学校一の美少女はお願いする

「おい琢磨、何してるかって訊いてるんだぞ? さっさと答えろバカ」


 荒い口調で俺に声をかける女性。彼女は俺の保護者兼叔母の七倉あかねさんだ。


 かなり強い染髪料を使ってるためかド派手な金色の髪に、上下黒一色というオシャレ要素皆無のジャージ姿。顔立ちはそれなりに整っているのだが、格好と髪のせいで田舎のヤンキーにしか見えない。


 まあ性格に関しては外見以上にぶっ飛んでいる人だが……。


「ええと叔母さん、これはだな――」


「誰がおばさんだ。私はまだ二十七だ。ぶっ殺すぞクソガキが」


 いきなり話の腰を折りやがったよ。しかも一ヶ月振りに会ったていうのに、何て物騒な物言いだ。きっと前世はギャングスターだったに違いない。


「……茜さん、とりあえず落ち着いて俺の話を聞いてくれ」


「それは話の内容によるな……ところで琢磨、お前いつまでそこのメスガキと手を繋いでるつもりだ?」


「メスガキ? ……あ」


 しまった。茜さんの登場に意識が行ってて、倉敷さんと手を繋いだままだったのを忘れていた。


「ご、ごめん倉敷さん!」


 謝罪しながら慌てて倉敷さんから手を離す。


「いえ。いきなりで驚いてしまいましたが、七倉君と手を繋ぐのは嫌ではないので大丈夫ですよ。それよりも、こちらの方が七倉君の保護者の方ですね?」


「ああ……まあ一応は」


「なら挨拶をしないといけませんね。これからこの家で厄介になるわけですし」


「いやあの、倉敷さん? 俺、倉敷さんが泊まることを許可した覚えないんだけど……」


 さらりとおかしなことを言った倉敷さんにツッコむが、彼女は俺の言葉をスルーして茜さんの前まで歩いて行く。


 何か倉敷さんって時折俺の扱いが雑になるよな……別にいいけど。


「初めまして。私は七倉君のクラスメイトの倉敷蛍と言います。これからよろしくお願いします」


 自己紹介と共に礼儀正しく頭を下げる倉敷さん。優等生らしい綺麗なお辞儀だ。


 対する茜さんは自己紹介した倉敷さんではなく、なぜか俺に話しかけてくる。


「おい琢磨、このメスガキは何だ? お前の彼女か?」


「違う。俺なんかが、倉敷さんみたいな美人と付き合えるわけないだろ。今倉敷さんが言った通り、ただのクラスメイトだ。……あとメスガキじゃなくて倉敷さんな。人の名前ぐらいちゃんと覚えてくれよ」


「うるせえなあ、私は人の名前を覚えるのが面倒なんだよ。いちいち私に指図するんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ」


 ……会うのは一ヶ月振りだが、この人は本当に相変わらずだな。三十秒に一回はぶっ殺すとか言ってるよ。


 ぶっ殺すなんて言葉は普通に考えれば脅しにしか聞こえないが、残念なことにこの人の場合では冗談では済まない。この人はやると言ったらやる人だ……悪い意味で。


 この人に未だに浮いた話が一つもないのはきっと……いや、間違いなくこの性格が原因だろうな。こんなチンピラみたいな人と一緒にいたいなんて物好きが、この世にいるとは思えない。


「にしても、ただのクラスメイトねえ……ならどうしてこんな時間にウチにいるんだ? しかも二人分の夕食まで用意してあるしよ」


「そ、それは……」


 普段の言動はバカ丸出しのくせに、変なところで目敏いな。普段の言動はバカ丸出しのくせに。


「ほら、さっさと話せよ。家主の私に黙って、女を連れ込んでいたわけをよ」


「……分かったよ。実は――」


 別に何かやましいことがあるわけでもない。俺は茜さんに促される形で、一昨日の放課後から現在に至るまで起こったことを素直に話した。


 話はそう長いものでもなく、大体十分程度のものだった。そして説明を聞き終えた茜さんはというと、


「へえ……お前骨折してたんだな。話を聞くまで全然気付かなかったわ」


 第一声がこれだ。特に隠していたわけでもないのに右腕にしっかりとハメられたギブスに気付かないとか、いったい普段どこを見て生きてるんだろう? まあ、茜さんらしいと言えばらしいが。


「え? 七倉君、骨折したこと伝えてなかったんですか?」


「あー……まあな。茜さんは普段仕事場に籠ってて家にいないし、今時珍しいことに携帯も持ってないから連絡も取れないんだよ」


「だとしても、何らかの方法で連絡を取るべきだったんじゃないですか? 普通はそうしますよ」


 確かに倉敷さんの言う通り、骨折なんて大怪我をしたら保護者に連絡するのが常識だ。


 しかし残念なことに相手は茜さん。常識的な人間じゃない。


「いや、仮に連絡が取れたとしても、どうせ茜さんは『くだらねえことでいちいち連絡してくるんじゃねえ!』ってブチギレるだけだから意味ないよ」


「何だ琢磨、私のことをよく分かってるじゃねえか。流石だな」


「…………」


 おかしいな、褒められてるのに全然嬉しくないや。


「ですが、それだと身の回りのお世話してくれる人がいないんじゃありませんか? もし私がいなかったら、どうするつもりだったんです?」


「多分一人でどうにかしてたよ。元々食事はスーパーとかのもので適当に済ましてたし、家事も片手があれば何とかなっただろうし。……ついでに言わせてもらうと、茜さんは俺より家事できないから、身の回りの世話なんて無理だったと思うぞ?」


