学校一の美少女と二度目の遊園地その一

「もうそろそろか……」


 午前八時四十五分の駅の改札前。


 遊園地に行く約束をしてから一週間と少々が経過した本日。俺は一人、約束の相手である倉敷さんを待っていた。


 倉敷さんとは以前もこうして待ち合わせしたはずなのに、今日はなぜか前以上に緊張している自分がいる。


 理由はやはり、以前のように茜さんの命令ではなく俺が自主的に誘ったことか? 思えば、俺が女の子をこうして遊園地に誘うのは生まれて初めてだしな。


 しかも相手は学校一の美少女の倉敷さん。男なら誰であれ緊張するのは当然のことだろう。


「――お待たせしました、七倉君」


 不意に聞き慣れた声が耳に届いた。誰なのかは考えるまでもない。


「まだ約束の時間より十分も前だから、大して待ってないよ――倉敷さん」


「それは良かったです。今日は以前のように遅れないよう早めに出るつもりだったんですけど、どうしてもギリギリまで何を着るのか迷ってしまって……どうですか、今日の私は?」


 今の季節が暑い夏ということもあってか、今日は白を基調としたシンプルなワンピース姿だ。


 倉敷さんの透き通るような白い肌も相まって、見る者の視線を釘付けにしてしまうほどの魅力を醸し出している。


 相変わらず、倉敷さんはどんな服を着てても可愛いな。これが学校一の美少女の魅力というものか。


「……まあ、可愛いとは思うよ。よく似合ってる」


 まさか感想を求められるとは思わなかったので少し驚いたが、簡潔に感想を返すことができた。


「そうですか、可愛い……ですか。ふふふ、ありがとうございます。七倉君にそう言っていただけたのなら、悩んだ甲斐がありました」


 大したことを言ったつもりはないが、それでも倉敷さんは満足げな笑みを浮かべていた。


「七倉君の格好も、とても素敵だと思いますよ? ……思わず見惚れちゃうくらい」


「…………ッ」


 後半は小さくてよく聞こえなかったが、それでも倉敷さんが褒めてくれたというだけで、動悸が早くなるのが感じられた。


「……やめてくれ。俺なんか、倉敷さんと比べたら全然大したことないだろ」


「そんなことはありません。七倉君もいつもより、服装に気を遣っていて、その……素敵だと思いますよ?」


「だ、だからそういうお世辞は……」


 クソ、顔が熱い。きっと今の俺は、夏の暑さとは別の理由で顔が赤くなっていることだろう。


 お世辞と分かっていても、何ともくすぐったい気持ちにさせられてしまう。まさか倉敷さん、わざとやってないよな?


