学校一の美少女と遊園地その四
時刻は昼すぎ。空に輝く太陽の日射しは、じんわりと汗が吹き出すほどの暑さ。
一応まだ五月は始まったばかりなのに、今日は初夏並の暑さだ。
お化け屋敷を出た後、時間的にも丁度昼食時だったので、昼食を取るため遊園地内のフードコートに向かった。
そして適当な店に入って注文して、現在は頼んだ品が来るのを他愛ない話をしながら待っているところだ。
ちなみに、今回の飲食代は全て茜さんが出してくれることになってる。
普段はアレな性格もあって色々と問題のある人だが、こういう時はなぜか気前がいい。
倉敷さんがせっかくの外出だからと、いつも以上に張り切って弁当を作ろうとしていたが、茜さんが飲食代を出してくれるので今回はやめてもらった。
ウチに来てからずっと家事をしてばかりだし、たまには倉敷さんにも休みが必要だろう。
「倉敷さん、悪いけど少しだけ荷物見ててくれるか? 俺ちょっとトイレ行ってくるからさ」
「分かりました。料理が来るまでには戻ってきてくださいね?」
「了解」
一言倉敷さんに告げてから、席を離れてトイレに向かう。
店内は昼飯時のためかかなり混んでいて、トイレに行くのにも一苦労だ。
それから数分かけてうっとおしい人混みを抜けてトイレが見えてきたところで、
「お、七倉じゃん」
「…………」
どこかで聞いたことがあるイケメンの声。まさかと思いつつも、恐る恐る声のした方を振り向いてみるとそこには、
「よう、七倉」
やはり俺の聞き間違いなどではなく、クラス一のイケメン、神座がいた。
「……どうしてお前がここにいる?」
色々と言いたいことがあったが、まずは一番の疑問を口にした。
まあイケメンなこいつのことだから、どうせ彼女とデートとかそんなところだろうが。
「別に大したことじゃねえよ。クラスの何人かで遊びに来ただけ。この前お前も誘っただろ?」
……そういえば、ゴールデンウィークに入る数日前に、神座が中心になってクラスでどこかに遊びに行こうって話をしてたな。
俺も誘われたが、片腕が折れてるこの状態じゃまともに遊べない上に他の奴らに気を遣わせてしまうと思い辞退した。
それがまさか遊園地に行くことになっていて、しかも今日会うことになるとは……どんな奇跡だよ。普通ならあり得ないぞ。
「で、七倉の方はどうしてこんなところにいるんだよ? まさか一人でってわけじゃないだろうし、誰か一緒なんだろ? 誰と来たんだよ?」
……意外と鋭いな、こいつ。
「ま、まあちょっと知り合いとな……」
「へえ、知り合いねえ……それって俺も知ってる奴なのか?」
「…………ッ」
……ここはどう答えるのが正解だ? 下手な嘘を吐いて、後でバレるのは面倒だしな。
かといって、バカ正直に倉敷さんだと答えるわけにもいかない。そんなことをすれば、いらぬ誤解を招いてしまう。下手すると、俺と倉敷さんが付き合ってるなんてことにもされかねない。それだけは何としても避けなければ。
「べ、別に誰だっていいだろ? そんなことより、他の奴らはどうしたんだよ? 一緒じゃないのか?」
「他の奴らは席に着いて注文待ちだ。俺だけトイレに行きたいから席を離れたんだよ。それより、誤魔化すなんて怪しいな。何かやましいことでもあるのか?」
「や、やましいことなんてねえよ」
「なら俺に話しても問題ないよな? ほれほれ、さっさと話して楽になれよ」
「ぐ……」
神座が答えを催促してくる。しかし俺はまともな答えを持ち合わせておらず、ただただ押し黙ることしかできない。
「はあ、仕方ねえなあ……」
どうすることもできず沈黙するしかなかった俺に、神座は呆れ混じりの溜息を漏らした。
「そこまで話したくないってことは、何か理由があるんだな? 流石に俺も、言いたくないって奴から無理矢理聞くつもりはねえよ」
そう言って、神座は俺に背を向けて歩き出した。
どうやら諦めてくれたようだ。予想していたよりもあっさりと引いたので少々拍子抜けではあるが、誤魔化す手間が省けたし良しとするか。
俺がほっと胸を撫でおろしていると、不意に神座は足を止めて俺の方に振り返った。
「ああ、そうだ七倉。――精々倉敷さんと楽しくやれよ」
「な……ッ!?」
どうしてこいつが、俺と倉敷さんが一緒に遊園地に来たことを知ってるんだ!? まさかここで会うより前から、俺と倉敷さんが一緒にいるところを見てたのか!?
