学校一の美少女との放課後
「つ、疲れた……」
午後の授業と帰りのホームルームを終えた俺は現在、帰宅の最中だった。
「まさか学校に行くだけで、あんなに疲れるとは……」
今日一日の出来事を振り返ってみる。
まずホームルーム前に半ば強制的に世話をされることになり、授業中はこれでもかというほど過保護な扱いを受けた。
そして昼休みには、わざわざ俺のために弁当を用意してた上に、それを倉敷さんの手ずから食べさせられた。
昼休みの件は当然ながら、クラス中に広まった。一応クラスメイトには事情を説明しておいたが、どこまで信じてもらえたのやら。
多分、明日からの交友関係(主に男子)は以前のようにはいかないだろう。明日から俺は、男子の嫉妬の的だ。
初日でこれだ。明日以降はいったいどうなるのやら。このままだと俺の精神の方がダメになってしまいそうだ。
「はあ……」
思わず溜息が漏れてしまう。
「溜息は幸せを逃がすと言いますから、あまりしない方がいいですよ?」
「いやでも、それって迷信だろ? むしろ溜息は身体にいいって、前にテレビで見たことがあるぞ」
「そうなんですか? 七倉君は博識なんですね」
「いや、流石に倉敷さんには負けるよ――って、ちょっと待て」
声のした方に全力で振り向く。するとそこには、
「……何でここにいるんだよ、倉敷さん」
「私もこちらに用があるからですよ、七倉君。だから、今ここにいるのはただの偶然です。いけませんか?」
「いや、別にいけなくはないけど……」
ただ、このタイミングで倉敷さんがいることに作為的なものを感じてしまう。
「ところで七倉君、片手しか使えないとカバンを持つのは大変ではありませんか? 私が持ってあげますよ?」
「いや、流石に女子に荷物を持たせるのは……」
ありがたい申し出ではあるが、自分の荷物を女の子に持たせるというのは、何となく罪悪感のようなものを感じてしまう。
「ですが、今の七倉君はケガ人です。遠慮することはありませんよ?」
「いや、本当に大丈夫だから」
「そうですか? 七倉君がそこまで言うのでしたら、私も無理強いはしませんが……」
あれ、思ったよりもあっさりと引いたな。今朝と昼休みの頑固さが嘘のようだ。常にこれくらい簡単に折れてくれればいいのに。
「ああ、それと七倉君。この後時間はありますか? 近くのスーパーに寄ろうと思っているんですけど、少し付き合ってほしくて……」
「スーパーに? 俺、荷物持ちはできないぞ?」
「分かってますよ。ケガ人の七倉君にそんなことはさせません。七倉君に付き合ってほしいのは、明日のお弁当のメニューを相談したいからです」
「え……明日も俺の分作るの?」
俺の問いに、倉敷さんはさも当然のように答える。
「はい、そうですよ。それが何か?」
「いや、流石にそれは倉敷さんが大変だろ? 無理はしなくていいぞ?」
というか、できればやめてほしい。これ以上男子の不況を買いたくない。
「問題ありません。一人分も二人分も、作る手間は大差ありませんから」
「いやでも……」
「問題ありませんから」
俺の意見は聞かんと言わんばかりの力強い言葉。倉敷さんは意外と押しが強いのかもしれない。
そこまで言われてしまうと、こちらも言い返しにくい。しかし、ここはしっかりと言っておかなければ、今後困るのは俺自身だ。
「本当にもういいから。あと、今日の弁当の分の代金は払わせてくれ。流石にタダでもらうのは申し訳ない」
そう言うと、倉敷さんは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「いいえ、代金は結構です。これは私が善意でしたことですから」
「いやだから――」
「――ですが、もし七倉君が弁当のことで私に感謝してくれるのでしたら、今後も私の作ったお弁当を受け取ってくれませんか? それが、私にとっては何よりも嬉しいことなので」
「………!?」
倉敷さんの予想だにしない言葉に、動揺してしまう。
まさかとは思うが、さっきの荷物の件をあっさり諦めたのは、この要求が本命だったから?