「七倉君、顔が真っ赤になってますが大丈夫ですか?」


「き、気にするな。それより、もうそろそろ遊園地方面の電車が出るぞ。さっさと切符を買おう」


「あ、待ってくださいよ七倉君!」


 強引に話を切り上げて歩き始めた俺の後ろを、倉敷さんは慌てて付いてきた。


 ――そこから休日ということもあって、それなりに混み合っていた電車に乗ること数十分。


 前回同様、係員からパンフレットを受け取って入場ゲートを抜けると、二ヶ月前と変わらない光景が広がっていた。


 ゴールデンウィークの時ほどではないが、園内はたくさんの人がいて、人気のアトラクションなんかはそれなりの時間待たされることが予想できる。


「七倉君、どこから回りますか?」


 二度目にも関わらず、忙しなく周囲のアトラクションに視線を移していた倉敷さんが訊ねてきた。


「俺は別に何でもいいよ。倉敷さんが決めてくれ」


「いいえ、私はいいです。今日は七倉君が決めてください」


「はあ? どうして俺が……倉敷さんが決めてくれよ」


「私は前回好きなように見て回ったので結構です。今日は七倉君の好きにしてください」


「好きにしてくださいって言われてもなあ……」


 今日は前回と同じく、何に乗るかは倉敷さんに任せるつもりだったので何も考えていなかった。


 なのでいきなり言われても、何のアトラクションがいいのか全く分からない。


「今日誘ってくれたのは七倉君なんですから、ちゃんとエスコートしてくださいね?」


 普段の彼女なら浮かべることがないイタズラっぽい笑みを作りながら、どこか楽しげな様子で倉敷さんはそんなことを言った。


「……分かったよ。それじゃあまずは――」






 入場ゲート付近から歩くこと約十分。


「七倉君、ここはやめておきましょう」


「どうしてだよ? 今日は俺が好きに決めていいって言ったのは、倉敷さんだろ?」


「そ、それはそうですが……」


「それに、別に倉敷さんまで俺に付き合って乗る必要はないんだぞ? 怖いならそこのベンチで座っててもいいし」


 そこまで言って、俺は視線を隣の倉敷さんから正面のアトラクション――ジェットコースターに戻した。


 実は前回遊園地に来た時ちょっとだけ気になったりしていたのだが、俺は骨折してたし倉敷さんは怖がっていたので諦めた。


 昔は恐怖の対象でしかなかったのだが、高校生になった今は恐怖以上に乗りたいという好奇心の方が強くなっている。


 今回も倉敷さんが乗るアトラクションを決めるからと諦めていたが、せっかくの機会なので一度乗っておきたい。


「や、やっぱり私も乗ります。前回、七倉君は最後まで付き合ってくださったのに、私だけこんなところで弱音を吐くわけにはいきません!」


「いや、怖いな本当に無理しない方がいいぞ?」


「だ、大丈夫です。ジェットコースターなんて、全然怖くありません」


「倉敷さん……」


 勇ましいことを言うのは結構だが、せめて生まれたての小鹿のように震える足を隠すくらいはしてほしい。


 しかしどうしたものか。倉敷さんは意外と頑固だから、一度決めたことを曲げるとは思えない。こうなると、俺が何を言っても聞く耳持たないだろう。


 仮に倉敷さんが怖すぎて大泣きしたとしても……慰めれば大丈夫だろ。まあ、いくらジェットコースターが怖いからって、高校生にもなって泣くような奴、普通はいないだろうけど。


 ――そして三十分後。


「ひっく、えぐ……」


 倉敷さんはジェットコースター近くのベンチに腰を下ろして……ガチ泣きしていた。


 泣いてる理由は単純で、先程乗ったジェットコースターが原因だ。俺は結構楽しめたが、倉敷さんは泣くほど怖かったようだ。


 ジェットコースターが登りのレールを走ってる時点で涙目なのは見えてたからある程度予想はしていたが、まさかここまでになるとは驚きだ。


 こんなことになるなら、ジェットコースターに乗せるのは無理にでもやめさせるべきだったな。


 とはいえ、今更後悔しても遅い。俺が今すべきことは後悔することではなく、倉敷さんを泣き止ませること。


 ……それに、そろそろ泣いてる倉敷さんに釣られて集まった周囲の視線にも耐えられなくなってきたしな。


 しかし残念なことに、俺は同級生の女の子が泣くような事態に遭遇したことはない。なので、この状況を打開するいい方法は思いつかない。


 何かいい手はないものかと周囲を見回してみると、少し離れたところにあるクレープ屋が目に入った。


「ほ、ほら倉敷さん。あそこにクレープ屋があるぞ? 奢ってやるから食べないか?」


 女の子は甘いものが好きだと言うし、もしかしたら、これで泣き止んでくれるかもしれない。


 そんな淡い期待を込めての提案だったが、


「……女の子を甘いもので釣るのは、正直どうかと思います」


「うぐ……ッ!」


 涙目の倉敷さんに何とも耳の痛い言葉を返され、思わず呻き声が漏れた。


「べ、別にそんな意図はねえよ。ただ、昼前でちょっと小腹が空いたから軽くクレープでもどうかと思ってだな……」


 我ながら何とも苦しい言い訳だ。当然ながら倉敷さんにも見抜かれているだろう。


 こんなに動揺して……メチャクチャ恥ずかしい。


「……ふふふ。冗談ですよ、七倉君。ちょっと意地悪をしてみたくなっただけですから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」


 不意にクスクスと笑い出したかと思えば、倉敷さんは先程までの泣き顔がまるで嘘のような笑顔を浮かべていた。


「……倉敷さん、もう大丈夫なのか?」


「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


「そうか、それは良かった」


 あのまま泣き続けられたら、どうしようもなかったからな……本当に良かった。


 これで周りの人から冷たい視線を向けられることもないだろう。


「それにしても七倉君、女の子の扱い方が全然なっていませんね。普通泣き止ませるためとはいえ、女の子をクレープ一つでどうにかしようなんて……」


「う、うるさいな、仕方ないだろ。目の前で泣いた女の子なんて、倉敷さんが初めてなんだから」


 というか、目の前で女の子に泣かれるなんて事態に遭遇する奴はそうそういないだろ。


「はあ……まあ七倉君は女性とお付き合いされたことがないということですし、仕方ありませんね。この話はここまでにしておくとして……七倉君、そろそろ行きましょうか」


「…………? 行くってどこに?」


「そこのクレープ屋ですよ。奢ってくれるって約束でしたよね? ……もしかして、嘘だったんですか?」


「い、いや、別に約束を破るつもりはねえよ」


 クレープを奢るくらい大したことじゃない。元々今日のために貯金も結構下ろしてきたしな。


 本当は倉敷さんを泣き止ませるための約束であったが、倉敷さんが食べたいというのならその望みは叶えてやりたい。それに、


「ふふふ。私、甘いものは大好物なんですよね。どんなクレープがあるか楽しみです」


 こんなに可愛らしい倉敷さんの笑みを曇らせるような真似はしたくなかった。

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