学校一の美少女が俺の身の回りの世話をしてくれる件について

エミヤ

骨折から始まるラブコメ

学校一の美少女に骨を折られる

 唐突だが、俺――七倉ななくら琢磨たくまは広く浅くを主義としている。


 日常生活の様々なところで、俺は自分の主義に従った生き方をしているが、特にそれが顕著なのは交友関係だ。


 自慢じゃないが、俺は友達がたくさんいる。流石に同学年の生徒全員とまではいかないが、一度でも同じクラスになった奴となら大体は友達だ。


 だが、その関係も学園に通ってる間だけのもの。広く浅くを主義とする俺の交友関係は、広くはあるがとても脆い。


 数年後、そういえばあんな奴がいたなあ、と記憶の片隅に留まる程度のレベルだ。


 さて、そんな俺だが、現在ちょっと困った状況に陥っている。


 何と俺の眼前で、一人の女子生徒が宙を舞っていた。上履きの色からして、俺と同じ二年生だろう。


 場所は一階へと繋がる階段の踊り場。放課後の美化委員の会議を終えて帰ろうとしていた俺は、偶然にもこの場面に遭遇してしまった。


 直前に短い悲鳴が聞こえたことから、多分少女は何かの拍子に階段を踏み外したりでもしたのだろう。


 このままいけば、少女は間違いなく地面に激突する。しかも体勢的に受け身を取ることは困難だ。


 しかし幸か不幸か、このままいけば少女の落下地点は丁度俺のいるところになる。俺がここで受け止めてやれば、少女はケガをせずにすむ。


 俺は別に女嫌いのクズ野郎とかではないし、広く浅くを主義としている身としては、あまり周囲の人間に嫌われて交友関係に影響が出るような真似はしたくない。


 なので俺は両手を広げて受け身の構えを取り、落ちてきた少女を受け止めたのだが、踏ん張ることができず背中から後ろに倒れてしまう。


「…………⁉」


 そして同時に、俺の右腕を言葉にできないほどの猛烈な痛みが襲うのだった。






「本当にごめんなさい……!」


 それは、学校から一番近い病院の待合室でのことだった。


 俺の目の前で、艶やかな長い黒髪の少女が人目も憚らず深々と頭を下げたのだ。


「いや、別にそっちも悪気があったわけじゃないんだから気にしなくていいよ。だから、これ以上謝る必要はないよ」


「いいえ、そういうわけにはいきません!」


 すでに何度も頭を下げているので、これ以上は不要であることをもう十分以上も前から告げているが、少女――倉敷くらしきほたるさんはやめる気配がまるでない。


 俺とクラスメイトであり、クラス内カースト最上位兼学校一の美少女である倉敷さんに頭を下げられるのは、罪悪感がとてつもないので今すぐにでもやめてほしい。


 そもそも、なぜ俺が学校一の美少女に謝罪されているのかというと、その理由はギブスのハメられた俺の右腕にある。


 見れば分かると思うが、この腕は折れている。先程学校で階段から落ちてきた少女――倉敷さん受け止めたのが原因だ。


 まあ原因と言っても、別に倉敷さんが重かったわけではない。単純に俺が非力だっただけ。落ちてきた女の子一人まともに抱えられないとは……自分でも情けないと思ってしまう。


