学校一の美少女と二度目の遊園地その三

「わああああッ! 凄いですね、七倉君!」


 倉敷さんの感嘆の声が建物内に響いた。彼女がここまでの声を出すのは、中々見られるものではない。


「倉敷さん、騒ぎすぎだ。みんな見てるぞ」


「あ……ご、ごめんなさい。つい興奮してしまって」


 悪目立ちしていたことに気付き、倉敷さんはカっと顔を真っ赤にする。


 俺たちはクレープを食べた後、遊園地内に存在するオリジナルグッズの売店に来ていた。


 前回はアトラクションばかりだったので今回は少し趣向を変えてみようと思って来たのだが……倉敷さんの反応を見る限り正解だったようだ。


 倉敷さんは、眼前の棚に並ぶ遊園地のマスコットキャラクターのぬいぐるみに瞳をキラキラと輝かせていた。


 やはり倉敷さんも女の子なだけあって、ぬいぐるみとかみたいな可愛いものは好きらしい。その姿はいつもより幼く映って見える。


「倉敷さん、何かほしいものは見つけたか?」


「い、いえ特には……」


 と言いつつも、倉敷さんの視線はぬいぐるみに釘付け。何をほしがっているのか丸分かりだ。


 ぬいぐるみを手に取り、付いていた値札を確認してみる。


 ……やっぱり遊園地限定のものだけあってそこそこするな。まあ今持ってる金なら余裕で買えるけど。


 今日は倉敷さんに世話になったお礼をするためにここに来たんだ。これぐらい、俺が買ってやろう。


「倉敷さん、そのぬいぐるみがほしいのなら買ってやろうか?」


「い、いえ。流石にそれは悪いので遠慮させていただきます。それにこのぬいぐるみ、確かに可愛いですが私が持つにはにはちょっと可愛すぎると思いますし……」


「そんなことはないだろ。倉敷さんみたいな可愛い女の子なら持ってても何も変じゃない」


「そ、そうですか? でも……やっぱりやめておきます。私には必要のないものなので」


 とか言いながら、視線は未練がましくぬいぐるみに注がれたまま。本当はほしいことがバレバレだ。こんなのバカでも分かる。


 不意に倉敷さんが、視線をぬいぐるみから俺に移す。


「七倉君、他のところも見て回りますか? ここはお菓子なんかも取り扱ってるみたいですし」


「あー……そうだな。じゃあ俺は茜さんにお土産買いたいから、別行動にしないか?」


「別行動? 私は構いませんが……一人で大丈夫ですか?」


「何もできない子供じゃないんだから、一人でも大丈夫だ。それに倉敷さんも色々と見て回りたいだろ?」


「そうですね……分かりました。なら、三十分後にまたここに集合ということにしましょう。七倉君もそれでいいですか?」


 こちらにとっていいので、倉敷さんの提案に首を縦に振る。


 そして俺が倉敷さんの提案を受け入れたことで、彼女はこの場を離れた。


「よし……」


 倉敷さんの背中が見えなくなったのを確認してから、棚からぬいぐるみを一つ手に取りレジに持っていく。


 やっぱり感謝ってのは、見える形で返すのが一番だよな。






 ――買い物を済ませて売店を出てからはまた色々と見て回り、昼には倉敷さんお手製の弁当に舌鼓したり、遊園地内を散策して過ごした。


 気が付くと空は茜色に染まっていて、閉園の時間が近いことを告げてくる。時間というのは、長いようで意外と短いものだ。


「……もう少しで閉園時間ですね」


「そうだな」


 どこか寂しげに呟かれた倉敷さんの言葉に首肯する。


 あと三十分もすれば閉園だろう。時間的に、乗れるアトラクションはあと一つが限界か。それなら……。


「倉敷さん、何か乗りたいものはないか? 最後だし、倉敷さんが決めていいぞ」


「い、いいんですか、私が決めてしまって?」


「ああ、俺はもう満足したしな。最後は倉敷さんの好きにしてくれ」


 元々今日ここに来たのは倉敷さんのため。なら、最後は倉敷さんに決めてもらうのが一番だ。


「そういうことなら遠慮なく。では……私はあれに乗りたいです、七倉君」


 そう言って彼女が指差したのは――以前来た時にも最後に乗った観覧車だった。


「観覧車……倉敷さん、苦手じゃなかったか?」


「七倉君がいるから大丈夫です。……前回みたいに手を繋いでくれますよね?」


「……まあ、倉敷さんが嫌じゃないならな」


「なら何も問題はありませんね。行きましょう、七倉君」


 倉敷さんは観覧車を目指して歩き出した。


 ――前回同様、閉園間際ということもあって観覧車かなり空いていた。おかげで大して待つこともなく、俺と倉敷さんは観覧車に乗ることができた。


 先程約束した通り、倉敷さんと手を繋いで席に着く。右手には、売店で買った商品の入った買い物袋を手にしている。


 彼女の柔らかい手の感触は、不思議と安堵感を覚えた。


 ……というか、倉敷さんこうして手を繋ぐの久し振りだな。最後に手を繋いだのは確か……俺の右腕が完治した日だったな。


 今日倉敷さんと手を繋いだのは、これが初めて。それまでの間は、一度も向こうから手を繋ぐことを催促されなかった。


 付き合ってもないのに手を繋ぐ方がおかしくはあるが、倉敷さんの場合はむしろ繋がない方が違和感がある。


「……なあ倉敷さん。今日は俺と手を繋ごうとしなかったよな。どうしてだ?」


 だから好奇心に任せて訊ねてみた。


「ええと、それは……」


「ああいや、別に無理に訊きたいわけじゃないんだ。ただ気になっただけだから、言いたくないなら言わなくていい」


 嫌がってる人に無理矢理訊きたいわけではない。所詮はただの好奇心。言いたくないのなら、それはそれで構わない。


 逡巡する倉敷さんではあったが意を決したのか、ゆっくりと口を開く。


「……は、恥ずかしかったんです」


「はあ……?」


 思わず、呆れ混じりの声が漏れてしまった。


 これまでさんざん公衆の面前で手を繋いでおきながら、今更恥ずかしい? それはいったい何の冗談だ?


