学校一の美少女と噂になる

「――また面白いことになってるな、七倉」


「うるせえ、黙ってろ」


 自身の教室の机に座ったところで声をかけてきた神座に、俺は短く吐き捨てた。


 ちなみに、この場に倉敷さんはいない。今日は日直のため、下駄箱で俺と別れて職員室に寄っている。


「ははは、そう怒るなよ。俺はただ、朝から公衆の面前で女子と手を繋いで登校した友人を祝福してるだけなんだからさ」


「……見てたのかよ」


「当たり前だろ? あんな面白いもの見逃せるはずねえよ」


 他人事だからっていい気なもんだ。俺は現在進行形で男子の嫉妬の視線を一身に受けていて、針のむしろ状態だというのに。


 ほんの数日前までは他愛ない話で盛り上がるような間柄だったのに……男の友情ってのは、女が絡んだだけでこうも容易く壊れるものだったのか。


 女子の方は男子のような殺意迸る邪悪なものではないが、明らかに好奇を宿した目で俺を見ている。女子は恋バナが大好物だろうし、後で質問攻めに遭うことを考えると今から憂鬱だ。


「それに直接見てなくても、学校のネット掲示板で情報が拡散されてるからかなりの奴が知ってると思うぞ?」


「……嘘だろ?」


 慌ててカバンからスマホ取り出し確認してみると、ネット掲示板には神座の言った通り、俺と倉敷さんが手を繋いでいたことについて大量に書き込まれていた。


 というか、現在進行形でどんどん書き込まれている。内容はどうして倉敷さんが俺と手を繋いで登校しているのか、が主題だ。


 中にはいつの間に撮ったのか、俺と倉敷さんが手を繋いで歩いてる姿を納めた写真まで貼られていた。


 本来ならこの短時間でここまで情報が広まってしまったことを嘆くべきなのだろうが、ここまでくると逆に清々しい。


「色々な憶測が飛び交ってるから、見てて面白いぞ? ちなみに今一番有力なのは、お前が倉敷さんの弱味に付け込んで無理矢理手を繋がせたって説だな」


「……まあそうなるだろうな」


「何だよ、随分とあっさりとした反応だな? てっきりもっと騒ぐと思ってたのによ」


「最早騒いでどうにかなる規模じゃないしな。それに今お前が言った、俺が倉敷さんの弱味に付け込んだって説? ムカつくけど、気持ちは分かるからな」


 多分俺も当事者じゃなければ、この説を信じていたと思う。


 自分のことを必要以上に卑下するつもりはないが、それでも俺と倉敷さんとでは月とスッポンほどの差がある。単純に容姿だけの話ではなく、学業や人望などの面から見ても、俺と倉敷さんの差は圧倒的だ。


 これが神座みたいな奴ならまた話も違ったんだろうが、俺なんかじゃ役者不足だ。釣り合いがとれていない。


 腹立たしいことこの上ないが、俺が倉敷さんの弱味に付け込んだと誤解されても仕方のないことだと思う。


「それに人の噂も七十五日って言うし、その内収まるだろ」


「随分と気長な話だな。それにその感じだと、手を繋いだのはお前の方からじゃないっぽいな。やっぱり手を繋いだのは倉敷さんの方からか?」


「……倉敷さんに言われて渋々な」


「へえ、倉敷さんがねえ……彼女、意外と積極的なんだな。普段の学校での姿からは想像もつかないな」


 神座がしみじみと呟く。


「俺も最初は驚いたよ。もう慣れたけどな……」


 というか、慣れなきゃやってられない。


「何か大変そうだな」


「大変なんてもんじゃねえよ。今もクラスメイトの男子がとんでもない目でこっちを見てくるし、その内嫉妬心が行きすぎて刺されないかヒヤヒヤものだよ」


 流石にそこまでしてくるバカはいないと思うが、クラスの男子ほぼ全員から殺意剥き出しの視線を受けるというのは、心臓に悪い。


「さ、流石にそこまではしないだろ? とりあえず、月のない夜道に気を付けておけば大丈夫だって。自分のクラスメイトを信じろよ」


「今の言葉で余計に不安になってきたわ」


 このイケメンは俺を安心させたいのか不安にさせたいのか、いったいどっちなんだ?


