学校一の美少女と遊園地その二
「わあ……! 七倉君、これが遊園地なんですね!」
入場ゲートで茜さんからもらった入場券を使用して遊園地に入ると、倉敷さんは立ち並ぶ様々なアトラクションに声を弾ませた。
電車を降りてから入場ゲートを通り抜ける直前までの、借りてきた猫のような大人しさが嘘のようだ。
電車でのことを引きずって気マズい空気になるよりはマシだが、連れがこんなにハシャいでいると周囲の視線が痛い。
「倉敷さん、ハシャぎすぎだ。皆見てるぞ」
「え? ……あ」
俺に指摘されて、倉敷さんはようやく自分が周囲の人たちから注目されてることに気が付いた。
中にはクスクスと笑っている人もいたが、まだ小さい子供ならいざ知らず、高校生にもなって遊園地で大ハシャぎするような奴は普通いないから仕方ないことだろう。
「ううう、恥ずかしいです。穴があったら入りたいです……」
先程ハシャいだのが余程恥ずかしかったのか、真っ赤になった顔を両手で覆い、
「それにしても倉敷さん、遊園地に来たの本当に初めてだったんだな」
「……昨日も言ってたと思いますけど、信じてなかったんですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……」
遊園地に一度も行ったことがないというのは、結構珍しいことじゃないか? 誰だって一度くらいは家族で行ってるものだろ。
もしかして、親がそういうのに厳しい人だったのか? でもそれだと、倉敷さんがウチに泊まり込んでまで身の回りの世話をすることを許可するとは思えないな。
「私は遊園地に来たのは、本当に今日が生まれて初めてですよ。だから七倉君、遊園地のこと、色々教えてくれませんか?」
「分かったよ。俺もそんなに詳しいわけじゃないけど、それでもいいなら」
「はい、それで構いません」
そう言って倉敷さんは蹲るのをやめて立ち上がる。
「それでは、早速見て回るとしましょう。七倉君、どこかオススメのところはありませんか?」
入場時に係員の人からもらったパンフレットを広げながら、倉敷さんが訊ねる。
横に並びパンフレットに記載された地図に軽く目を通してみるが、どれも名前から大体想像がつくようなアトラクションだ。
「倉敷さんはどんなのに乗りたいんだ?」
「そうですね……せっかく遊園地に来たんですから、何か遊園地らしいものがいいですね」
「遊園地らしいものねえ……」
また随分とアバウトだな。一口に遊園地らしいと言っても色々あるぞ。
とはいえ、普段世話になってる倉敷さんが珍しく俺を頼ってくれたんだ。できることなら、その期待に応えてやりたい。
地図を穴があくほど見つめ、何か倉敷さんが喜びそうなものはないかと考えていると、とあるアトラクションの名前に目が留まった。
「倉敷さん、ジェットコースターなんてどうだ? 倉敷さんの言う、遊園地らしいアトラクションにピッタリだと思うぞ」
「ジェットコースターですか……何だかとても楽しそうな雰囲気ですね」
「まあ、人によって結構好き嫌いは別れるけど楽しいとは思うぞ」
ちなみに俺はジェットコースターは苦手だ。乗ったら一発で吐く自信がある。
「ならまずは、そのジェットコースターへ向かいましょう。七倉君、それでいいですか?」
「ああ、いいぞ」
特に反対する理由もないので、首を縦に振る。
すると倉敷さんは、なぜかこちらに右手を伸ばしながら、
「では七倉君、手を繋ぎましょう」
「え、何で……?」
「何でって、迷子にならないために決まってるじゃないですか。ここはとても人が多いみたいですから、手でも繋いでおかないと迷子になってしまいますよ?」
倉敷さんの言ってることは至極真っ当だ。ゴールデンウィーク中ということもあって、遊園地はまだ開園してからそれほど時間が経ってないにも関わらず、かなりの数の人がいる。
こんな人混みの中を歩こうとすれば、数分足らずで迷子になること請け合いだ。
「だからはい、七倉君。手を繋ぎましょう?」
「……はい」
短く返事をして、倉敷さんの伸ばした手を掴む。
以前の俺なら、恥ずかしさから何かと理由を付けて手を繋ぐことを拒否していただろうが、残念なことにここ最近は登下校の際何度も手を繋いでたせいで慣れてしまった。
