学校一の美少女と二日目

 ――結論から言わせてもらうと、今日ほど学校を居心地が悪いと感じたことはない。昨日もクラス内では似たような感じだったが、今日は昨日の比ではなかった。


 まず噂が学校全体に広がったことで、廊下を歩いてるだけで嫌でも注目されてしまう。トイレに行こうと軽い気持ちで廊下に出た時は、周囲の学生が俺を見てヒソヒソと呟いていたほどだ。


 断片的に『変態』やら『ケダモノ』といった単語が聞こえてきた時は、うっかり泣きそうになった。


 どうやら神座の言ってた通り、とんでもない噂が校内に広まってるようだ。


 そしてその後も散々な目に遭いながらも、何とか迎えた放課後。


 ホームルームを終えて帰り支度をしていた俺に、倉敷さんが声をかけてきた。


「すいません七倉君。ちょっとお話があるんですけど、いいですか?」


「別にいいけど……話って何だよ?」


 いい加減、倉敷さんの方から話しかけてくる場合は大抵ロクなことではないと学習しているので反射的に身構えてしまう。自分でも女の子相手にこの態度はどうかと思うが、昨日今日


「今日の帰りのことなんですけど……すいませんが、私は寄るところがあるので先に一人で帰っていただけますか? もちろん要件を済ませた後は、ちゃんと夕食を作りに行きますから」


 今日も一緒に帰ることが当たり前のことのような口振りに色々とツッコみたくはあるが、今はあえて何も言うまい。


「別にわざわざそんなことを俺に言わなくてもいいよ。あと何か用事があるなら、今日は夕食作りに来なくてもいいぞ?」


「昨日約束したばかりで、そういうわけにはいきません。今日も美味しいと言ってもらえるような夕食を作るので、期待しててくださいね?」


 思わずドキっと胸が高鳴るほどの可憐な笑みが、俺の瞳に飛び込んできた。


 美少女ってのは本当にズルいな。そんな顔をされたら、俺は頷くしかないじゃないか。


「……分かったよ。なら楽しみに待たせてもらうとするよ」


「はい、楽しみにしててください」


 そう言い残して、倉敷さんは足早に教室を出るのだった。






「……遅いな、倉敷さん」


 倉敷さんと別れてから一人で自宅に戻った俺は、リビングでボソリと呟いた。


 現在の時刻は午後七時過ぎ。日はほとんど沈み、外はかなり暗くなってきている。女の子が一人で出歩くには、少し危険な時間帯だ。


 こんな時間帯だし、もしかして今日はもう来ないのか? いやでも、別れ際に美味しい夕食を作るって張り切ってたしな。


 それにあの倉敷さんが無断で約束を破るとは思えない。来れないにしろ、連絡くらいはくれてもおかしくないはずだ。


 となると考えられるのは、倉敷さんの用事とやらがまだ終わってないか、彼女の身に何かあったか……、


「……って、何で倉敷さんが来ないくらいでこんなに動揺してるんだよ、俺」


 我ながら呆れてしまう。別に倉敷さんが来ないから何だよ? 昨日みたいな美味い夕食を食えないのは惜しいが、今日の学校でのことを考えると来ない方がいい。


 学校の奴らに夕食まで作ってもらってるなんてバレたら、冗談抜きで殺されかねない。俺は自殺志願者ではないから、そんなのはごめんだ。


 そんな感じで倉敷さんのことを考えていると、不意に軽快なインターホンの音がリビングに響き渡った。


 このタイミングでの来客……間違いなく倉敷さんだな。


 一瞬居留守を使いたい衝動に駆られたが、流石にそれは可哀想だと思い直して玄関に向かう。そしてドアを開くとそこには、


「遅くなってごめんなさい、七倉君。ちょっと準備に手間取ってしまって……あの、七倉君? そんなにジっと見つめられると恥ずかしいんですけど……」


「わ、悪い……」


 慌てて視線を逸らすが、それでもチラリと流し目で倉敷さんの姿を視界に納める。ムッツリと言われかねない動作だが、それも仕方のないことだろう。何せ今の倉敷さんは、普段見慣れた制服ではなく私服姿なのだから。


 紺色のスカートと白の長袖。特筆すべき点など何一つないシンプルな服装。だがそれ故に、倉敷さんの美しさが前面に押し出されていて、制服とはまた違った魅力を感じさせる。元がいい倉敷さんだからこそできる服装だろう。


 きっと学校の奴らが見れば、俺同様見惚れてしまうに違いない。


 このままずっと眺めていたいところだが、流石に倉敷さんにも気付かれてしまう。それは死ぬほど恥ずかしいので、話題を変えよう。


「……用事って家に寄ることだったのか?」


「はい。今後必要になるものが色々とあったので、一旦家に戻っていました。よく分かりましたね、七倉君」


「まあ制服じゃないしな……」


 私服姿を見れば、家で着替えてから来たなんてバカでも分かる。……というか、今後必要になるものって何だ? 嫌な予感しかしないぞ。


「そういえばそうでしたね。ところで話は変わりますが……七倉君、私の私服姿はどうですか? 似合ってますか?」


 何の脈絡もない、まるでデートの際に彼女が彼氏に訊くような質問。いったい何を思って彼女がそんな質問をしたのかは知らないが、適当に「似合ってる」とか「可愛い」とでも言えば満足してくれるだろう。


 さっさと適当に誉めて話を切り上げよう。こうしてずっと玄関で立ち話ってのも何だしな。


「…………ッ」


 再び正面から倉敷さんを見つめる。息を呑むような可愛らしさの彼女を誉める言葉なんて、バカでも一つや二つは思いつける。


 だから俺もいくつか思いついたのだが……いざ口を開こうとすると、妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。


「どうかしましたか? 何か言ってくださいよ」


「わ、分かってる。今考えてるから、そう急かすなよ」


 適当に誉めればいいだけなのに、どうしてそんな簡単なことができないんだ、俺。ただ、思ったことをそのまま口にすればいいだけだろ?


 いつまでもこうしていても仕方ない。覚悟を決めて口を開く。


「か、可愛い……よく似合ってるぞ、その服」


 少し上擦った声音。自分の声だと気付くのに、数秒の時間を要した。


 顔が熱い。多分今の俺は顔が真っ赤に染まっているだろう。


 ただ服を誉めたぐらいで顔が赤くなるとか……恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい気分だ。


 きっと倉敷さんも、今の俺を見て苦笑を浮かべてるに違いない。


 すでに分かり切っているが、それでも倉敷さんの反応を確認しようと彼女の顔を見る。するとそこには、


「そ、そうですか……それなら私も着てきた甲斐があったというものです」


 倉敷さんはこれ以上ないほど頬を朱色に染め、視線を露骨に俺から逸らしていた。今まで一度も見たことがない反応だ。


 羞恥に悶えていた俺だが、倉敷さんを見て一瞬で冷静になれた。


「……倉敷さん?」


「ひゃ、ひゃい、何ですか……!?」


「いや、何か様子がおかしいと思ったんだけど……大丈夫か?」


「え、ええ、もちろん大丈夫です。そんなことより、そろそろ家に入れてくれませんか? せっかく買ってきた食材が傷んでしまいますから」


 捲し立てるような口調の倉敷さん。明らかに様子がおかしいが、彼女の言うことは最もだった。


 倉敷さんの服装に気を取られていた気付けなかったが、右手には使。左手には食材と思しきものを入れたレジ袋を握っていた。


 確かにこのままこんなところで立ち話をしていたら、食材が傷んで使い物にならなくなってしまう。


 ここに来る前に購入したことを考えると、今すぐにでも冷蔵庫に入れた方がいいが……やっぱり倉敷さんの様子がおかしいのが気になる。


「ほら七倉君、早くそこを退いてください!」


「お、おう……」


 激しい剣幕の倉敷さんを訝しく思いながらも、俺は素直に指示に従う。


 ……俺、何か倉敷さんを怒らせるようなことでも言ったか?


 横を通り過ぎた倉敷さんの背を目で追いながら、俺の脳裏をそんな疑問がよぎるのだった。

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