学校一の美少女の世話は過剰

「……疲れた」


 昼休みの教室内で俺は、だらしなく机の上に頭を乗せる。


 ホームルーム前に倉敷さんが俺の世話をすることが決定してから、まだ四時間程度しか経っていない。


 だが俺の身体はすでにいつもの何倍もの疲労に襲われていた。


 そんな俺に、倉敷さんが心配そうに口を開く。


「七倉君、大丈夫ですか? やっぱりまだ本調子じゃないんじゃあ……」


「いや大丈夫。疲れてるのは体調が原因じゃないから……」


 というか、疲れてる主な原因は倉敷さんだ。まあ本人に言うつもりはないが。


 倉敷さんは宣言した通り、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれた。


 立ち上がる時は手を貸してくれたり、授業中は利き手が使えない俺のために、わざわざ自分のとは別に俺用のノートを作って、先生の板書を写してくれた。


 流石にノートまで取らせるのは悪いと思って止めたが、意外にも頑固な倉敷さんは俺の話を聞き入れてくれなかった。


 しかも厄介なことに、そのやり取りは事情を知らないクラスメイトたちの注目まで集めてしまった。


 その結果、休み時間になると何人ものクラスメイトが俺のところに押し掛けてきて質問攻めをしてくる。


 どうして倉敷さんが俺の分のノートまで取ってるのか。なぜ、わざわざ神座と席を交換してまで俺の隣に来たのか。などなど、上げればキリがない。


 俺としても事情を説明したいところではあるが、全員自分の疑問を解消したいのか質問するばかりで俺の話に耳を貸すつもりは一切ない様子だ。


 一応倉敷さんが止めに入ってくれてはいるが、効果は薄い。おかげで授業の合間の休み時間だというのに、俺はまともに休むことができなかった。


 昼休みが始まってからも当然の如く、俺のところにクラスメイトが押し寄せてきたが、流石に見かねたのか倉敷さんと一緒に神座も止めに入ってくれた。


 クラス内カーストトップの二人が止めに入ったとなれば、流石にみんなも冷静になった。


 その後倉敷さんの口からことの経緯が語られたことで、一応全員納得はしてくれた。


 まあ一部男子が俺の方を見て「羨ましい」やら「妬ましい」などとバカなことを言っていたが、聞かなかったことにしておく。


 先程までの出来事を思い返していると、不意に腹が鳴り、自分が空腹であることを実感した。


「……俺も昼メシ買いに行くか」


 昼休みが始まってからすでにニ十分以上が経過している。今から行っても購買にはロクなものが残ってないだろうが、何もないよりはマシだ。


「待ってください、七倉君。どこに行くつもりですか?」


 立ち上がり、教室を出ようとした俺を倉敷さんが呼び止めた。


「どこって……購買だよ。腹も減ったし、適当にパンでも買いに行こうと思ってな」


「購買のパンだけなんてダメですよ。その折れた腕を一日も早く直すためにも、ちゃんとしたものを食べるべきです。ご両親にお弁当は持たされなかったんですか?」


「あー……基本ウチ親いないから、普段から弁当は持ってきてないんだよ」


「そうですか、なら丁度良かったです。実はこうなると思ってお弁当を二つ作って――むぐ⁉」


 倉敷さんの口を自由に動く左手で塞ぎ、周囲を見回す。教室に残った生徒は思い思いに過ごしており、今の会話が聞こえていた様子はない。


 危ない危ない。今のが聞こえていたら、またさっきみたいな質問攻めに遭うところだった。


「もう! いきなり女性の口を塞ぐなんて、いったい何を考えてるんですか!」


「いや、何を考えてるんだはこっちのセリフだろ……」


 確かに女の子の口をいきなり手で塞ぐのは自分でもどうかと思うが、また一騒動起こりそうなことを口にしようとした倉敷さんにも問題はあるはずだ。


「私は七倉君のためにお弁当を作ってきただけです。何か問題がありますか?」


 ……どうやら彼女は、俺が何を問題視しているのか理解できてないようだ。


「……あのさ、倉敷さん。甲斐甲斐しく世話してくれるのはありがたいけど、もう少し周囲の反応を考えてくれないか?」


「周囲の反応……ですか?」


「そう、周囲の反応。考えてもみろ。倉敷さんが俺の隣に席を移動して、ノートを取ってくれただけでも、結構な騒ぎになったんだぞ? 弁当を作ってもらったことがバレればどうなるか……」


 これが他の女子の作ったものなら多少冷やかされる程度で済むが、学校一の美少女である倉敷さんとなるとそうはいかない。


 事情を説明したとはいえ、倉敷さんに世話されているというだけでも、男子からかなり嫉妬されている。せっかく築き上げてきた交友関係に、ヒビが入りかねないレベルだ。


 そんな時に弁当なんてもらってしまえば、男子との交友関係は木っ端微塵だ。今後俺は卒業まで、男子に恨まれながら学校生活を送ることになる。


 それは俺の主義に反するものなので、いくら倉敷さんが俺のために作ってくれた弁当だろうと、受け取るわけにはいかない。


「せっかく作ってくれて悪いけど、そのお弁当は受け取れない」


「……どうしても、ですか?」


「ああ、どうしてもだ」


 倉敷さんには悪いが、これだけは譲るつもりはない。


「……私、今日のお弁当は七倉君が食べてくれると思って一生懸命作ったんですよ? いつもより一時間も早起きして、丹精込めて作ったお弁当なんです。それでも、食べてくれませんか?」