「まあ、何か困ったことがあったら俺に相談しろよ? 友人として学食一回で手を打ってやるからな」


「普通そこはタダでって言うところだろ?」


「そうだっけか? まあ、あまり深く考えるなよ。……ところでさっきから気になってたんだけどさ、どういった経緯で手を繋いで登校することになったんだよ? 誰にも言わないから、そこら辺のこと詳しく教えてくれよ。俺たち友達だろ?」


「絶対に嫌だ。どうせ笑いものにするつもりだろ?」


「しないしない。俺を信用してくれよ?」


「無理だ。諦めろ」


 神座の要求をキッパリと切り捨てる。


「そう言わず頼むよ。俺たち友達だろ――っておい、来たみたいだぞ」


 断ったにも関わらずなおも食い下がってきた神座だが、不意に視線を俺から教室のドアの方に移した。


 誰が? とはあえて訊かない。そんなことをしなくても、神座の口振りで大体予想がつく。


 神座と同じ方向に視線を移動させる。するとそこには、先程下駄箱で別れた時と何一つ変わることない姿の倉敷さんがいた。


 現在流れている噂の当事者である倉敷さんの登場にざわめきが生まれるが、当の本人は気にした様子もなく迷いのない足取りで自分の席――つまりは俺の隣の席まで来た。


「おはようございます。神座君、それに七倉君」


「おう、おはよう倉敷さん」


「おはよう、倉敷さん……って、俺にまで挨拶する必要はなくないか?」


 反射的に挨拶したが、ほんの十分ほど前まで一緒にいたのだからわざわざまたする必要はないと思う。


「あ、ごめんなさい。今日、七倉君とは一緒に学校に来たんでしたね。ついいつもの癖で……」


 倉敷さんは恥ずかしげな苦笑を浮かべる。


「……ところで先程から気になっていたんですけど、何だか今日は皆さん様子がおかしくありませんか?」


 キョロキョロと周囲を見回してから、倉敷さんは首を傾げた。


「特に男子の方々は何と言いますか……七倉君を射殺さんばかりの視線で睨み付けていますし、何かあったんですか?」


「まあ色々とな……」


 まさか男子の視線の原因が、今朝俺と手を繋いでいたことだとは夢にも思うまい。


「なあなあ、倉敷さん。一つ訊きたいことがあるんだけどいいか?」


「私で答えられる範囲でしたら構いませんよ? 神座君は何が訊きたいんですか?」


「実は俺、さっき七倉と二人で手を繋いで登校してるとこ見たんだけどさ、どうしてそうなったのか経緯が訊きたいんだよ。七倉の奴、ケチだから全然教えてくれないんだよ」


「「「「…………⁉」」」」


 神座の質問に教室内が騒然となる。


 この野郎、俺が教えなかったからって倉敷さんから聞き出すつもりか? ここはすぐにでも止めた方が……いや、このタイミングで止めに入れば周りの奴らからやましいことがあるなんて誤解を受けかねない。


 すでに色々と手遅れな気もするが、広く浅くを主義とする者としてこれ以上おかしな噂が広まるのは絶対に避けたい。


 とはいえ、ここで俺が動くと逆効果だ。ここは倉敷さんが無難な対応をしてくれる祈るしかない。


「別に面白い話でもありませんよ? ただ七倉君が周囲の視線を気にされていたので、気を紛らわすために手を繋ぐよう申し出ただけです」


 ……期待は一瞬で裏切られた。まあ、こうなることは予想できてたよ。俺と手を繋ぐことを一切躊躇しなかった倉敷さんが、期待通りの回答をするわけないよな……チクショウ。


「私、男性と手を繋ぐのは初めてだったんですけど……とてもドキドキしました。その、男の人の手って、思ってたよりもずっと……大きいんですね」


「…………⁉」


 チラリと俺の方に視線を寄越し、頬を朱色に染めながら答えた倉敷さんは――メチャクチャ可愛かった。なぜ顔が赤いのかは謎だが、今の彼女の姿はつい見惚れてしまうほどの破壊力を秘めていた。


 俺以外にも、こちらを注視していた男子たちの大半がゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきた。学校一の美少女、恐るべし。


 しかしそんな魅力的な表情の倉敷さんを見ても、イケメン故か神座は笑みを崩すことなく話を続ける。


「なるほどなるほど。つまり初めての相手のである七倉のが思ったよりも大きくて、とてもドキドキしたと……」


「含みのある表現に仕立て上げるな!」


「うお……⁉ いきなり耳元で怒鳴るなよ、ビックリするだろ?」


「それはこっちのセリフだ! 誤解しか生まない発言をするのはやめろ!」


 今の発言が元で、またとんでもない噂が流れたらどうしてくれるんだ。これ以上おかしな噂が流れたら、俺の学校生活が終わるぞ。


「ははは、悪い悪い。ちょっと悪ふざけがすぎたよ。今度学食奢ってやるからそれで勘弁してくれよ。なあ?」


「……今回だけだからな」


 本当はもっと文句を言ってやりたかったが、クラスメイトの視線が痛かったし、倉敷さんと朝食を食べたところからわずか二時間足らずで色々なことが起こり精神的に疲れていたので、短くそう呟くのに留めた。

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