学校一の美少女と遊園地その一
「倉敷さん遅いな……」
ゴールデンウィークのためかまだ九時過ぎだというのに、人の出入りが激しい駅の改札前でポツリと呟いた。
ゴールデンウィーク二日目。本日は倉敷さんと遊園地に行く約束だ。
なので現在、待ち合わせ場所である改札前で倉敷さんが来るのを待っているわけだが、一向にやってくる気配がない。
こんなことなら、倉敷さんが「一応デートという体なんですから、待ち合わせからきちんとしましょう」とか言い出した時止めとけばよかった。
あと十分くらい経っても来なかったら、連絡してみるか。
そこから待つこと数分。
「遅れてすみません、七倉君」
ようやく倉敷さんがやってきた。
「どの服を着ていこうか迷ってたら時間があっという間に過ぎてしまって……本当にごめんなさい」
「いや、別に大して待ったわけじゃないからいいよ。それにしても……」
「な、何ですか? そんなにジっと私のことを見つめて……恥ずかしいからやめてください」
倉敷さんは若干頬を赤くして、微妙に俺から距離を取る。
「わ、悪い。ちょっとその……綺麗だったから」
「…………ッ!」
普段の俺なら、思ってはいても絶対に口にしないであろう言葉。それがこうもあっさり出てしまったのは、きっと今日の倉敷さんの服装がそれほどまでに魅力的だったから。
肩を大胆に露出した白のシャツと、スラリと綺麗な足が見え隠れするスリットの入った桜色のロングスカート。
今の倉敷さんは、普段の私服とも風呂上がりのパジャマ姿とも違う魅力に溢れている。ずっと見ていたいなんて気持ちにさせられる。
俺も一応いつもより格好には気を遣ったが、流石に倉敷さんほどではない。いや、そもそも倉敷さんと俺では、元が違うのだから比べることすらおこがましい。
「も、もう。七倉君はお世辞が上手なんですから!」
「別にお世辞ってわけじゃ――」
「そ、それよりも早く電車に乗りましょう! そろそろ電車が出てしまいますから!」
倉敷さんらしくない大声で急かしてくる。
ちょっと様子がおかしいように感じるが、電車の時刻表を確認してみると、確かにそろそろ目的地である遊園地方面の電車が出る時間だ。
「ほら七倉君、急いでください! 早くしないと置いて行きますよ?」
「分かってるから、そう急かすなよ」
俺は釈然としないものを感じながらも、倉敷さんと一緒に改札へ向けて歩き出した。
「おっと……」
不意に電車が揺れて少しバランスを崩しそうになったが、何とか踏ん張ることで転ばずにすんだ。
まあ、電車内は身動き一つ取るのも苦労するほどのすし詰め状態だから、転ぼうとしても人にぶつかる程度だろうが。
恐らくゴールデンウィークだから、皆どこかへ遊びに出かけるつもりなのだろう。家族らしき集団やカップルらしき男女がチラホラ見受けられる。
「七倉君、大丈夫ですか? やはり優先席に行かれた方が……」
「いや、この程度なら大丈夫だよ。それに……」
チラリと優先席があるであろう方向に視線を向けてみるが、あまりの人の多さで席が全く見えない。
「流石にここから優先席まで行くのはなあ……」
この状態では、優先席まで行くのは困難かつ危険。大人しく端で突っ立てた方がマシだ。
「そうですか。もし辛くなったら遠慮せずに言ってくださいね? 私が何とかしますから」
「ああ。ありがとう、倉敷さん」
まあ特に何か困ったことがあるというわけでもない。左腕しか使えないので、ずっと吊革を掴んでいるのが地味にキツかったりするが、あえて言う必要もないだろう。
そんな感じで少し痺れ始めた左腕のことを考えていると、電車内に駅到着のアナウンスが流れてきた。
数秒遅れて俺たちがいる側とは反対のドアが開き、数人が外に出ようとドアの方へ向かう。
その際、誰かに後ろから押されてしまい前のめりに倒れそうになったが、
「おっと……」
すんでのところで壁に手を付いたことで、何とか転ぶことは阻止した。しかし今度は別の問題が発生してしまった。
背中を壁に預けた倉敷さんに覆い被さるような形になってしまったのだ。おかげで倉敷さんの整った顔との距離が、ほんの数センチ程度にまで縮まる。
片手だけではあるが、これは下手すると周囲からは壁ドンしてるとか思われたりしないよな?
倉敷さんの顔が今までにないほどに近くにある。倉敷さんの真っ白で柔らかい肌、瑞々しい唇、長いまつ毛とクリっと大きな瞳。倉敷さん顔が視界いっぱいに広がる。
あと一歩進めば顔と顔がくっついてしまいそうな距離に、心臓が高鳴る。
……これだけ近づいて気付いたが、倉敷さん、少し化粧してないか?
それに何かいい香りがする。……これはもしかしなくても香水だろ。
昨日から倉敷さんが遊園地を楽しみにしてたのは知っていたが、まさかここまでしてくるとは驚きだ。
「な、七倉君……その、そんなに近づかれると流石に恥ずかしいです」
「わ、悪い……! 今すぐ離れる!」
しまった。いくら何でもジっと見つめすぎていたな。
急いで後ろに下がろうとするが、すぐに背後の人とぶつかって思うように動けない。
それどころか、新しく入ってくる人のせいでどんどん後ろから押されている。
これ以上押されれば、冗談抜きで顔と顔がくっついてしまう。
「な、七倉君、離れてと言ったのにどうして近づいてくるんですか?」
「し、仕方ないだろ。こっちだって後ろから押されてるから、思うように動けないんだよ。我慢してくれ」
「ううう……ッ」
目尻に水滴を溜めて唸る倉敷さん。
そんなに俺と顔の距離が近いのは嫌なのか。気持ちは分からんでもないが、地味にショックだ。
――その後俺と倉敷さんは、目的の駅に着くまで至近距離で互いに見つめ合うのだった。
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