学校一の美少女がいる朝
耳の奥まで響くけたたましい音。目覚まし時計の音だ。この音が鳴ってるということは、今は朝の七時か。
毎回思うのだが、どうして目覚まし時計の音はこんなにうるさいのだろう。軽く殺意を覚えるレベルだ。
目を閉じたまま、左腕だけを伸ばしてやかましい時計を止める。
……起きたくねえなあ。まだ寝ていたい。
寝起きというのは、なぜこんなにも起きたくないのだろう? 不思議だ。
未練がましく毛布にくるまっていると、不意に肩の辺りを揺すられた。
「――倉君。起きてください、七倉君」
「……あと五分」
「もう、五分で何ができるんですか? いいから起きてください」
次の瞬間、くるまっていた布団をひったくられた。
流石にここまでされれば、起きないわけにはいかない。緩慢な動きで目を開け起き上がる。すると視線の先には、
「おはようございます、七倉君」
「……倉敷さん?」
起きるとなぜか目の前に学校一の美少女がいた。しかも制服の上からエプロンを着た姿でだ。
反射的に「どうしてここに……!?」という言葉が出かかったが、すぐに昨日のやり取りを思い出したので、その問いは飲み込む。
そういえば、昨日からウチに泊まることになってたんだったな。
……それにしても、朝目を覚ましてすぐに倉敷さんみたいな美少女がいると、心臓に悪いな。
「ええと……おはよう倉敷さん」
「はい。おはようございます、七倉君」
相変わらずの可愛らしい笑みと共に挨拶を返す倉敷さん。朝から倉敷さんの笑顔というのは、中々に刺激が強い。破壊力抜群だ。
「それで、何で倉敷さんが俺の部屋にいるんだ?」
「七倉君を起こしに来たからです。朝食ができたので、身支度を整えたら一階に降りてきてください。あ、もし一人でできないということでしたら、手伝いましょうか?」
「いや、それはいいから。マジで」
朝から学校一の美少女である倉敷さんに身支度を手伝ってもらうとか、何のプレイだよ。
「そうですか……なら、身支度が終わったらリビングに来てくださいね。待ってますから」
そう言い残して、倉敷さんは部屋を後にした。
しばらくの間、倉敷さんが出て行った部屋の扉を何となく眺めていたが、それもわずか一分足らずのこと。
気合いで眠気を振り払ってベッドを出て立ち上がり、両手を上に上げて身体をグッと伸ばす。
「ふあ……」
しかし脱力すると同時に先程までの気合いはどこへやら、欠伸が漏れた。明らかに寝不足だ。
昨日寝たのは、確か日付が変わって午前一時くらいだったな。倉敷さんを部屋に案内して、彼女の私物の整理を手伝ったりしていたからいつもより寝る時間が遅くなったんだった。
とはいえ、原因はそれだけではない。倉敷さんが一枚の壁の向こうの部屋で寝ていたことも、俺の睡眠不足の一因となっている。
考えてもみてほしい。あの学校一の美少女と評判の倉敷さんが、部屋こそ違うとはいえ一つ屋根の下で眠っている。
そんな状況になって意識せずにいられる男がこの世にいるか? いや、いるはずがない。
どんな男であろうと、この状況なら俺同様、隣の部屋の倉敷さんを意識して睡眠どころじゃなかったはずだ。俺のような思春期男子だと尚更だ。
おかげで絶賛寝不足。今日が休日なら、すぐにでもベッドに戻って二度寝したいところだ。
しかし残念なことに今日は平日。学生は学校に行かなければならない。
「はあ……」
再度溜息を吐きながら、俺は倉敷さんに言われた通り身支度を始めるのだった。
「ん……?」
身支度を整えて一階のリビングまで来たところで、俺の鼻が何とも芳しい香りを嗅ぎ付けた。
同時に食欲が刺激されたのか、『ぐう……』と腹の奥から空腹を訴える音がした。
香りの発生源に視線を向けると、そこには朝食とおぼしき料理の乗った皿とテーブル、そして倉敷さんが料理を前に椅子に座っていた。
「あ、七倉君ようやく来てくれましたね。あんまり遅いから、何かあったのかと心配しましたよ?」
「たかが十分程度で大袈裟だな。ちょっと制服着るのに手間取っただけだよ」
「そうですか、何もないなら安心しました。……ですが片手だと色々と不便ではありませんか? ここはやはり、明日からは私もお手伝いを――」
「よし倉敷さん! 俺は猛烈に腹が減っている! 早く食わせてくれ!」
倉敷さんの言葉をかき消すぐらいの勢いで、声を張り上げる。
危ない危ない。今の流れを放置しておくと、また倉敷さん都合のいい方に流れてしまうところだった。