倉敷さんは学年でもトップの学力だ。この展開を予想していたとしても、おかしくはない。
「どうなんですか、七倉君? 答えてください」
答えを急かす倉敷さん。
仮にここで倉敷さんの要求を断ったとして、彼女が諦めてくれるだろうか?
……ないな。多分、俺が要求を呑むまで何度もリベンジしてくるだろう。今日一日接して、倉敷さんの性格は何となく読めてきたので間違いない。
「……分かったよ。倉敷さんの弁当は今後もありがたく受け取る。その代わり、倉敷さんもちゃんと金は受け取ってくれ」
「はい、分かりました。七倉君がお弁当を受け取ってくれるのでしたら、私はそれで構いません」
俺の提示した条件に、倉敷さんはあっさり首を縦に振る。
一応俺の提案を受け入れてくれたという形にはなるのだろうが、倉敷さんの手のひらの上で踊らされているような気がする。
いくら俺の腕を折ってしまった罪悪感からとはいえ、ここまで人のために動くことができる倉敷さんは素直に尊敬できるが、ちょっと強引なのが珠に傷だな。
「それでは七倉君。早速スーパーに向かいましょう。確か、七倉君の家の近くにありましたよね?」
「……確かにその通りだけど、何でそんなこと知ってるんだ?」
「調べました」
……行動力がありすぎるのも問題だな。
即答した倉敷さんに、俺は人知れず冷や汗を流すのだった。
「――そういえば聞き忘れていましたが、七倉君は嫌いなものや食べられないものはありますか?」
目的地のスーパー内でカートを押しながら歩いていた倉敷さんが、不意に隣を歩く俺に訊ねてきた。
「特にないな」
「なら好きなものは?」
「そうだな……唐揚げとかかな?」
他にも好きなものはいくつかあるが、昼の弁当で食べたのが美味かったこともあり、唐揚げを挙げる。
「そうですか。七倉君は唐揚げが好きなんですね。なら明日もお弁当に入れておきましょう」
「朝から唐揚げなんて面倒じゃないか? 別に無理に作らなくてもいいんだぞ?」
「慣れてるから大丈夫ですよ。それに七倉君には、美味しいものを食べてほしいですから」
倉敷さんが、思春期男子なら勘違いしてしまいそうになるようなことを言う。
「どうかしましたか、七倉君? 顔が赤いですよ?」
「そ、そうか? 俺は何ともないし、倉敷さんの気のせいだろ」
「それならいいですけど……もし体調が悪いようなら言ってくださいね? 何かあってからでは、遅いんですから」
「あ、ああ、分かってる」
倉敷さんから微妙に視線を逸らしながら、首を縦に振る。
いかんいかん。倉敷さんが色々と世話を焼いてくれるのは、彼女の善意から来るものだ。
別に俺に好意を抱いてくれてるとか、そんなことはあるはずがない。だから、変な勘違いをするな俺。
「ところで七倉君、夕食は何か食べたいものはありますか?」
「何でもいいよ」
「もう、そういう答えが一番困ります。ちゃんと何が食べたいのか答えてください」
「分かった分かった。じゃあ……昼は肉だったし、何か魚系のものがいいな」
「魚ですか……なら煮付けなんてどうですか? 丁度今日はサバが安いみたいですし」
煮付けか……ここ数年食べた記憶はないし、久々に食べてみたいな。
「そうだな。俺も久しぶりに煮付けが食べてみたいな」
「分かりました。なら夕食はサバの煮付けをメインにしますね」
……ん? 何で倉敷さんは当たり前のような感じで、俺に夕食の話を振ったんだ?
しかも今の口振り……まるで俺に夕食を振る舞ってくれるかのように聞こえたのは気のせいか?
「七倉君、立ち止まってどうしたんですか? 置いて行きますよ」
「あ、ああ。待ってくれよ、倉敷さん」
倉敷さんの言葉の意味について考えながらも、俺は慌てて鮮魚コーナーへ向かう倉敷さんの後を追うのだった。
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