「七倉君? さっきから黙ってしまいましたが、どうかしましたか? ……まさか、折れた腕が痛むんですか? もしそうならお医者さんを呼んできます!」


「だ、大丈夫だから! ちょっと考え事してただけだから、わざわざ医者は呼ばなくていい!」


「ほ、本当ですか?」


「本当本当」


「そうですか。それなら良かった……」


 そっと胸を撫で下ろす倉敷さん。


 学校一の美少女の安堵の表情。思わずドキっとしてしまう。


 ……それにしても、倉敷さんは少し罪悪感を抱きすぎじゃないか? 流石に全く気にするなというのは無茶だと思うが、それにしたって過剰だ。


 腕が折れた痛みに悶え苦しんでいた俺のために先生を呼んでくれたし、先生の車でこの病院に着くまでの間も、俺を何度も励ましてくれた。


 あそこまでしてくれたんだから、もう気にする必要はないと思うけどな……。


 そんな感じで倉敷さんのことを考えていると、不意に俺たちの方にジャージ姿の男が近づいてきた。


「――おお、待たせたな。七倉、倉敷」


 このジャージ姿の男は、俺を車でこの病院まで運んでくれた、体育教師の米林先生だ。


 彼は俺の保護者にことの顛末を報告するために、病院の外で電話をかけていたのだ。


「七倉、やっぱりお前の言ってた通り、保護者の方は電話に出なかったな」


「やっぱり……」


 残念なことに俺の保護者は、普段家にはいない。まあ、仮にいたとしても電話に出たかどうか……。


「七倉の治療も終わったことだし、そろそろ俺も学校に戻るか。せっかくだ。七倉、お前は俺が車で家まで送ってやろう」


「え、いいんですか?」


 米林先生の言葉に、軽く目を見張る。


「骨折なんて大ケガをした生徒をそのまま帰すわけないだろ? このまま一人で帰して、またケガをされても困るしな」


「分かりました。そういうことなら遠慮なく」


 俺の返事に鷹揚に頷いた後、米林先生は倉敷さんの方に視線を移す。


「ついでだし、倉敷も一緒にどうだ? 送ってやるぞ?」


「いえ、私は家は近いので遠慮させてもらいます」


「そうか? ならいいが、もう七時を回っているから気を付けて帰るんだぞ。最近は何かと物騒だからな」


「はい。お気遣いいただきありがとうございます、先生」


 礼儀正しく頭下げて謝意を告げる倉敷さん。学校一の美少女ともなると、そんな姿すらも美しく見えてしまうから不思議だ。


 倉敷さんの姿に見惚れていると、いつの間にか俺の方に向き直っていた米林先生が口を開く。


「それじゃあ俺は車を動かしてくるから、七倉は病院の入り口で待ってろ」


 そう言い残して、米林先生はその場を後にした。


 そしてこの場に残ったのは、俺と倉敷さんの二人のみ。


「……じゃあ俺はもう行くよ、倉敷さん。米林先生も言ってたけど、もう暗いから気を付けてな?」


「待ってください。まだ話は終わってませんよ?」


 米林先生に言われた通り、病院を出ようと背を向けた俺の肩をなぜか倉敷さんが掴んできた。


「まだ私がどうやってケガの責任を取るか、話し合えていません。ちゃんと話し終えるまで、絶対に家には帰しませんから」


「えー……」


 あれ? 倉敷さんてこんなに面倒臭い人だったけ? 俺の知る倉敷さんは、容姿はもちろんのこと、品行方正、成績優秀でファンクラブまであるほどの人気者だ。


 広く浅くを主義とする俺は多少の会話をする仲ではあったが、こんなに押しの強い人じゃなかった気がする。


「いや、そういうのは本当にいいから。俺、別に気にしてないし」


「七倉君が気にしてなくても、私は気にしてるんです! 何かしてほしいことはありませんか? 私、今なら何でもしてあげますよ!」


「何でも⁉」


「あ、いやその……エッチなのはダメですよ?」


 若干頬を染めながら、尻すぼみするような声音でそう言った。


 しまった。倉敷さんみたいな美人が何でもなんて言うから、うっかり過剰に反応してしまった。


「も、もちろん分かってる」


「それならいいですけど……」


 倉敷さんの訝しむような視線が痛い。けど倉敷さんくらいの美少女にあんなことを言われたら、男なら色々と期待してしまうのも仕方がないことだろう。


「エ、エッチなこと以外で、何か私にしてほしいことはありませんか? 自分で言うのもなんですが、私大体のことはできるので」


「本当に気持ちだけで十分だからいいって。……それじゃあ、米林先生を待たせてるし俺もう行くよ」


「ま、待ってください! 話はまだ――」


「じゃあな、倉敷さん。また明日学校で」


 これ以上は無駄だと判断して、俺は話を強引に切り上げてその場を離れる。


 一日経てば、頭も冷えて何でも言うことを聞く、なんてバカなことは言わなくなるだろう。


 そんなことを考えながら、俺は米林先生が待っているであろう病院の外へと歩を進めるのだった。

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