「ぐッ!? そ、それは……」


 罪悪感が胸をエグる。


「……私の作ったお弁当、食べてくれませんか?」


 瞳を潤ませながら、倉敷さんが問う。


 先程、骨折が治るまでの間のお世話をした時と同じ顔だ。二度目だというのに、ドキっとしてしまう。


 こんな顔で懇願されて断ることができる男がいるだろうか? いや、いない。


「……分かったよ。倉敷さんの作ってくれた弁当、ありがたくいただくよ」


 自分の意志の弱さを恨めしく思いながらも観念した。


「本当ですか? 嘘じゃないですよね?」


「本当だ。嘘じゃない」


「そうですか、それは良かったです。おかげで作った料理が無駄にならずに済みそうです。――はい、どうぞ。これが七倉君の分です」


 倉敷さんはカバンから二つの弁当箱を取り出し、片方を俺に手渡した。


「ありがとう」


 周囲を確認してからこっそり受け取った俺は一言礼を告げてから、フタを開けて弁当箱の中を見る。するとそこには、


「おお……!」


 思わず感嘆の声が漏れてしまうほどに、美味しそうな料理が詰められていた。


 定番の玉子焼きに始まり、タコさんウィンナーやポテトサラダ、ナポリタン、唐揚げ。ごちゃ混ぜになることなく、綺麗に弁当箱に納められていた。


 見ただけで分かる。これは絶対に美味い! 美人な上に成績優秀で、更には料理までできるとか、天は倉敷さんに二物どころか三物与えたのでは? と疑いたくなる。


「ありがとう、倉敷さん。ありがたく食べさせてもらうよ」


「そう言っていただけると幸いです。他の人にお弁当を作ったのは初めてなので、美味しくできたか自信はありませんが……」


「いやいや、こんなに美味そうなのにマズいなんてあり得ないだろ」


 苦笑しながら、早速いただこうと、箸を片手に弁当に手を伸ばす。しかし箸を持つ手が利き手と反対の左手のため、上手く箸を扱えない。


 何とか箸で掴もうとしても、何度もポロポロと落としてイラっとしまう。


 クソ、何でこんな美味そうな弁当を前にしてこんな思いをしなくちゃいけないんだ!


「……七倉君、口を開けてください」


 箸の扱いで悪戦苦闘していた俺に、いつの間にやらすぐ横に椅子ごと移動していた倉敷さんが、唐揚げを挟んだ箸を構える。


 もしかしなくても、俺に『あーん』をするつもりだろう。


「さあ七倉君。食べさせてあげますから、口を開けてください。早くしないと、昼休みが終わってしまいます」


「い、いやあの、倉敷さん? 流石にそれは恥ずかしいからやめてほしいんだけど……」


「大丈夫です。恥ずかしいのは私も一緒ですから、問題ありません」


 おかしいな。問題しかないように感じるのは、俺の気のせいか?


 しかも淡々とした態度で恥ずかしいと言われても、説得力は皆無だ。


「わ、わざわざ倉敷さんに食べさせてもらわなくても、最悪箸で刺して食べるから大丈夫だ」


「ダメです。箸で刺して食べるなんて、お行儀が悪いですよ?」


『あーん』はお行儀悪くないのか?


「いやでも――」


「もう、こんなくだらない問答を繰り返してたら、昼休みが終わってしまいます。いいから早く食べてください!」


「むぐ……!?」


 倉敷さんが、唐揚げを掴んでいた箸を俺の口に強引に押し込んだ。


 いきなりのことに驚いたが、まさか吐き出すわけにもいかず、渋々とではあるが咀嚼する。


 噛む度に唐揚げの濃厚な旨味が口いっぱいに広がり、その美味さに頬が緩む。


 他人の手作りなんて、食べたのはだろう? 普段食べてる惣菜パンなどと違って、手作り特有の人の温もりを感じる。


「どうですか? 美味しいですか?」


 唐揚げを飲み込んだ俺に、倉敷さんは笑顔で訊ねてきた。


「……ああ、メチャクチャ美味いよ。ただ、いきなり口に突っ込むのはやめてくれ。心臓に悪い」


「七倉君が素直に口を開けてくれるのなら、考えてあげますよ?」


「……分かった分かった。ちゃんと倉敷さんの言う通りにするよ」


 多分クラスメイトに、また余計な誤解を生むことなるだろうが、何かもうどうでもよくなってきた。


 誤解を解くのは面倒だが、今の倉敷さんを説得するよりは数倍マシだろう。


「ようやく素直になってくれましたか。はい七倉君、あーん」


「はいはい。はあ……」


 俺は溜息を吐きながら、倉敷さんが突き出してきた新たな唐揚げをいただくのだった。


 





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