学校一の美少女はモテる
ホームルームを終えた放課後の教室。帰りの支度をしていると、教室内がいつも以上に騒がしいことに気付いた。
恐らく明日からゴールデンウィークということで、教室内の生徒が皆浮き足立っているからだろう。
ちなみに、この場に倉敷さんはいない。彼女は何やら用事があるらしく、ホームルームが終わると同時に教室を出ていった。
そんなに時間をかけるつもりはないらしく、校門前で待ち合わせということになっている。
「なあ、七倉。お前、ゴールデンウィーク中は何か予定はあるのか?」
教室内を軽く見回していると、カバン片手に俺の席までやってきた神座が、そんなことを訊ねてきた。
「特に予定はないな。……というか、最近のお前はよく俺に話しかけてくるよな? どうしてだ?」
別に全く話さないような間柄というわけではなかったが、ここ最近は少しうっとおしくなるぐらいの頻度で話しかけてくる。
こうなったのは、倉敷さんが俺の身の回りの世話をするようになってからだが……まさかそのことは関係ないよな?
「ははは、友達に声をかけることに、理由が必要なのかよ?」
「別にそうは言わない。けど、最近のお前は前に比べて話しかけてくる頻度が明らかに多いんだよ。何か理由があるのか?」
「別に大した理由なんてねえよ。ただ、最近の七倉は話してて楽しいからついつい声をかけちまうんだよ」
「はあ……?」
本気で意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。
「あー……何て言えばいいんだろうな? 前の七倉ってさ、誰に対しても少し距離を置いた接し方をしてる節があったんだよ。自覚してるかどうかは知らないけどさ」
「…………!」
神座の指摘に、まるで心臓を鷲掴みされたかのような衝撃が身体を襲った。
多分神座が言った距離を置いた接し方というのは、俺の広く浅く主義のことだろう。
常に他人との距離感を意識した交友関係を構築してきたが、まさかバレていたとは……意外と鋭いな。
「けど最近のお前はそういったのがあんまりなくなっててさ、前より話してて楽しいんだよな」
「そう……なのか?」
「間違いなくな」
正直、以前に比べて何かが変わったという自覚はない。俺は相変わらず他人との距離感を意識して生きてる。特に変わったところなんて……。
「もしかしたら、七倉と話してて楽しくなったのって、倉敷さんのおかげかもな。七倉が今みたいな感じになったのって、倉敷さんに世話してもらい始めてからだし」
倉敷さんに世話してもらって、まだ三週間程度しか経っていない。その程度の短い時間で、本当に何か変わったのか?
「俺は前の七倉よりも、今の七倉の方が好きだな。……っと、そろそろ時間だな。俺はもう帰るわ。じゃあな七倉、ゴールデンウィーク明けにまた会おうな」
そう言い残して、神座は教室を出るのだった。
神座と話し終え、急ぎ足で校門に向かうと、すでに倉敷さんは来ていた。
「七倉君、遅かったですね。何かありましたか?」
「悪い。ちょっと神座と話してて遅くなった。もしかして、結構待たせたか?」
「いえ、私も今来たところなので気にしなくていいですよ。さて、七倉君も来たことですし、スーパーに寄ってから帰りましょう」
倉敷さんと二人で他愛ない話をしながら、歩き始める。もちろん手は繋いである。
「七倉君、今日の夕食ですが牛肉がセールで安かったはずなので肉じゃがなんてどうですか?」
「お、いいね」
家庭料理の定番、肉じゃが。倉敷さんが作るのだから、とても美味いものになるだろう。期待大だ。
「……そういえば、倉敷さんの用事ってなんだったんだ?」
「ああ、そのことですか。ちょっと三年生の先輩に校舎裏まで呼び出されて、告白されただけですよ」
「へえ、告白……それって、あの告白のことか?」
「七倉君の言ってるあの告白というのが何のことかは分かりませんが、私がされたのは異性に対して好意伝える方の告白ですね」
「マジか……」
いや、倉敷さんほどの美少女なら告白の一つや二つ、されてもおかしくないな。むしろ自然なことだ。
「三年の先輩から告白されるとか、倉敷さんはモテモテだな。普通はないぞ」
「そうなんですか? 他の方がどのくらいの頻度で告白されるか知らないので、私は何とも言えないんですけど……」
普通の奴は、そもそも告白自体されることが稀だ。こういうことを言える辺り、いったい倉敷さんが今までどれほど告白されてきたのかがよく分かる。
「それに、どうして告白はゴールデンウィークや長い休みの前に多いんでしょう? 私、この時期はよく告白されるんですよね。七倉君、何か知りませんか?」
「多分、上手くいけば休みの間にデートができるからじゃねえか?」
「なるほど……皆さん、ちゃんと考えて告白してるんですね」
感心したように、倉敷さんは数回頷いた。
「それにしても……七倉君は恋愛事に関して随分と詳しいですね。もしかして、以前誰かとお付き合いをされたことがあるんですか?」
「ないよ。てか、あんな程度詳しいって言われてもな……どうした倉敷さん? そんな怖い顔して」
「……何でもありません」
短くそう呟いて、プイっとそっぽを向いてしまった。倉敷さんらしくない反応だ。
何だ? 俺、何か倉敷さんの機嫌を損なうようなこと言ったか?
倉敷さんとの会話を思い返してみるが、特に問題があったとは思えない。
となると、ここは倉敷さんの機嫌が直るまで余計なことはしない方がいいのだろうが……倉敷さんに告白したという相手が無性に気になる。
「……なあ倉敷さん、告白してきた相手は誰だったんだ?」
あまり誉められたことじゃないと知りつつも、好奇心に負けて訊ねてしまう。
しかし倉敷さんは少々不機嫌そうな表情をしながらも、あっさりと口を開く。
「サッカー部部長の
「メチャクチャ有名人じゃねえか……」
サッカー部部長、
寿先輩の人気は、彼目当てでサッカー部のマネージャーになった女子が何十人もいるほどだ。
「それで……何て答えたんだ?」
……何を訊いてるんだ、俺は。答えなんて決まってるだろ。相手は三拍子揃った人気の上級生。断る理由なんて見つける方が難しい。
「――お断りました」
しかし倉敷さんは、俺の予想を裏切る答えを口にした。
「ど、どうして断ったんだよ? 俺も直接知ってるわけじゃないけど、寿先輩って結構いい人だったんじゃないか?」
「はい。あまり話したことはありませんでしたが、とても素晴らしい方だったと記憶しています」
「なら、どうして……」
「それはですね……」
そこで倉敷さん一度立ち止まり、俺の方をジっと見つめてくる。
彼女のどこまでも澄んだ瞳は、吸い込まれてしまいそうな、不思議な感覚を覚えさせた。
普段の俺なら恥ずかしくてすぐに逸らしてしまうのに、なぜか今だけはそれができない。
どれほどの間そうしていたのか。ほんの数秒のことのようにも、何時間も経過したかのように感じられた時間は、不意に倉敷さんが微笑んだことで終わりを迎えた。
「ふふふ、秘密です。七倉君には教えてあげません」
先程までの不機嫌な様子はどこへやら、楽しげな口調で意地の悪いことを言った。
正直意味が分からないので、理由を問おうとするが、
「そんなことよりも七倉君、あと十分ほどでスーパーのタイムセールが始まってしまいます。急ぎましょう」
「ちょ……ッ!」
言うや否や、倉敷さんは俺の手を強く握り早足で歩き始めた。
――こうして、寿先輩の告白を断った理由はうやむやにされてしまうのだった。
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