第22話

 地味にショックを受けて固まっているちとせと、「なんだ嘘だったのかぁ」と胸を撫で下ろしている薫をよそに、兜人は蓮華に向き直った。


「滝杖先輩はどうして分かったんです?」


「うむ、何を隠そう、うちの能力は遠近透視クリアボヤンスだからのう」


 そう言われ、兜人は頭の中の知識を探った。確か、近距離でかつ隠れた物を中身を視るのが『透視』、そして遠距離にある物を視るのが『千里眼』と昔から呼ばれるもので、異能力者にはそれらの能力が併発する場合が多く、ひっくるめて遠近透視クリアボヤンスと呼んでいる——だったか。


「うちは遠隔視ならフェイズ2、透視ならフェイズ5の遠近透視者クリアボヤンサーじゃ。そしてこういったESP系の能力試験には互換性が確認されているものがある。この『箱の中身はなんだろなクイズ』もそのうちの一つじゃ。遠近透視者クリアボヤンサーが箱の中身を透視し、接触性精神感応者サイコメトラーが『隠した』という心理状態の試験者——すなわちちとせの心を読み解く。さすればあら不思議、その二つは同程度の異能力とみなせるのだ」


 やっていることが軽く見えるからか、遠近透視者クリアボヤンサーがただ箱の中身を透視しただけでフェイズ5とは驚きだが——まぁ、他でもない蓮華がそういうのだから間違いないのだろう。


「ということは……」


「薫といったか? お主は間違いなくフェイズ5の接触性精神感応者サイコメトラーということよ」


 ——場が一度、静まり返った。


 蓮華が一息ついた後、言葉を続ける。


「時に薫、お主、ここに来てどれぐらい経つ? 入島時の進行度は?」


「ええと、ここに来てもう六年になるかな……。進行度は同じだよ、2のままずうっと変わらなかったんだ」


「六年間変わらなかった進行度が、この半年で一気に三つも上がった——これは類を見ない事例じゃな。何らかの事象が関わったとみて然るべきだろう」


「じゃあ、やっぱりクッキーが? でも……」


 兜人は言って、首を捻る。そんな摩訶不思議な食べ物が存在するとは思えない。


 そこへ、ちとせががらりと話題を変えた。


「話は変わりますけど、薫さん、保育園はどこが経営しているんですか?」


「うん……それなんだよ」


 薫は珍しく難しい顔になって、答えた。


「出来過ぎかもしれないけど、保育園を経営しているのは——あの『アマテラス製薬』なんだ」


「——え?」


 声を上げた兜人の傍らで、ちとせは口に手をあてがって考え込んでいる。


 あのアマテラスが保育園を経営していた。それもこんないわくつきの——?


 薫は自分でも半信半疑といった口調で続けた。


「給食はいつも近くの調理センターから運ばれてくるのに、おやつだけアマテラスのトラックが来て運んでくるんだ。園長はアマテラスが出してる子供用栄養補助食品だって話していたけど……」


「お主は何らかの薬剤が入れられている可能性が高い、と思ったのだな」


「うん……。想像、だけどね」


 現に薫の進行度がありえない上がり方をしている以上、その想像を完全に否定することはできない。が、それにしても突拍子もない話だ。


 保育園の子供たちが、異能力の進行度を上げる薬の実験台に使われている——などと。


「こんなの、誰に言っても信じてもらえないと思って。相手はあのアマテラス製薬だし。けど……クビにされた時思ったんだ。労基局に不当解雇を訴えたら、保育園が調査されたら、もしかしたらこの事態に気づいてくれる人がいるかもしれないって!」


 兜人はちとせを振り返った。期せずして蓮華も彼女を見つめている。


 ちとせは大きく息を吸い、気持ちを落ち着けるように吐き出した。


「薫さん、よく話してくれましたね。私は……あなたの言うこと、信じます」


「本当かい……!?」


「恵庭先輩」


 兜人は厳しい口調で彼女に問う。


「先輩は本当にアマテラスがそんな人体実験じみたことをしていると思うんですか?」


「それは調査してみないと分からないわ」


 意外もちとせは冷静に返した。


「ただ保育園側が占環島労基法に沿わず薫さんを解雇していることは事実だもの。これに対して私たち執行官は調査権限がある。薫さんのお話の真偽はアマテラス製薬を調べてから判断しても遅くはないと思うわ」


 滔々と語るちとせに、兜人は一つ嘆息した。


 彼女の口調には頑として譲らない強さが滲み出ている。ほわほわしているだけの先輩でないことだけは確かなのだ。


「……だから、宗谷くん。一つ、頼まれてもらえないかしら」


 そう来ると思っていた。

 たとえば真正面から労基局だと告げても、アマテラス製薬の方は応じないだろう。園長が上と不当解雇の件を相談すると言っている限り、あちらにも数日の猶予を貰うだけの権利はある。昨日の今日で踏み込む正当な理由をこちらは持っていない。


「どういうことだ、小僧?」


「簡単なことです。自分には——偶然にも、アマテラス製薬にツテがあるんですよ」


「そーなのですよ」


 今朝のやりとりを思い出したのか、ちとせはにこりと兜人に微笑みかけた。

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