番外編︰学校一の美少女と病人 前編
――それは、季節が春から夏へと変わりつつある季節の変わり目のことだった。
「ごほ……っ」
俺――七倉琢磨は自室のベッドの横になった状態で、咳をする。
身体がダルくて、頭をガンガンと響くような痛みが断続的に襲ってくる。ここまで説明すればバカでも分かると思うが、現在俺は風邪を引いている。
原因は恐らく、季節の変わり目ということで体調管理をしっかりとできなかったことだろう。
風邪の症状だけでなく、骨折のせいで右腕が使えないのもあって正直かなりのストレスだ。
チラリと視線だけを動かして時間を確認してみると、時計の針は午前九時半を示していた。
今日は平日なので、今頃学校では一時間目の授業をしているところだろう。
当然ながら、風邪を引いているので俺は学校は休みだ。頭痛はするし身体もダルくて辛いが、それでも学校に行かずに済むと考えると、ちょっと得した気分になる。
そんなことを考えていると、不意に部屋のドアをコンコン、と控えめに叩く音がした。
誰なのかはすぐに分かったので「どうぞ」と返事をする。
部屋のドアが開かれ出てきたのは案の定、倉敷さんだった。
「七倉君、体調はどうですか?」
「……結構辛いな」
「そうですか……それなら、この後病院に行きますか? 私も付き添いますから」
「そうだな、病院には後で行くよ。……けど倉敷さん、本当に学校に行かなくていいのか? 今からじゃ一時間目は間に合わないだろうけど、三時間目辺りなら何とか間に合うだろ? 俺の看病はいいから、学校に行っていいぞ?」
風邪を引いた俺と違い、倉敷さんは健康そのものだ。それでも学校に行かず家にいるのは、俺の看病をするため。
俺と違い真面目な倉敷さんを、俺なんかの看病のために休ませるのは申し訳ない。
それに最近俺と倉敷さんは学校でも結構噂されてしまう。そんな状態で二人揃って休みとか、あらぬ誤解を受けかねない。
最早今更感満載だが、それでもこれ以上交友関係に亀裂を入れるような真似は可能な限り避けたい。
「ダメです。病人の七倉君を置いて学校に行けるわけありません。今日は一日付きっきりで看病しますからね」
「けど――」
「ダメです。七倉君のお気遣いはありがたいですが、今はご自分の体調を治すことだけに専念してください」
これ以上ないほどきっぱりと言い切った倉敷さん。
こうなった倉敷さんは、もう何を言っても無駄だろう。……変な噂が立たないことを祈るしかない。
「あ。そういえば七倉君、お腹は空いてませんか? 朝食はまだでしたし、何か作ってきますよ?」
「腹か……確かに少し減ってるな。けどあんまり重いものはちょっと食えないしな……」
「それなら、お粥を作りましょうか? あれなら、食べやすいでしょうし」
「そう……だな。じゃあ悪いけどお願いするよ」
「はい、任せてください。とびっきり美味しいお粥を作ってきますからね」
張り切った様子で倉敷さんは部屋を出て行った。
それから三十分ほど経った頃、小鍋とお椀を盆に載せた倉敷さんが再び部屋に来た。
倉敷さんは部屋にあった椅子の一つをベッドの側まで移動させて、そのまま腰を下ろす。
「お待たせしました七倉君。お粥ができましたよ」
倉敷さんが小鍋のフタを開ける。すると小鍋の中から、湯気と共に真っ白なお粥が姿を見せた。
たっぷりと煮込んで柔らかくなった米の中央には、ペースト状の梅干しが乗っている。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。三十分ほど待ってそれなりの空腹感があったため、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「今お椀によそってあげますから、ちょっと待っててくださいね」
倉敷さんはそう言うと、テキパキと手早い動作で小鍋のお粥をレンゲを使ってお椀に移していく。
「あっ。七倉君、自力で起き上がれますか? もし無理なら……」
「いや、流石にそれぐらいはできるよ……」
長時間となると結構キツいけどな。まあ食事をしてる間くらいは問題ないだろう。
普段より少し重く感じながらも、上半身を起こす。