「もう、七倉君は食いしん坊さんですね。朝食は白米とお味噌汁。それに玉子焼きとサンマの半身です。大根おろしもお好みでどうぞ」
口元に手を当ててクスクスと笑いながら、倉敷さんはテーブルの上の料理についてスラスラと語ってくれた。
和食か。朝は何も食べないか惣菜パンで済ましていた俺としては、とても新鮮な朝食だ。
ゴクリと喉を鳴らしながら、倉敷さんの正面の椅子に腰を下ろす。そこで、ふとあることに気付いた。
「なあ倉敷さん。もしかして、俺が来るの待ってたのか?」
テーブルの上の料理は、どれも手を付けられた様子がなかったのだ。
「はい。部屋を出る前に待ってるって約束したので。迷惑でしたか?」
「別に迷惑じゃねえよ。けど、わざわざ俺なんか待たず先に食べてて良かったんだぞ?」
「そういうわけにはいきません。約束はちゃんと守るからこそ、約束たり得るんですよ?」
倉敷さんは約束だと言ってるが、そもそも俺はあれを約束だとすら思ってなかったのに……わざわざ律儀だな。
「それにご飯は一人で食べるよりも、二人で食べる方が美味しいに決まってます。七倉君もそう思いませんか?」
「まあ、そうだな……」
それは結局のところ気持ちの問題であって、実際に食べる人数で味が変わることはない。
しかし倉敷さんの笑顔を見てると、そんな現実的なことを言う気が失せてくる。
「では、あまり時間もないことですし、そろそろ食べ始めましょう」
そう言って両手を合わせ始めた倉敷さん。彼女に少し遅れる形で、俺も両手を合わせる。
と、そのタイミングで階段からドタドタと足音が耳に届いた。次いで足音の主――茜さんがリビングにやって来た。
服装は昨日と変わらずクソダサいジャージ。昨日は風呂にも入らず寝てたから、多分同じジャージだろう。
髪の毛はボサボサで、顔は化粧一つしてないすっぴん。とてもではないが、大人の女性には見えない。
とはいえ俺にとっては見慣れた姿なので、その辺りのことは特に指摘することなくスルーする。
「おはよう、茜さん。早起きなんて珍しいな。普段は起きても昼すぎなのに」
「腹が減って目が覚めたんだよ。半日以上何も食ってねえからな。何か食い物ねえか?」
食べ物を求めて冷蔵庫の方へ足を向ける茜さんだったが、丁度テーブルの前まで来たところで足を止める。
「何だァ? 随分と美味そうなもんがあるじゃねえか。おい琢磨、私にも寄越せ」
当たり前のように恐喝する茜さん。いい年して恥ずかしくないのだろうか?
「嫌だよ。これは俺の朝食だ。欲しけりゃ倉敷さんに頼めよ」
「チッ……おいメスガキ。私にもこのバカと同じものを頼む。ないならお前のを寄越せ」
この人はものの頼み方を知らないのか? これじゃあ、ただのジャイアニストだぞ。
しかし倉敷さんの方はというと、大して動じた様子もなく笑顔のまま応じる。
「はい、分かりました。こんなこともあろうかと、少し多めに作っていたのですぐに用意しますね」
倉敷さんは席を立ち、台所の方へ向かう。
多めに作っていたという言葉は本当だったようで、倉敷さんは朝食を載せたトレイを持ってすぐに戻ってきた。
「お待たせしました、茜さん」
「へえ……中々美味そうじゃねえか」
自分の前に置かれた料理に、感嘆の言葉を口にする茜さん。確かに倉敷さんの料理はとても美味そうだ。俺も早く食べたい。
全員席に着いて、手を合わせて「いただきます」と言ってから、箸を手に食べ始める。
「お味はどうですか、茜さん?」
「ああ、中々悪くねえな。……おいメスガキ、明日からは私にも朝食を作れ」
どうやら茜さんも、倉敷さんの手料理が気に入ったらしい。どんどん料理を口に運んでいる。
確かに倉敷さんの料理は美味い。素人の俺でも、丹精込めて作られたことがよく分かる。
「分かりました、明日からは茜さんの分も用意しておきますね。ふふふ、気に入っていただけて良かったです。おかわりもまだありますから、どんどん食べてくださいね?」
偉そうな態度の茜さんに、特に腹を立てた様子もない倉敷さん。彼女の前世は聖女だったに違いない。
茜さんには倉敷さんのほんの一割でもいいから、優しさというものを身に付けてほしいところだ。
「七倉君も、たくさん食べてくださいね? その方がケガも早く治りますから」
こうして七倉家の朝は、豪華な朝食に舌鼓するところから始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます