学校一の美少女と勉強会

「なあ倉敷さん。もし良かったらなんだけどさ、俺に数学を教えてくれないか?」


 それは倉敷さんとの共同生活を始めて、十日ほど経った頃のこと。


 台所で夕食に使った食器を洗ってる倉敷さんに、そんなお願いをしてみた。


「勉強……ですか? 私は構いませんけど、いきなりどうしたんですか?」


「いや、三日後の数学で小テストがあるだろ? 実は俺数学が苦手でさ、定期試験もいつもギリギリの点数なんだよ。だからこういう小テストで点数稼いで、余裕を持ちたいと思ってさ。頼めるか?」


 普段なら一人で勉強してるところだが、せっかく成績優秀な倉敷さんがいるのだ。利用しない手はない。


「私は構いませんよ? 七倉君がいい点数を取れるよう、全力で教えてあげます。早速お風呂上がりにでも勉強しましょう。場所は七倉君の部屋でいいですか?」


「ああ、俺はそれでいいぞ」


 倉敷さんの提案に特に断る理由もないので頷いた。






 ――そして一時間と少々の時間が経ち、風呂上がりの倉敷さんが部屋にやって来た。


 風呂上がりの倉敷さんは相変わらず妙に色っぽくて、共同生活を始めて数日経つというのに未だに慣れない。


 倉敷さんに気付かれない程度で、少し視線をズラしてしまう。


「それでは、あまり時間もないので早速始めましょう。私も後ろから見てますが、分からないところがあったら遠慮なく訊いてくださいね」


「ああ。頼りにしてるぞ、倉敷さん」


 普段は勉強など面倒で仕方ないが、今回は事情が事情だ。倉敷さんが見てくれるということもあるし、真剣にやろう。


 そんな感じでそれなりのやる気を胸に勉強を始めたが、数分もしない内に一つ問題が発生した。


「あの七倉君……? どうしてそんなに私から距離を取っているんですか?」


「ええとだな……」


 倉敷さんの問いに何と答えていいものか分からず、言葉を詰まらせてしまう。


 今回は勉強を教わるということもあって、以前より倉敷さんとの距離が近い。


 しかもただ近いというだけではなく、風呂上がり特有のシャンプーのいい香りがしてきて、メチャクチャ心臓に悪かった。


 距離が近いだけでも色々アウトなのに、更にシャンプー特有のいい香りまでしてくるとか、思春期男子を誘っているのか問い詰めたくなる。


 無論倉敷さんが意図してやってることではない分かってるし、悪いのは変に意識してる俺だ。


 しかし、これでは勉強どころではないのも事実。なので、倉敷さんから距離を取って現在に至るわけだが、どうやら彼女はそれが不服らしい。


「七倉君、そんなに離れていたら問題が見えません。もっと近くに来てください」


「い、嫌だ……」


 倉敷さんの言うこと至極真っ当ではあるが、こればかりは譲れない。


「もう、七倉君はやる気があるんですか? 七倉君にいい点数を取らせるとは言いましたが、それは七倉君が真剣に取り組んでこそですよ? そんな状態では、小テストでいい点数を取るのは不可能です」


「うぐ……ッ」


 倉敷さんの正論という名の刃が胸を穿つ。


 そうだ。今回の勉強は俺から倉敷さんにお願いしたもの。真面目にやらないと倉敷さんに失礼だ。


「……悪い、倉敷さん。真剣にやるから、もう少しだけ付き合ってくれないか?」


「分かりました。今度こそ真面目に勉強してくださいね?」


「はい……」


 自分から頼んでおいてこのザマなのに、投げ出さず付き合ってくれるとか倉敷さんは本当に優しいな。


 感心しながら、倉敷さんに解いてる問題が見えるくらい近くまで移動する。


 ――その後は一時間ほど勉強をして、一旦休憩を取ることにした。


「ふう……」


 グッと両腕を天井に向けて伸びをする。全身の骨がバキバキと音を鳴らす。


 定期試験前でもない限り勉強をすることのない俺は、たった一時間座っていただけでも身体が凝ってしまったようだ。


 しかし、それなりの成果はあった。倉敷さんはかなり教えるのが上手なのもあって、一人でやるより断然効率がいい。


 これなら三日後の小テストは大丈夫かもしれない。倉敷さん様々だ。


 ちなみに今この場に倉敷さんはいない。お茶を淹れるために台所に向かったからだ。


 休憩開始から五分ほど経ったところで、倉敷さんは部屋に戻ってきた。部屋を出た時と違い、両手で盆を持っている。


「七倉君、お茶を淹れるついでに夜食を作ってきたので、どうぞ食べてください」


「お、ありがとう倉敷さん。丁度小腹が空いてたところなんだ」


 早速倉敷さんが机に置いた盆からまだ温かいおにぎりを一つ手に取り、かぶり付く。


 咀嚼する度に、米の甘味と塩気が口いっぱいに広がる。ただのおにぎりなのに、倉敷さんが作るとこんなにも美味いから不思議だ。


「お味はどうですか?」


「美味い。少なくとも、俺が今まで食べてきたおにぎりの中では一番だ」


「ふふふ、七倉君お上手ですね。そんなに誉めても何も出ませんよ?」


「本心だよ。こんなに美味いおにぎりを作れるなんて、倉敷さんは本当に料理上手だな」


 このおにぎりに限らず、倉敷さんの料理はどれも美味い。おかげで、最近の食事は密かな楽しみだったりする。


「も、もう、そんなに誉めないでくださいよ。照れちゃうじゃないですか……」


 顔を赤らめながら口元を緩め、照れ臭そうに視線を俺から逸らす倉敷さん。


「そ、それよりも、勉強の方はどうですか? 小テストはどうにかなりそうですか?」


「この調子なら、多分何とかなるな。倉敷さんの教え方が上手いおかけだ。勉強教えてくれてありがとな」


「いえいえ、全部七倉君が頑張っていたからですよ。……それにしても七倉君、利き手じゃないのに上手に字を書きますね」


 倉敷さんは机の上に広げられたノートに視線を落とし、感心したように言った。


「まあ数日前から、ヒマな時間とかにちょくちょく練習してるからな」


 ノートは倉敷さんが取ってくれるから問題ないが、今回のような小テストとなると自分で書く必要がある。


 こうなることを予想して予め練習していたが、まだ始めてわずか数日。


 流石に利き手で書くのに比べたら汚いが、当初のミミズみたいな文字とも読めないものよりはマシになっていると思う。


「ただ書くのにちょっと時間がかかるんだ。今回の小テストは証明問題も出るだろうし、できればもう少し早く書けるようになっておきたいな」


 今度の数学の小テストは、多分証明問題がある。書くことが多いあの問題は、利き手に比べて不便な左手だと解答にかなりの時間がかかってしまう。


「証明問題は配点もデカいし、できれば落としたくないんだけどなあ……」


「それなら、証明問題を短時間で解けるようにもっとたくさん勉強しましょう。字を書く練習にもなりますし」


「そうだな。……倉敷さん、悪いけどもう少しだけ付き合ってくれるか?」


「はい、もちろんです。最後まで付き合いますよ、七倉君」


 倉敷さんは愛らしい笑みを浮かべ、俺の申し出に快く応じてくれた。


 ――ちなみに後日行われた数学の小テストは、倉敷さんの助けもあってかなりの高得点だった。

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