学校一の美少女を誘う

 ゴールデンウィーク初日の昼すぎ。俺はリビングで、やることもなくダラダラしていた。


 例年の俺なら交友関係維持のため、 ゴールデンウィーク中はずっと遊びの予定で埋め尽くされているが、今は利き手がご覧の有り様だ。


 こんな状態ではできることに制限がある上に、仮に遊べたとしても周囲に気を遣わせてしまう。なので今年は家で大人しくしてることにした。


「ヒマすぎる……」


 しかしせっかくのゴールデンウィークに遊べないというのは、恐ろしく退屈だ。テレビは大して面白い番組もやってないし、倉敷さんは買い物で外に出たからお喋りもできない。


 こういった時、真面目な倉敷さん辺りなら勉強でもしてそうだが、残念なことに俺はそこまで勤勉ではない。


 こんなことなら、倉敷さんの買い物に付き合えば良かったか? ……いや、邪魔になるだけだな。


「クソヒマだ。何か面白いことねえかな……」


 そんな感じでやることもなく無為な時間を過ごしていると、不意に玄関の鍵が開けられる音が聞こえてきた。


 倉敷さんが帰ってきたのかと思ったが、リビングに迫るやかましい足音で茜さんであることが分かった。


「おい琢磨、お前明日ヒマか? ヒマだよな? ヒマ以外あり得ないよな?」


 リビングまで来ると、開口一番に捲し立てるように言葉を連ねる茜さん。一見予定を確認しているようにみえて、徐々に逃げ道を奪ってるのは流石と誉めるべきか。


「……一応ヒマだけど何だよ茜さん?」


「実はな――っておい、あのメスガキはどこ行った?」


「倉敷さんなら買い物で外だよ。倉敷さんにも用があるのか?」


「チッ……まあいい。今から用件を話すから、後でお前からあのメスガキに伝えておけ。それで用件ってのはだな――」






「ただいま戻りました、七倉君」


 茜さんから用件を聞いてから三十分ほど経過したところで、倉敷さんが戻ってきた。


「あ、ああ、おかえり倉敷さん。随分と遅かったな」


「今日は特売品がたくさんあったので、夕飯に何を作るのか迷っちゃって……あ、今日の夕食は鍋でいいですか?」


「ああ、俺は別にいいぞ。倉敷さんの作るものなら、何でも美味いしな」


「ふふふ、ありがとうございます。七倉君のご期待に沿えるよう、腕によりをかけて作りますね」


 俺の言葉に顔を綻ばせながら、倉敷さんは両手に買い物袋を持って台所に向かった。


 ……さて、倉敷さんが戻ってきたことだし、さっきの茜さんの用件を伝えなくちゃな。けどなあ、内容が内容だから俺から言うのはちょっとなあ……。


 できれば茜さんの口から伝えてほしかったが、茜さんはまだ仕事が残ってるとかでまたすぐに家を出てしまい、すでにいない。


 面倒なことは全部俺に押し付けて消えやがった。


「七倉君、先程からソワソワしてどうかしたんですか?」


 いつの間にやら台所から戻ってきた倉敷さんが、訝しげな視線を送ってきた。


「いや、あー……倉敷さん、ちょっと大事な話があるんだけどいいか?」


「私は構いませんが……七倉君、本当にどうしたんですか? とても怖い顔になってますよ」


 それは多分これから話す内容が内容だから、緊張して強張っているだけだろう。できれば気にしないでほしい。


 本音を言わせてもらうなら、茜さんの話は聞かなかったことにしたいが、それだと後が怖い。


「……なあ倉敷さん、遊園地に興味ないか?」


「遊園地ですか?」


「そう遊園地。この辺だと、隣町にあるのが一番近いんだけど」


 かなり昔からある遊園地で、俺も昔はよく家族で遊びに行ったりした。


「ああ、クラスの女の子たちがデートの際によく使う場所だと言ってたのを聞いたことがありますね」


「そ、そうか。デートに……」


 遊園地がデート場所として使われるのは珍しくないが、今からする話の内容のせいで『デート』という単語を変に意識してしまう。