 頼んだところでやってくれるとは思えないし、茜さんは洗濯したタオルを畳むことすらできないほど不器用だ。


 下手すると、茜さんがやらかした後の始末を俺がするハメになる可能性だってある。


「あァ、お前私をバカにしてんのか? 私だって、家事の一つや二つぐらい片手間でこなせるぞ。特に料理なんて得意中の得意だ」


「いや、茜さんの言う料理ってどうせレンチンの冷凍食品やお湯で三分のカップ麺のことだろ?」


「それがどうした? 立派な料理じゃねえか。それに最近のやつは味も良くて中々凄えぞ?」


「……冷凍食品やカップ麺を自分の料理だって言い張れる茜さんが、ある意味一番凄いよ」


 きっとこの人は、『女子力』というものをヘソの緒と共に切り落としてしまったに違いない。だから、こんなチンピラみたいな性格なんだろう。顔はいいのに残念な人だ。


「あ、あははは……」


 一連の会話を聞いていた倉敷さんが、渇いた笑い声を漏らす。きっと内心呆れていることだろう。


 何だか俺も、自分のことのように恥ずかしい思いになる。せめて茜さんが少しは料理ができないことを恥じてくれれば、まだ救いはあったかもしれないのに……。


 俺が身内の恥に頭を痛めていると、倉敷さんは茜さんの方に向き直り、口を開く。


「……あの、一つお願いがあるんですけどいいですか?」


「ん? 何だメスガキ」


「先程七倉君が話していた通り、今私は彼の身の回りのお世話しています。ですが、平日は学校が終わってからでどうしても時間が取れず、食事を用意することしかできていません。七倉君の身の回りのお世話をすると約束した以上、私は食事以外の面でも七倉君のお世話がしたいです。だから――七倉君のケガが治るまでの約三ヶ月、この家に泊めていただけませんか?」


「…………!」


 倉敷さんの言葉に、思わず息を呑む。


 倉敷さん、あれだけダメって言ったのにまだ諦めてなかったのか。ここまで諦めが悪いと最早感心するしかないな。


 しかし残念なことに、相手はあの茜さん。彼女は基本的に面倒なことが嫌いだ。甥の同級生の女子を泊めるなんて面倒事しか起きそうにないこと、容認するわけがない。


「いいぞ」


「ちょっ、茜さん……!?」


 俺の予想に反して、あまりにもあっさりと了承したものだから思わず目を剥いてしまう。


「あァ? 何だよ、私に何か文句でもあるのか?」


「大ありだ。そんな簡単に倉敷さんが泊まるの許可してもいいのかよ? 絶対面倒なことになるぞ?」


「今更だな。四年前にお前を引き取った時点で、とっくに面倒なことになってるよ。今更メスガキが一人増えたところで何も変わらねえよ」


 耳が痛いことを言ってくれるな。まあ茜さんに迷惑をかけてるのは事実だけど。


「それにだな、ここでメスガキの申し出を断ったら、誰がお前の身の回りの世話をするんだ? 私はお前の面倒を見るなんてクソダルいことはしたくないぞ」


「安心してくれ茜さん。茜さんにそういうのは期待してないから」


 こんなガサツという言葉がこれ以上ないほど相応しい人に、ケガ人の身の回りの世話なんてできるとはハナから思ってない。

 

 この人にやらせるくらいなら、自分でやった方が何倍もマシだ。


 そんなことを考えていると、不意に倉敷さんがこちらに振り返る。


 今の倉敷さんご満悦といった感じで、いつも以上に上機嫌な様子だ。


「ふふふ。やりましたよ、七倉君。これでもっと七倉君のお世話ができます」


「……なあ倉敷さん、マジで考え直さないか? もし俺をケガさせたことの罪悪感で言ってるなら、俺はもう気にしてないから大丈夫だぞ?」


「お気遣いありがとうございます。ですがこれは、私が好きでやっていることです。七倉君が気に病む必要なんて、少しもありません。それとも……私のお世話は迷惑ですか?」


「その訊き方はズルいだろ……」


 迷惑なわけがない、むしろ大助かりだ。倉敷さんのおかげで、この二日間の食事はとても楽しいものになった。


 その上、更に俺の世話を焼こうとしてくれている。これが迷惑だなんて、口が裂けても言えない。


「……迷惑なんかじゃない。むしろ迷惑なのは倉敷さんの方だろ? 俺なんかの世話したって、何の得もないのに」


「そんなことはありません。七倉君は、私の作る料理を美味しいと言ってくれるじゃありませんか。それだけで私は満足です」


「倉敷さん……」


 それは倉敷さんの料理が美味かったから。俺は当たり前のことを言っただけだ。


 それなのに、倉敷さんがあまりにも嬉しそうに言うものだから、気恥ずかしさを覚えてしまう。


「それに今思い出しましたけど、七倉君は昨日私と約束してくれましたよね? 今後私のすることに文句を言わないって。なら黙って私の言うことを聞いてください」


 そしてダメ出しと言わんばかりに、昨日俺が半ばヤケクソで交わした約束まで持ち出してきた。


 完敗だな。ここまで言われて、断れるわけがない。いや、これ以上は、ここまでして俺の世話を焼こうとしてくれている彼女に失礼だ。


「……分かったよ、降参だ。これからもっと面倒をかけることになるけど、よろしく頼むよ、倉敷さん」


「はい、任せてください! 七倉君のことは、私が責任を持ってお世話しますから!」


 倉敷さんはニッコリと華のような笑みと共に、そんなことを宣言した。


「それでは、夕食に戻りましょう。冷めてしまっているので、温め直してきますね」


 倉敷さんはすっかり冷めてしまった料理を両手に乗せて、早足で台所に引っ込んでしまった。


 それにしても、こんなに可愛い子がこれからしばらくの間一つ屋根の下で生活するのか。……ヤバいな、俺の理性はちゃんと保ってくれるか?


 俺は、自分の理性に一抹の不安を感じるのだった。



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