛んでいく。
瞬間、男は慌てたようにウォータージェットを消し、水の防壁を作り出す。
しかし先ほどのような堅牢さはなく、火球は防壁に達した途端、白い水蒸気が上がった。火球が水を蒸発させ、防壁を削っているのだ。
このまま行けば、兜人が勝つ。
しかしそう一筋縄ではいかなかった。
男は護岸の向こうに手を伸ばした。水面から人の手が出てくる。兜人はぎょっとして目を見張った。それは最初に海に落とされた発火能力者が、海の水を手渡ししているところだった。
ヘルメットの男の手が海に触れる。
瞬間、ずおっと音を立てて海が盛り上がったような気がした。
まるで海全体が男の味方をするように、防壁に水が供給されていく。
反対に、火球はみるみる小さくなっていく。そして火球の周りも水が取り囲んでいく。これでは酸素の供給が絶たれ、火自体が消されてしまう。
兜人が勝利する条件はただ一つ。
先に防壁を破り、男まで火を届かせることだけだ。
兜人はエアガンの銃口を再び男に向けた。一度、発火能力(パイロキネシス)を使用すると、エアガンは使い物にならない。事実、焼けただれた銃口や銃身、それに中に入りっぱなしだったBB弾の溶けた残骸がそこかしこに焼き付いている。
発射はしない。
だが、強く念じる。
すなわち、意思の力なのだから。
「——いけえええええ!」
焼けただれた銃口と火球がまだ繋がっているイメージを作る。そして押し出す。前に行く。ただその力を与える。
瞬間、轟と音を立てて、火球の勢いが強くなった気がした。
海から供給される水で防壁が分厚くなる前に、掻き、削り、割り——そして壊す。
それが最後の防壁に弾かれ、角度を変え、男のヘルメットを直撃した。
「ぐ、ああ!」
苦悶の声を上げて、男はのけぞり、倒れた。
意思を失った海水がぱしゃんと弾け、男の体躯に降り注ぐ。
兜人は急いで男の元へ駆け寄った。海水でできた水たまりに足を突っ込み、しゃがみ込んで、男の様子を窺う。ぐったりとはしているが、ヘルメットの口元が曇っているので息はあるようだ。
兜人は壊れたエアガンを、ないよりはましだと思って油断なく男につきつけた。
「子供たちはどこだ。場所を教え——」
そこまで言って、兜人はぎくりと動きを止めた。
男のヘルメットは火球が直撃したらしく、一部が溶けていた。左側頭部と目元部分だ。そこから覗く顔の一部に見覚えがある気がしたからだ。
兜人はエアガンを捨て、震える手で男のヘルメットを取った。
その、顔は——
「……やっぱ強ぇな、カブちゃん」
引きつらせるように口端を歪めたのは、級友の栗山晋平だった。
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