学校一の美少女と二度目の遊園地そのニ
「美味いか、倉敷さん?」
「はい、とっても美味しいです!」
ベンチにて俺の隣に座る倉敷さんに訊ねてみると、俺が奢ったクレープを片手にとても元気のいい答えが返ってきた。
奢った身としては、こういう反応をしてくれるのが一番嬉しい。この笑顔だけで奢った甲斐があったというものだ。
「やっぱりクレープはイチゴが一番美味しいですね! 奢ってくださってありがとうございます、七倉君」
「どういたしまして。……それにしても、倉敷さんってイチゴが好きだったんだな」
「はい大好きです。何かおかしいですか?」
「そんなことはない。ただ、三ヶ月近く一緒に暮らしていたのに俺って倉敷さんのこと何も知らなかったんだな、と思っただけだ」
よくよく思い返してみても、俺はあまり倉敷さんのことを知らない。三ヶ月も一緒に生活しておいて、これは自分でもちょっとどうなのかと思う。
「それは仕方ないんじゃありませんか? 三ヶ月というのは、長いようで意外と短い期間ですし」
「そんなものか……」
「あ、でも私は七倉君の好みはこの三ヶ月で把握したつもりですよ? 七倉君って、味付けの濃いおかずが好きですよね? やっぱり年頃の男の子だからでしょうか?」
「…………」
何が仕方ないだ。倉敷さんは完璧に俺の好みを把握してるじゃないか。
「……随分と俺の好みについて詳しいな」
「この三ヶ月間、七倉君のお食事を準備してたのは誰だと思ってあるんですか? このぐらい、把握できて当然です」
当たり前……なのか? 俺はあまり料理をしたことがないから、その辺のことはよく分からん。
「……ところで七倉君。そのチョコバナナクレープは美味しいですか?」
「ん……? まあそれなりには。普段クレープなんて食べないから、あまり自信はないけど……倉敷さんも食べるか?」
「い、いいんですか?」
「ああ、いいぞ。食べたかったんだろ? さっきからチラチラ物欲しそうな顔で俺のクレープ見てたし」
「も、物欲しそうな顔なんてしてません! 失礼ですよ、七倉君!」
顔を真っ赤にして怒鳴る倉敷さん。この反応で図星なのが丸分かりだ。
前から思っていたが、倉敷さんは動揺すると感情が表に出るよな。
「悪い悪い。それでどうする? 食べるのか、食べないのか?」
「……いただきます」
倉敷さんは顔を赤くしたまま、消え入りそうなほどの小さな声でそう返した。
俺は自分のクレープを手渡そうと、倉敷さんの眼前まで持っていく。しかし、
「あーん」
「……何してるんだよ、倉敷さん」
「七倉君が食べさせてくれるのを待っているんです。ほら、どうしました? 早くクレープをください」
「…………」
色々とツッコみたいところがあるが、あえて何も言うまい。
抵抗したところで最終的に押し切られるのは、この三ヶ月間で嫌というほど学んだからな。周囲の人に見られるのは恥ずかしいが、そこは我慢するしかい。
渋々とではあるが、倉敷さんの口元までクレープを運ぶ。
倉敷さんは髪をかき上げて俺のクレープを一齧りする。
そんな彼女の仕草に少しドキリとしたが、何とか堪えることで顔に出さずに済んだ。
「ん……チョコバナナはイチゴとはまた違った甘さで美味しいですね」
「そりゃ良かったな……」
「では次は私の番ですね。はい、七倉君も一口どうぞ」
倉敷さんが俺の口元にグイっとイチゴクレープを押し付けてきた。
「…………」
「どうしましたか?」
「俺は自分で食えるから、わざわざ倉敷さんに食べさせてもらう必要はないぞ」
「ダメですよ。私だけ七倉君に食べさせてもらうのは、申し訳ありません。はい、あーん」
どうやら俺に拒否権はないらしい。まあ分かっていたことではあるが。
よくよく考えてみると、こうして倉敷さんに食べさせてもらうのは一週間ぶりくらいか? もう随分と前のことのように感じられる。
しかしなぜだろう。三ヶ月間で何度も食べさせてもらったから慣れているはずなのに、動悸が激しくなる。
「どうしたんですか? 早く口を開けてください。はい、あーん」
「あ、あーん」
差し出された倉敷さんのクレープを一口もらう。
本来ならイチゴとクリームの甘さが口いっぱいに広がってるはずだが、今はなぜか緊張して味がよく分からない。
「どうでしたか、私のイチゴクレープは。美味しかったですか?」
「あ、ああ。美味しかったよ、ありがとな倉敷さん」
動揺を隠しつつ、感謝を口にする。バレてないよな?
と、そこで倉敷さんに異変が起こっていることに気付いた。
「倉敷さん、顔にクリーム付いてるぞ」
「え、どこですか?」
「そこだよ、そこ」
少量のクリームが付着した左頬近くを指差す。
「ここですか……七倉君、申し訳ありませんが拭き取ってくれませんか?」
「……何だって?」
「ですから、七倉君に拭き取ってほしいんです。ダメ……ですか?」
「ええと……だな」
ど、どう答えるのが正解なんだ……?
「あっ、もしかして拭くものの心配をしているんですか? その点ならご安心ください。ハンカチなら私が持ってますから大丈夫です」
そういう問題じゃない。時折ではあるが、倉敷さんって話が通じないことがあるな。
というか、今日の倉敷さんは何か変じゃないか? 普段に比べて何というか……ワガママだ。
俺の知る倉敷さんは、他人にここまで何かをさせたりするような人間じゃなかったはず。別にワガママなのを悪いと言うつもりはないが、普段と様子の違う彼女に少し違和感を覚える。
とはいえ、今日彼女を遊園地に誘ったのはこれまでの恩を返すため。多少のワガママは叶えてやろう。
倉敷さんからハンカチを受け取って、それをクリームの付いた彼女の瑞々しい肌に当てる。
うわ……倉敷さんの顔、メチャクチャ柔らかいな。まるでマシュマロみたいだ。女の子って、みんなこんなに柔らかいのか? それとも倉敷さんだけ特別なのか?
ハンカチ越しだというのに、倉敷さんの肌の感触にドギマギしてしまう。
「七倉君、クリームは取れましたか?」
「え……あっ、と、取れたぞ! このハンカチ返すな!」
倉敷さんの肌の感触にドギマギしてるところに話しかけられて、少し声が裏返ってしまった。
「七倉君? どうかしましたか?」
「な、何でもない……それよりも、早くクレープを食べ切ろう」
「そうですね。まだジェットコースターしか乗れていませんし、早く食べてしまって次のアトラクションに行きましょう」
倉敷さんは楽しげに声を弾ませると、再び自身のクレープにかぶり付いた。
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