「そ、そんな心底呆れたような目はやめてください!」


「そうは言ってもなあ……」


「べ、別におかしいことではないでしょう!? 恋人でもない相手と手を繋ぐなんて、普通は恥ずかしいものなんです!」


 この三ヶ月間で恋人でもないただのクラスメイトと何度も手を繋いだのはいったい誰だったか、と問いたい衝動に駆られたが、何とか耐える。


「恥ずかしいなら、今繋いでる手も離した方がいいんじゃないか?」


「そ、それは……七倉君は意地悪です」


「悪い悪い」


 むくれてしまった倉敷さんに軽く謝罪をする。


 それからしばらくの間は、特に会話もなく観覧車の外の景色を二人で眺めていた。


 別に意図した沈黙ではない。倉敷さんはどうか知らないが、俺はただ彼女とこうして二人でいるのもこれで最後だと思うと、何を話せばいいのか分からなくなっただけ。


 ……何となく気マズいな。何か話すきっかけとかは、


「あ、そういえば……」


 話すきっかけになるかは分からないが、俺は倉敷さんに渡したいものがあったんだった。買ってから結構時間が経っていたから、すっかり忘れてしまっていた。


「なあ倉敷さん。ちょっといいか?」


 沈黙を破り、夕日を眺めていた倉敷さんに話しかける。


 すると倉敷さんは、顔を観覧車外から俺に向けてくれた。


「何ですか、七倉君?」


「その……何だ。ちょっと倉敷さんに渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの? 私に……ですか?」


 目を丸くする倉敷さん。想像だにしてなかったといった感じの表情だ。


「ああ。これを受け取ってくれ」


「それは……午前中に売店で買っていたものですよね? 茜さんへのお土産じゃありませんでしたか?」


 俺が差し出した買い物袋に、倉敷さんは首を傾げる。


「実はその……茜さんへのお土産ってのは嘘なんだ。本当は倉敷さんに渡したいと思って買ったやつで……受け取ってくれるか?」


「そ、そういうことなら……いただきます。今開けても構いませんか?」


「あ、ああ、いいぞ。……もしいらないなら、遠慮なく言ってくれ。俺が引き取るから」


 倉敷さんが俺の手から買い物袋を受け取るのを見守りながら、そんなことを言う。


 ヤバい。女の子にプレゼントを送るなんて初めてだから、メチャクチャ緊張する。


 倉敷さんはこのプレゼントを喜んでくれるだろうか? いや大丈夫なはずだ。プレゼントは、倉敷さんが明らかにほしそうにしていたものなんだからな。


 けれども万が一いらないと言われたら……ヤバい、想像しただけで泣きそうになる。せっかく倉敷さんのために買ったんだから、喜んでくれるのが一番いい。


 内心怯えつつ、倉敷さんは袋の中身を取り出すのを見守る。


「これは……」


 倉敷さんは袋から取り出したプレゼント――売店にあったぬいぐるみに目を見張った。


「七倉君、どうしてこれを……?」


「倉敷さんがほしそうにしてたからさ。それと今までのお礼ってことで……やっぱりいらなかったか?」


「そんなことはありません!」


 恐る恐る確認してみると、倉敷さんは耳を覆いたくなるほどの声量で答えた。普段の彼女らしからぬ反応だ。


「とってもとっても嬉しいです! こんなに素敵なものを私なんかにくれるなんて……嬉しくないわけありません!」


 倉敷さんは空いてる左手でぬいぐるみを胸元に抱き寄せる。彼女の表情はどこか泣きそうながらも、笑顔だった。


 この表情が見れただけで、プレゼントを渡したい甲斐があった。そう思えるほどに、今の倉敷さんは俺の目には魅力的に映った。


 とはいえ、ここまで喜ばれるのは想定外。少しくすぐったい気持ちにさせられる。


「よ、喜んでくれたなら何よりだ。そのぬいぐるみ、大事にしてくれよ?」


「はい。一生の宝ものにします」


「そ、そこまでする必要はあるか?」


 流石にそこまでされるようなものではないと思う。まあそれだけ喜んでくれてるって考えると、ちょっと照れ臭いが。


「こんなに嬉しいプレゼントは、生まれて初めてです。本当にありがとうございます、七倉君」


「お、大袈裟だな、倉敷さんは……」


 結果として、倉敷さんへのプレゼント渡しは成功に終わった。これで恩を返し切れたとは思わないが、多分これ以上は倉敷さんの方も困ってしまうだろう。


 だからこれで倉敷さんとの関係も本当におしまい。明日になれば、またただのクラスメイトに戻る。こんな風に二人だけで遊園地に行くことは、もう二度とない。


 ぬいぐるみに喜んでいる倉敷さんを見つめながら、俺は彼女との今後について考えるのだった。

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