 とはいえ、ここまで来て今更引くことはできない。いい加減覚悟を決めよう。


「じ、実はさ、茜さんから遊園地のペアチケットもらったんだけど……一緒に行ってくれないか?」


「え……」


 軽く目を見開き、唖然とした表情を作る倉敷さん。普段の彼女からは考えられない、珍しい反応だ。


 茜さんという理由こそあるが、こんなのほとんど。しかも倉敷さんが相手とか、無謀としか言いようがない。


 バクバクと心臓の鼓動が激しくなる感覚で、自分がどれほど緊張しているのか嫌でも分かる。


 思えば、俺が女の子をこうして誘うのは生まれて初めてだ。緊張するのは仕方のないことだろう。


 リビングを長い沈黙が支配したが、それは倉敷が口を開くことであっさりと破られた。


「……な、七倉君は、どうして私を遊園地に誘うんですか?」


「茜さんに命れ――頼まれたからだよ。仕事に必要だから遊園地に行ってこいって」


「仕事? ……七倉君、どういうことか一から説明してくれませんか? どうも、私は何か勘違いしてるようなので」


 どことなく怒りを滲ませた声音。ちょっと怖い。


 何か怒らせるようなことをしたのかとも考えたが、先程までの会話で倉敷さんが怒る要素など皆無。


 触らぬ神に祟りなしとも言うし、あえて指摘するのはやめておこう。


「実は茜さん、漫画家なんだよ。仕事に必要ってのは、次の話で遊園地デートを書くかららしい。今時の男女が遊園地でどういう風に遊ぶのか知りたいんだってさ」


「七倉君、エイプリルフールはほんの一ヶ月前に終わったばかりですよ? 忘れちゃいましたか?」


「……倉敷さんも言う時は結構言うんだな」


 まあ気持ちは分からんでもないけど。あのアラサーチンピラが漫画家なんて、全くと言っていいほど似合わないからな。


 パチンコでスロットマシンをやってる方がしっくりくる。人は見かけに寄らないのいい見本だ。


「倉敷さん、気持ちは分かるけど冗談じゃないんだよ。茜さんが漫画家ってのはマジだから」


「……七倉君がそこまで言うのでしたら、冗談ではないんでしょうね。わざわざ私を騙すはずもありませんし」


 まだ微妙に疑ってるようにも見えるが、一応納得はしてくれたようだ。


「話は大体分かりました。つまり七倉君は私と……デ、デートをしたいというわけですね」


「ま、まあ、端的に言えばそういうことになるな。……協力してくれるか?」


 倉敷さんの発した『デート』という単語に、少し動揺しつつも確認してみる。


「……分かりました。明日は特に予定もありませんから、遊園地に行くのは構いません」


「悪いな、倉敷さん。こっちの事情に付き合わせて」


「いえ、気にしないでください。ただ、私は遊園地に行ったことがないので、あまりお役に立てるか分かりません。それでも構いませんか?」


「全然大丈夫。俺だって最後に行ったのは小学生に上がる前だから、もう十年以上も前だし」


 試しに以前行った時のことを思い返そうとしても、大して思い出せることはない。まあ十年も前のことだから当然と言えば当然ではあるが。


「まあ、そんなに難しく考えなくても大丈夫だろ。ただ遊園地に行って遊ぶだけだから、気楽にいこう」


「そう……ですね。せっかく行くんですから、楽しまないと損ですよね」


 茜さんから遊園地に行けと言われこそしたが、別にあーだこーだ指示は受けていない。


「そう考えたら、何だか遊園地に行くのが楽しみになってきました。七倉君七倉君、明日行く遊園地にはどんなアトラクションがあるんでしょうか?」


 余程楽しみなのか、瞳をキラキラと輝かせながら声を弾ませる倉敷さん。


 ……それにしても、まさか倉敷さんと遊園地に行くことになるとはな。人生、何があるか分からないものだな。

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