驚愕する俺に、神座はしたり顔を浮かべるながら、
「その反応……やっぱり倉敷さんと来てたのか。やるな、七倉!」
「…………ッ!」
こ、こいつ、カマかけやがったな! 最悪だ、まさかこんな形で
「か、神座、お前は多分誤解してるぞ! 一回俺の話を――」
「分かってる分かってる! デートの邪魔なんて野暮な真似はしないから安心しろ! もちろん他の奴らにもさせないからな!」
全く安心てきない。というか、頼むから俺の話を聞いてほしい。
「この後も俺たちと鉢合わせしないよう、お前のスマホに俺たちの現在地ってやるよ。確か連絡先は互いに交換してたよな?」
「まあ一応……」
「なら問題ないな。ゴールデンウィーク明けたら、デートの詳細教えてくれよ?」
「いや、だからそれは誤解だって――」
「じゃあ、今度こそ本当に行くわ。倉敷さんとのデート、しっかり楽しめよ?」
誤解を解こうとしたが、神座は結局俺の話を一切聞かずその場を後にするのだった。
最悪だ。これ絶対にゴールデンウィーク明けに根掘り葉掘り訊かれるぞ。
今から憂鬱だ。しかし神座は他の奴らに倉敷さんと遊園地に来たことは内緒にしてくれるようだし、そこは良しとしておくか。
「はあ……」
トイレに来ただけなのに、どうしてこんな目に遭うのか。溜息と共にそんなことを考えながら、俺はトイレに向かうのだった。
昼食を終えた後も、午前中と変わらず俺たちは遊園地内の様々な場所を見て回った。
遊園地オリジナルのマスコットキャラクターと写真を撮ったり、倉敷さんが怖くないアトラクションに乗ったりしながら、特に何事もなく時間は過ぎていった。
倉敷さんと遊園地内を回る間、神座は先程会った時に言ってた通り、ちょくちょく自分の現在地を俺のスマホに送ってきた。
どうやら本当に、俺たちのデートを邪魔するつもりはないみたいだ。……いや、別にデートではないけど。
空は茜色に染まり、遊園地内の人の数も徐々にではあるが減ってきている。
現在の時刻は十七時半。この遊園地は十八時が閉園時間だったはずなので、恐らくあと数分もすれば閉園のアナウンスもあるだろう。
「七倉君、そろそろ閉園時間ですが最後に何か乗りませんか? 七倉君が好きなのを選んでいいので」
「俺が? 別にいいよ、特に乗りたいものもないし。倉敷さんが選んでいいぞ」
「私は十分楽しみましたから大丈夫です。それに七倉君、今日は私のワガママを聞いてばかりで一度もしたいことを口にしてませんでしたよね? 今度は私が七倉君のワガママを聞く番です」
「えー……」
困ったな。倉敷さんの善意は嬉しくはあるが、残念なことに俺は特に乗りたいアトラクションはない。
倉敷さんのように初めて来たならともかく、昔来たことがある身としては今更進んで乗りたいものはない。それに乗るとしたら、倉敷さんが怖がらないものにしなければいけないから面倒だ。
とはいえ意外と頑固な倉敷さんのことだ。何かしらの答えを出さなければ、納得してくれるはずがない。
どうしたものかとアテもなく視線を彷徨わせていると、不意に俺の視界にこの遊園地内で最も巨大なアトラクション――観覧車が目に入った。
「……倉敷さん。俺、あれに乗りたいんだけどいいか?」
「あれは確か……観覧車で合ってましたか?」
「ああ、観覧車で合ってるよ。せっかくだから、俺は最後にあれに乗りたいんだけど……ダメか?」
「……いいえ、そんなことはありません。七倉君が乗りたいというのなら、早く行きましょう。もうあまり時間もないことですし」
「…………?」
少し間の空けての返答に違和感を覚えたが、大したことではないだろうと思い直す。
それに観覧車ならジェットコースターみたいに速くもないし、お化け屋敷みたいに怖くもない。倉敷さんが怯えたりすることもないだろう。
俺と倉敷さんは早速観覧車に向けて歩き始めた。
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