学校一の美少女と遊園地その五

 最後に観覧車に乗ってから帰ることに決めた俺たちは、観覧車に向かうことにした。閉園が近いこともあってか、観覧車は大して人が並んでおらずあっさりと順番が回ってきた。


 そして現在、俺と倉敷さんは二人でゆっくりと上昇する観覧車内で席に着いているわけだが、


「……なあ倉敷さん。何でそんなに近いんだ?」


 なぜか倉敷さんは、お化け屋敷にいた時に負けず劣らずの密着具合で俺の左側にくっついていた。


 というか正面の席は空いてるのに、どうして俺の隣に来る? 意味が分からない。


「べ、別にいいじゃないですか!詰めれば座れないこともないんですから!」


「それはそうかもしれないけど、わざわざ詰めて座るくらいなら、そっちの席に座った方がいいだろ」


 あとその双丘を押し付けてくるのは、思春期男子にとってとても毒だからやめてほしい。その内、理性が保てなくなりそうだ。


 というか倉敷さんのこの感じ、もしかして……いや流石にそれはないだろ。ないよな? ……一応確認してみるか。


「倉敷さん、もしかして観覧車が怖いのか?」


「…………ッ!?」


 露骨に肩を震わせる倉敷さん。この反応、図星だな。


 沈黙が場を支配する。しかしそれもわずか数十秒のこと。沈黙は倉敷さんによって破られた。


「……ええ、怖いですよ! ですがそれが何ですか? 観覧車が怖いのは、悪いことですか?」


「別に悪いなんて言ってないだろ。ただ、観覧車が怖いなんて言う奴を初めて見たから驚いただけだ」


「本当ですか? 実は内心、私のことを嘲笑ったりしてませんか?」


「そんなことしねえよ。誰だって怖いものの一つや二つくらいあるだろ。それに倉敷さん、ジェットコースターとお化け屋敷もダメだっただろ? 今更その中に観覧車が増えたって、嘲笑ったりしねえよ」


 倉敷さんの瞳が大きく見開かれる。


「き、気付いてんですか?」


「あれだけ露骨な反応をしてれば流石にな」


「ううう……」


 呻き声を上げながら、トマトのように真っ赤になった顔を両手で覆う倉敷さん。


 まさか本当に気付かれてないと思ってたのか? だとしたら倉敷さんって結構抜けてるな。


「けど意外だよな。倉敷さんって何でも卒なくこなすイメージがあったから、苦手なものや怖いものなんてないと思ってたよ」


「し、仕方ないじゃないですか。ジェットコースターはとても早くて見てるだけでも怖かったですし、お化け屋敷はたくさんお化けがいて怖かったんですよ。観覧車に至っては、私高所恐怖症だから高いところがダメなんです」


「なら正直に、怖いから乗りたくないって言えば良かっただろ。何で言わなかったんだよ……」


「だって……怖いから乗りたくないなんて、恥ずかしくて言えませんよ。それに七倉君は私にさんざん付き合ってくれたのに、私だけ怖いからって理由だけでやめるのも申し訳ありませんし……」


