番外編︰学校一の美少女と病人 後編
「七倉君、体調はどうですか?」
「大分楽になったな」
部屋を訪ねてきた倉敷さんに、今の俺の体調をありのまま答える。
昼食の後に飲んだ薬と、つい先程まで寝ていたおかげで身体の調子はかなり良くなっている。
身体はまだ少しダルいがそれだけだ。頭痛もなければ、朝方感じていたような異様な熱もない。この調子なら、明日には学校に行けそうだ。
時計の針が示す時刻はすでに七時すぎ。外はすでに月が出ていて、完全な夜になっていた。俺が寝始めたのが昼すぎであることを考えると、かなりの時間眠っていたようだ。
「そうですか、それは良かったです。食欲はありますか?」
「ああ、今日はそんなに動いてもないのに腹ペコだよ」
「なら丁度良かったですね。お粥ばかりでは飽きてしまうと思って、実は煮込みうどんを作ったんです。お腹が空いてるのなら、今すぐ準備しましょうか?」
煮込みうどんか。確かに朝昼とお粥だけだったから、いい加減お粥は飽きていた。そろそろ塩気のあるものがほしいと思っていたところだ。
「じゃあ……悪いけどすぐに頼めるか?」
そう答えると、倉敷さんは笑顔で「すぐに持ってきますね」と言い残して部屋をあとにした。
それから待つこと十分ほど。盆に煮込みうどんが入ってると思われる小鍋を載せた倉敷さんが部屋に戻ってきた。
今朝のお粥の時に比べると随分と早かったが、お粥と違って予め作っておいたのが理由だろう。
「お待たせしました、七倉君」
盆を両手で支えながら、倉敷さんはベッドの側の椅子に座る。そして倉敷さんはゆっくりと小鍋の蓋を開けた。
小鍋から大量の湯気が溢れる。湯気が晴れると、中には薄茶色の汁とホロホロになるまで煮込まれたうどんの麺。具は鶏肉と色とりどりの野菜。それらの中央には半熟の卵。
室内に広がる芳しい香りに、ゴクリと喉を鳴らさずにはいられない。食欲も刺激されて、きゅるると腹が空腹まで訴え始めた。
「煮込みうどんもとても熱くなってますから、私が冷やしてあげますね」
お粥の時と同じように、髪をかき上げてうどんに優しく息を吹きかける。
二度目ではあるが、やはり見ていてドキドキさせられる。美少女というのは、何気ない仕草の一つ一つですら色っぽいな。
「はい、あーん」
倉敷さんは、数回息を吹きかけたところでうどんを挟んだ箸を目の前に持ってきた。
俺はありがたくそのうどんを口に入れた。
――それは、食事を終えた後のことだった。
「熱も大分下がってますね。これなら、明日には学校に行けそうです。良かったですね、七倉君」
体温計を片手に、倉敷さんは嬉しそうにそんなことを言った。
「倉敷さんが学校を休んでまで看病してくれたおかげだ。本当にありがとうな」
「どういましまして。七倉君が元気になって良かったです。それでこの後はどうしますか?」
「そぅだな……」
夕飯も食べ終えたし、特にすることもない。普段ならスマホをイジるなりして時間を潰しているが、今の俺は病人。そういうことをする気分ではない。
「少し早いけど、明日に備えて今日はもう寝ようかな」
「なら、今日はお風呂には入りませんか?」
正直、風呂にはできれば入りたい。熱のせいもあって今日は大量に汗をかいて、身体がベタベタして気持ち悪い。
しかし今の俺は病人。悪化する可能性もあるし、今日のところは風呂はやめておいた方がいいだろう。
「風呂はやめとくわ。今日は身体を拭くくらいにしとくよ」
「そうですか。それなら、私が七倉君の身体を拭いてあげますね?」
「断る」
言うとは思ってたよ。倉敷さんの性格を考えれば、ここで言わないのはむしろ不自然なくらいだしな。
