第11話

 兜人の人差し指が引き金から離れた。


 同時に、炎の弾が弾かれたように飛んでいく。


 それは的全体を飲み込み、焼き尽くして、その向こうのコンクリート壁を直撃した。


 床に落ちた水滴が弾けるようにして、炎の弾はそこで霧散した。


 驚くべきことに、壁には傷一つついていない。


 こめかみから汗が一筋流れ落ちる。


 まさかあの暴れ馬のようだった能力が、玩具の銃一つで制御できてしまうなんて。


 兜人は呆然と蓮華を振り返った。彼女はまな板のような胸を極限まで張り、ふんぞり返っていた。


「ふふ〜ん、これぞうちが特注した耐火・耐衝撃を極めた、異能力実験場よ!」


 どこか的外れな自慢をする蓮華。代わりに惜しみない拍手を兜人に送ったのはちとせだった。


「すごいよ、宗谷くん。ちゃんと能力使えたね!」


「あ、まぁ……」


 返事をしようとして、一瞬、くらりと目眩がした。兜人はよろけ、台に片手をつく。それをとっさにちとせが支えてくれた。


「大丈夫?」


「はい……」


 未だ揺れる頭を押さえながら、手の中の拳銃をまじまじと見つめる。しかし数秒もたたない内に、それはひょいっと小さな子供の手によって奪われてしまった。


「実験は成功だ。だがさっきほどの威力の炎弾を発射すると、この玩具では耐えられんようじゃな」


 蓮華の言うとおり、エアガンの銃口が飴細工のようにぐにゃりと溶けていた。中には同じく溶けたBB弾が詰まっていて、完全に銃口を塞いでしまっている。


 むうむうと唸り続ける蓮華に、目眩が収まるのを待って兜人は尋ねた。


「一体、これは……どういうカラクリなんですか? 今までどんなに訓練をしてもうまくいかなかったのに」


 兜人とて、この暴走する能力を相手にただ手をこまねいているばかりではなかった。占環島には能力制御訓練のプログラムがある。これはもちろん入島時に全員が受ける。また一定の訓練期間で成果を得られなかった異能力者に対しては、補習のような訓練も行われている。兜人はまだ年端もいかない幼い子供達に交じって、このプログラムを受けてきた。さらに週三回の『補完プログラム』を受けていたが、占環島の就業期限も迫り、とうとう教官にもさじを投げられて——今に至る。


「簡単なことじゃ」


 蓮華は使えなくなったエアガンをくるくると指に引っかけて回した。


「異能力には能力者の意識や認知が深く関わってくる。詳しくは聞かんでおくが、お主、最初の能力発現の際、相当痛い目を見たな?」


 自然、その場にいる者の視線が兜人の両腕に残る火傷の痕に集中する。兜人はぎこちなく頷いた。


「それは……訓練プログラム中の心理カウンセリングでも指摘されました。対話療法も受けましたけど、改善しませんでした」


「まぁ、あれは有効とも言えなくはないが時間がかかりすぎるからのう。そこで、じゃ」


 蓮華は弄んでいたエアガンを構え、さっと的に向ける仕草をみせた。


心的外傷トラウマに真っ向勝負を挑むのではなく、誤魔化す! まず、遊びエアガンの延長線上に異能力があると認知させる。銃を撃つのと同じ要領で能力を扱えばいいのだと思い込ませるのじゃ。引き金を絞って放つ動作や、銃そのものに意識を集中させるという意味合いもある。能力そのものとの相性もあるが、お主の場合は抜群にうまくいったのう!」


「本当に良かったね、宗谷くん!」


 嬉々として語る蓮華に影響されたのか、ちとせが兜人の手を取ってぴょんぴょんと跳ねる。


 醜い火傷の痕が刻まれた手に重なる、ちとせの白い手。


 繋がった手と手からじわりとぬくもりが染みこむ。


 兜人は急に肩の力が抜けるのを感じた。首も背もあらゆる筋肉がほぐれ、体全体が安堵感に包まれる。それは久しくなかった感覚だった。一体、いつからこんなに肩肘張っていたのだろう。この占環島に来てから——いや、この能力が発現してからずっとだったのかもしれない。


「……ありがとう、ございます」


 ようやくそれだけを言うと、ちとせと蓮華が思わずと言った様子で顔を見合わせた。


「宗谷くん、ちょっと笑った?」


「というか、ちょっと泣いておるか?」


 兜人は慌てて口元を引き締めた。


「わ、笑ってもないし、泣いてもいません」


「ふふ、そっか」


「そーいうことにしておくかのう」


 ちとせはにっこり微笑み、蓮華はにやにや口元をつり上げた。どっちの表情も兜人は気にくわなかった。


「っと、もうこんな時間か」


 蓮華が腕時計を見て、そう呟く。午後八時二十分。確かになかなかいい時間だった。


「うちは会議に出席せねばいかん。小僧、研究室にエアガンがもう二丁ある。机の一番下の引き出しじゃ。蓮華様は太っ腹だから全部お主にくれてやる。ただしまだ『使い捨て』と心得よ!」


 ぱたぱたと訓練場を出て行こうとする蓮華に、兜人は慌てて声をかけた。


「研究室は鍵がかかっているんじゃないですか?」


「そこの紅茶女の網膜パターンは登録済みじゃ」


 びしっと指さされたちとせはひらひらと手を振って、彼女を見送っていた。


「おやすみなさーい、蓮華ちゃん。あっ、ポットは残しておくから、お茶また後で飲んでね」


 最後までお茶のことを考えているちとせに、兜人は小さく吹き出した。


「今のは笑ったよね、絶対?」


「……ええ、笑いました。相変わらずお茶のことばっかりだなと思って」


 ちとせはきょとんとした後、むうっと唇を尖らせた。


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