それを確認した倉敷さんは、レンゲでお椀のお粥をすくう。
「まだ出来たてで熱いですから、少し冷ましますね」
倉敷さんは髪の毛をかき上げて、レンゲに乗ったお粥にふーふー、と息を吹きかける。
そんな彼女の仕草が妙に色っぽく映り、風邪とは別の理由で身体が熱くなる。
……って何考えてんだよ、俺。俺のためにここまでに親身になってくれてる倉敷さんに、こんな邪な考えを持つなんて失礼だろ。
「はい、七倉君。あーん」
数回息を吹きかけたところで、倉敷さんがレンゲを俺の眼前まで持ってくる。
いつも通りのことなので、別に今更拒否するつもりはない。……恥ずかしかどうかは別問題だが。
それに今の俺は利き腕が使えないのに加えて、風邪で体調も最悪だ。だから、倉敷さんに食べさせてもらえるのはありがたい。
「あ、あーん……」
倉敷さんが丁度いい熱さにしてくれたお粥を口にする。
「どうですか? 美味しいですか?」
「ああ、美味いよ」
丁度いい熱さのお粥はあまり噛む必要もないのでとても食べやすい。しかもペースト状の梅干しの酸っぱさが、食欲を刺激してもっとお粥がほしくなる。
お粥は味気のないものだと思っていたが、ここまで美味しく作るとは流石は倉敷さん。
「ふふふ、それは良かったです。まだまだたくさんありますから、どんどん食べてくださいね?」
倉敷さんは声を弾ませながら、再びレンゲでお粥をすくうのだった。
――そして十数分後。
「ふう。食った食った。ごちそうさま、倉敷さん。お粥美味かったよ」
「はい、お粗末様です」
倉敷さんは笑みを浮かべながら、空になった小鍋とお椀をまとめる。
小鍋とはいえ、お粥はそれなりの量があったが想像以上に美味しかったので完食してしまった。
「それで七倉君、この後はどうしますか? すぐに病院に行きますか?」
「そうだな……」
チラリと時計を見ると、針は大体十時半くらいを示していた。
確か病院は午前の診察は十ニ時までだったな。時間的にまだ余裕もあるし、今の内に行っておいた方がいいか。
「午前中の内に病院に行っておきたいし、すぐに家を出ようかな」
「分かりました。午前中の診察の受付は十二時までだったはずですから、早めに出た方がいいですね」
「ああ、そうだな」
頷いて準備をするために布団から出て立ち上がろうとしたが、風邪で体調があまり優れていないため少しフラついてしまう。
しかし倉敷さんが咄嗟に俺に肩を貸してくれたおかげで、倒れることはなかった。
「七倉君、本当に大丈夫ですか? もし辛いのなら、正直に言ってください。私が何とかしますから」
「倉敷さんは心配症だな。ちょっとフラついただけだから大丈夫だよ。それより、ちょっと着替えたいから部屋から出て行ってくれないか?」
「……一人で大丈夫ですか? もし一人で着替えるのが辛いようなら、私も手伝いますよ?」
「気持ちだけもらっておくよ。本当にキツかったらちゃんと倉敷さんのこと呼ぶからさ、着替えぐらいは俺一人でさせてくれ」
倉敷さんの気遣いはありがたいが、流石に着替えを女の子に手伝ってもらうのは恥ずかしい。
「……分かりました。七倉君がそこまで言うのでしたら、私は何も言いません。ただ、辛い時はすぐに私を呼んでくださいね。何かあってからでは遅いのですから」
そう言って、渋々とではあるが倉敷さんは部屋を出るのだった。
着替え終えた俺たちは、すぐに家を出て病院に向かった。ただし移動手段は歩きではなくタクシーだ。
病院までは歩くと結構距離がある。それを病人の俺が歩いて行くのはかなり辛かったので、タクシーを呼ぶことにした。
ちなみにお金は茜さんが毎月渡してくれる生活費から捻出した。
そして病院で受けた診断結果は普通の風邪。薬を処方してもらい、診断は終了。
病院に隣接する薬局で薬をもらった後は、スーパーで買い物をしてから帰路に着いた。
家に着いた後は昼食として倉敷さんが作ったお粥をもう一度食べてから、病院で処方された薬を飲んだ。薬には眠くなる作用があったようで、食事を終えた俺はすぐに眠ってしまった。
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