もちろん、俺のことを思っての発言だってことは分かってるさ。けどな、それでも同級生の女の子に身体を拭かれるというのは、何とも言葉にし難い恥ずかしさがある。
「どうしてですか? その腕では自分の身体を拭くことも満足にできませんよね?」
「そ、それはそうだけどな……」
「ならやっぱり私が身体を拭いてあげなくちゃいけませんね。待っててください、今からお湯とタオルを持ってきますから」
「あ、ちょっ……倉敷さん!」
こちらの制止の声も聞かず、倉敷さんは部屋を出てしまった。
それから数分もしない内に、倉敷さんは部屋に舞い戻ってきた。……タオルとお湯の入った洗面器を持って。
しかもご丁寧なことに、俺の着替えまで用意している。
「さあ七倉君、服を脱いでください。私が綺麗にしてあげますからね?」
「絶対に嫌だ」
「もう、ワガママを言わないでください! ほら、いいから早く服を脱いでください」
呆れた様子で倉敷さんが俺の服を強引に脱がしにかかる。
当然ながら抵抗する。しかし現在の俺は万全とは程遠い病人のため、相手が華奢な女の子の倉敷さんであっても対抗できない。
しかもこっちは片腕が使えないこともあり抵抗も虚しく、あっさりと上半身は剥かれてしまった。
「では七倉君、まずは背中から拭くので後ろを向いてください」
やる気満々の倉敷さん。ここまでされたら抵抗するのもバカらしくなってくる。俺は倉敷さんの指示に素直に従うことにした。
「タオル、熱かったら言ってくださいね?」
言いながら、倉敷さんはお湯に浸したタオルを絞って、俺の背中を拭き始めた。
とても優しい手付きで、少しくすぐったさを感じるが拭かれていて心地いい。
背中を拭き終わると次は前。前は流石に一人でできたので断ろうとしたが、倉敷さんは頑として譲らなかった。
倉敷さんと向かい合った状態で身体を拭かれるのは、とてつもなく恥ずかしかった。
そして次に下半身だが、流石にこれは倉敷さんも俺に任せてくれた。もし倉敷さんが下半身も拭くなんて言ってたら、どんなことになってたやら……考えるだけでも恐ろしい。
倉敷さんには一旦部屋を出てもらってから、下半身も拭き終えた。
その後は歯を磨いてあとは寝るだけとなったところで、
「今日は、七倉君が寝るまで一緒にいてあげますね」
倉敷さんがそんなことを言い出した。
「体調は回復に向かってるようですが、何があるか分かりません。もし何かあった時のために、私が側にいた方がいいですよね?」
「いいわけないだろ……」
というか、未だに寝る度に隣の部屋にいるというだけでもかなり緊張してるのに、一緒の部屋とか俺を殺す気か?
「却下だ。心配してくれるのはありがたいけど、流石に男女で同じ部屋ってのはな……色々と危ないだろ?」
「何がですか?」
「何がってそりゃあ……」
と、そこまで言ったところで口を閉じる。流石に俺の口から具体的に説明するのは憚られる。
ここは自力で気付いてほしいところだが、倉敷さんは意外と察しが悪いからなあ……。
「七倉君が何を心配しているのかは知りませんが、大丈夫ですよ。七倉君のことは私がしっかりと見てますから。それとも、七倉君は私に対して何かやましいことがあるんですか?」
「あ、あるわけないだろ……」
「なら問題ないですね。さあ七倉君、明日も学校ですからもう寝ましょう。ちゃんと眠るまで見ていてげますから」
「ぐ……」
最早何も反論できない。諦めるしかないということか……。
――こうして俺は学校一の美少女である倉敷さんに見守られながら寝るという、何とも心臓に悪い状況に陥るのだった。
学校一の美少女が俺の身の回りの世話をしてくれる件について エミヤ @emiya
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