悲しきかな。最早、倉敷さんと手を繋ぐことに躊躇いを感じない。こんなに可愛い女子と手を繋ぐのに慣れてしまうとか、学校の奴らに知られたら何と言われるやら……。
「ふふふ。楽しみですね、ジェットコースター」
俺の手をギュっと握り、倉敷さんは楽しげな足取りで歩き始めた。
……前言撤回。倉敷さんの手は相変わらず柔らかくて、握ってるだけでドキドキする。慣れたなんてちょっと達観してた自分が恥ずかしくなってくる。
しかも今日遊園地にいるのは、家族連れ以外は大半がカップルだ。軽く周囲を見渡せば、俺とそう年の変わらない男女が仲睦まじく手を握り合っている。
この状況だと、俺と倉敷さんも周囲の人たちからからカップルと誤解されてるかもしれない。
そう考えると、顔に熱が集まるのを嫌というほどに感じてしまう。
「七倉君、顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だから気にするな。それより、早く行かなくていいのかよ? 多分ジェットコースターは結構並ぶぞ」
「むっ、それはいけませんね。七倉君、急ぎましょう!」
――そこから目的のジェットコースターまでは、約三十分ほど時間がかかってしまった。
ジェットコースターのある位置は結構遠く、更にはゴールデンウィークで人が多かったせいだ。
そんなこんなでようやく辿り着いたジェットコースターを前に、倉敷さんはゆっくりと口を開く。
「あ、あれがジェットコースターですか、七倉君?」
「そうだな、あれがジェットコースターだ」
頭上に視線を向けると、大きなレールの上を音を立ててジェットコースターが走っていた。
「あの、あれは本当に大丈夫なんですか? 何だか、とても恐ろしい悲鳴が聞こえてくるんですけど……」
「大丈夫大丈夫。ジェットコースターは、ああやって落ちる瞬間叫ぶのも一つの楽しみ方だから」
「…………」
現在も聞こえている甲高い悲鳴。これが街中なら大騒ぎだが、ジェットコースターなら大したことでもない。
……と、いつまでもこんなところで突っ立ってても仕方ないな。そろそろ並んだ方がいいだろう。
「倉敷さん、ジェットコースターに乗るなら早く並んだ方が待ち時間も少なくていいぞ」
「な、七倉君は一緒に乗らないんですか?」
「俺は右腕がこんなんだし、遠慮しとくよ」
この腕で乗るのは流石に無理だ。係員の人が許可をくれないだろう。
「な、なら私もやめておきます。せっかく一緒に来たのに、七倉君だけが乗れないなんて可哀想ですから」
「別に俺のことなら気にしなくていいんだぞ? 今回はこっちの都合誘ったんだし、倉敷さんの好きなようにすればいい」
「いいえ大丈夫です。それに、アトラクションはジェットコースターだけではありません。他に七倉君と一緒にできるアトラクションもあるはずですから、そちらに行きましょう?」
あれだけジェットコースターに大ハシャぎしてたのに、この変化はいったいどういうことだ?
普通に考えれば俺のことを気遣ってくれただけだが、今の倉敷さんは顔が青ざめている上に、若干震えてることが握ってる手から伝わってきて、明らかに普通ではない。
まさかとは思うが倉敷さん……。
「……倉敷さん、もしかしてジェットコースターが怖いのか?」
つい思っていたことをそのまま口にしてしまった。
しかし倉敷さんの反応は、俺の予想の斜め上をいくものだった。
「こ、怖くなんかありません! あんなの、余裕で乗れますよ! ただ今日は七倉君一人が乗れないのは可哀想だから、我慢しただけです! 決してジェットコースターに乗るのが怖いわけじゃありません!」
「な、なるほど……」
怒濤の勢いで言い訳をする倉敷さんに、俺は面食らってしまった。
この反応からジェットコースターが怖いことは間違いないだろうが、そんなに乗れないのを認めたくないのか。
ジェットコースターに乗れないのなんて、別にそんなに恥ずかしいことじゃないと思うけどな。俺も苦手だし。
「さあ七倉君。こんなところは一刻も早く離れて、次に行きましょう。……できればジェットコースターみたいなの以外でお願いします」
「はいはい」
苦笑を浮かべながら、俺はパンフレットを取り出すのだった。
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