第23話

「棚には番号が振ってありますし、あとは簡単ですね。二つ目の数字は何段目か、三つ目の数字は端から数えて何冊目かを表しているんでしょう。左右どちらから数えるのか、ちょっと分かりませんが……」

「たぶん、左から右だと思いますよ」

 康樹は暗号が書かれた紙片の、ヒントの部分を指し示した。

「『ヒント→奥から』ってなってるでしょう。この矢印、たぶん本を数える方向なんじゃないですか」

 そう考えれば、小学生が作ったわりにはよくできたクイズだ。藍子も何度も頷きながら感心している。

「康樹君、よく分かりましたね! これで何とかなりそうです、紗菜さんが来る前に頑張って解いちゃいましょう!」

「そうですね。まずは『3―2―13―レ』。あ、3の棚はこっちみたいですよ」

 そこは、文庫本が詰まった棚だった。

 上から二段目、そして左から十三番目の本を抜き出す。

「今野敏の『レッド』」

「頭文字が『レ』! よかった、合ってるみたいですね!」

 単純な謎解きとはいえ若干緊張していたが、タイトルを見て確信が得られた。康樹はホッと肩の力を抜く。

 藍子も、頬を紅潮させて喜んでいた。

「今野敏先生の『レッド』は、ちょっとした事件が思わぬ大事件に発展していくお話なんです。登場人物一人一人の立場や考え方の違いが緻密に描写されていて、互いにぶつかり合ったり、協力し合ったり。現実に実在するんじゃないかと思うほどリアルで。最後まで息を吐かせぬ展開で読み応えがありました」

「藍子さんも推理ものとか読むんですね」

「ここにある本は、全部目を通してますよ」

「え。全部……ですか?」

 ニコニコと当たり前のように言っているが、ものすごいことではないだろうか。

 この店の蔵書量なら一万冊くらい余裕でありそうだ。

 まぁ読む時間ならいくらでもあるのだろうと、康樹は思考を切り替えた。

「この本が何を意味しているのか、いまいち分かりませんけど。とりあえず全て探してから考えましょうか」

「あ、ちょっと待っててくださいね。私、カーディガンを置いてきます」

 藍子はテーブルへと急ぎ足で駆けていく。寒くないか心配していたが、むしろ興奮して熱くなったらしい。

 すぐに戻ってきた彼女に、康樹はギョッとした。何とたくあん色のブラウスは、ノースリーブだったのだ。

「お待たせしました、続けましょう。えっと、次は『5―6―8―キ』ですね」

 本の捜索に真剣な藍子は、康樹の凝視に気付かない。

 ――秋にノースリーブって、もうファッションとかそういうレベルの話じゃないだろ。

 剥き出しの二の腕が、眼前でたぷたぷと揺れ動いていた。肌のもちっとした質感と相まって、白玉を彷彿とさせる。

 夢中になっているのは分かるが、少し無防備すぎやしないだろうか。

 そこではた、と気付いた。藍子にとって、康樹はやはり子どもなのだ。それこそ紗菜と同じように、意識する必要がないほど。

 ――必要以上に意識されたら、こっちだって困るんだけど。でも、何だろう。何かこうものすごく、釈然としない……。

 はしゃぐ姿は、彼女の方が余程子どもっぽいというのに。

 康樹は首を振ってもやもやした気分を払うと、本探しに専念することにした。

 整然と並ぶ本を見つめる藍子の横顔は、とても楽しそうだ。

「こうして本を探すのって面白いですよね。見知らぬ街の本屋さんに立ち寄った時とか、冒険をしてるようでワクワクします」

「そうですかね。俺はこうしてあてもなくウロウロしてると、欲しい本を手に入れられなかった悔しさを思い出します」

 大型書店を何店舗か回ったし、インターネットでも探してみたけれど、結局手に入らずじまいだ。機械的に探す康樹の心持ちは、ワクワクとは程遠い。

 藍子も手を止めて振り返った。

「それって、前に言ってた作品集ですよね。あれから少し探してみたんですけど、確かに入手困難みたいです」

「探してくれるのは嬉しいですけど、無理しないでいいですよ。オークションとかだと値段がつり上がってるし。――あ、次の本これじゃないですか?」

 康樹が手に取ったのは、単行本だった。

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