 それでこんなに怖がってたら世話ないだろ、とは指摘しない方がいいだろうか? 一応俺のことを考えて言い出さなかったわけだしな。


「それに、七倉君が一緒なら大丈夫だと思ったんです。七倉君の隣は、その……とても安心できますから」


「そ、それって……」


 どういう意味なのか。そう続けようとしたが、なぜか言葉が出なかった。


「七倉君? 顔が赤いですけど、どうかしましたか?」


「な、何でもない……それより外見てみろよ。夕焼けが綺麗だぞ」


 丁度観覧車が頂上に来たため、夕日に照らされた遊園地全体が見渡せる。今この瞬間しか見ることができない、綺麗な光景だ。


 話を逸らすための話題ではあったが、綺麗だと思ったのは本当だ。せっかくだし、倉敷さんにも見せてやりたいところだ。


「絶対に嫌です。外なんて怖くて見れません」


 現在の倉敷さんは窓に背を向け、余程外の景色を見たくないのか視線は俺の方にガッチリ固定されている。


「そう言うなよ、俺の隣なら安心できるんだろ? これで最後だし、ちゃんと隣にいてやるから一緒に見よう」


「……絶対に離さないって約束してくれますか?」


「するよ。それに離そうとしたら、どうせ抵抗するだろ?」


「そうですね。もし七倉君がそんなことをしたら、意地でも離しません。絶対に張り付いてみせます」


 そう答えた倉敷さんの表情は笑ってこそいたものの、普段の彼女にはない鬼気迫るものが宿っていた。


 迷惑なことこの上ないな。まあ別に離すつもりはないからいいけど。


 倉敷さんは恐る恐るといった感じではあるが、キュっと目を閉じて反転する。


「怖くないです、怖くないです……! 七倉君がいるから全然怖くなんかありません!」


 目を閉じたまま、ブツブツとまるで自分に言い聞かせるように呟く倉敷さん。鬼気迫る表情も相まって、かなり怖い。


 そしてひとしきり呟いた後、一度俺の左腕をギュっと強く抱き締めてから、倉敷さんは閉じていた瞳を開けた。


「わあ……!」


 倉敷さんの口から、悲鳴ではなく感嘆の声が漏れた。


「夕日がとっても綺麗ですね、七倉君! それに遊園地全体が見渡せます! この遊園地って、こんなに広かったんですね!」


「そりゃ良かったな」


 もう頂上はとうに過ぎてしまったが、それでも倉敷さんは眼前の景色に瞳をキラキラと輝かせていた。さっきまで怖がっていたのが嘘のようだ。


 その後は観覧車が一周回り終わるまで、倉敷さんは窓の外の景色に釘付け状態だった。






「――今日は楽しかったですね、七倉君。私、遊園地は初めてだったのでドキドキしました」


 遊園地を出て帰路に着いてる最中、隣を歩く倉敷さんが今日の感想を漏らした。


「そうだな。俺も久し振りだったけど、それなりに楽しめたよ」


「それは良かったです。私、自分のことばかりで七倉君を振り回したんじゃないかと思っていたので、安心しました」


「元々誘ったのは俺なんだ。倉敷さんは楽しんでくれればそれでいい」


 今回の件は元々茜さんから端を発したもの。俺としては、茜さんの命令を完遂できただけで十分満足だ。


「本当に今日はとても楽しかったです。多分、私の人生の中で一番楽しい時間だったと思います。だから七倉君……ありがとうございます」


「お、大げさだな。そこまで言うほどだったか……?」


「はい、少なくとも私にとってはそれだけのことだったんです。……だから七倉君、またいつか私と一緒に遊園地に行きませんか? 例えば、七倉君のケガが治った後とか」


「そうだな。神座とか……クラスの奴らも誘って行って――」


「七倉君」


 俺の言葉を遮り、不意に倉敷さんは足を止めて俺の方を見る。


 釣られて俺も足を止めて倉敷さんと向き合う。


「私は七倉君と二人だけで行きたいんです。……ダメですか?」


「え……?」


 どこか遠慮がちながらも、語られた言葉には強い意志のようなものが感じられた。


「確かに、クラスの皆さんと行くのも楽しいかもしれません。ですが私は、今日みたいに七倉君と二人きりで行きたいです」


「……俺なんかと行くよりも、みんなで行った方が楽しいと思うぞ」


「それを決めるのは七倉君ではなく私です。七倉君のケガが治ってからでいいので、また一緒に行ってくれませんか?」


「……まあ、機会があったらな」


ですよ?」


「はいはい。約束な」


 嘘だ。二人きりなんてのは今回限り。ケガさえ治れば、倉敷さんとの関係はそれまで。今みたいに手を繋いで歩くこともなければ、こんなに親しく話すこともない。


 けれど、それがどうした? ただ以前の関係に戻るだけのことだ。今の関係の方が異常なんだ。本来の俺たちは、遊園地に行ったりするような関係じゃない。


 しかし、どうして倉敷さんは俺と一緒に行くことにここまでこだわるんだ? まさか倉敷さん……、


「ははは……そんなわけあるか」


「どうかしましたか、七倉君?」


「いや、何でもないよ倉敷さん。それより、早く帰ろう。俺、今日は動き回ったから腹がペコペコなんだよ」


 茜さんも、今日の遊園地での出来事を聞きたがっているはずだ。さっさと帰らないと「てめえ、遅えんだよクソバカがッ!」とか言いながら、ブチ切れる可能性だってある。そんなのはごめんだ。


「ふふふ、そうですね。私もお腹がペコペコです。今日の夕食は腕によりをかけて作りますから、期待していてくださいね?」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 そして俺たちは、家までの道のりを他愛ない話をしながら歩くのだった。



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