第16話

 翌日の放課後、康樹は学校内にある図書館を訪れていた。

 一度、経済関連の本に目を通しておきたいと思ったのだ。

 経済学部に進みたいと言っても専門的なことを学べるのは三年になってから、選択学習の授業が始まってからだ。その前に基礎の知識をそれなりに仕入れておきたかった。

「マクロ経済……ミクロ経済が個人や企業などの経済であることに対し、マクロ経済とは全体。経済統計学……インターネットや新聞、経済財政白書で公表される景気動向指数、家計調査、GDPなどの統計データを使って、それらがどのように作成されるかを学ぶこと。なるほど、勉強になるな」

 パイプ椅子に腰を落ち着け、熱心に本を読み漁る。利用者が他にいないため、日当たりのいい窓際の席を選んでいた。

 わざわざ声に出して読んでいるのは、そうでもしないと集中できないからだった。

 なぜなら正面の席には、うるさい人物が座っている。

「あー、暇だー」

 行儀悪くも机に足を載せ、絶えず椅子をギシギシ揺らしているのは友人の健太郎だ。

 彼のおかげで、正直全く勉強にならない。

「あのさ、足下ろせよ。あと椅子も学校の備品だから雑に扱うな。壊れるぞ」

「だってお前が構ってくれないからさー」

「うぜぇ」

 康樹は苛立ちを抑えながら本を閉じた。

「俺は調べものをするって、最初から言っておいただろ。だから相手してられないって。何でついて来たんだよ、関町」

「若松が俺をパクって経済学部に進むとか言い出すからだろー。勉強するって聞いたら気になるじゃん。仲間じゃん」

「お前をパクったわけじゃないから」

 通常ならば私語厳禁だが、他の生徒の姿がないので受付に座る図書委員も多めにみてくれている。

 とはいえ、健太郎の声は大きすぎた。

 勉強の邪魔にもなるので、康樹はすぐ追い出しにかかった。

「暇なら好きに遊んでりゃいいだろ。ホラ、彼女欲しいならどこかに出会いでも探しに行けばいいじゃん」

 年中可愛い彼女が欲しいと騒いでいる健太郎への助言のつもりだったのだが、彼はだらしなく机に突っ伏した。

「もう高校で彼女作るのは諦めたんだよー。俺は大学デビューに賭ける! いい大学通えば、女の子引っかけやすいって聞くしな!」

「志望動機が不純すぎる。あと声がデカイ」

「とはいえ若松と一緒の大学を目指すのは、俺的には無謀だからなー。やっぱそこそこのレベルのとこ狙うしかないかー」

「断言しよう。お前は大学行っても、絶対彼女ができない。あと本当に声がデカイ」

 理由が大学デビューだと思えば、友人の進路の悩みなど心底どうでもいい。

 そもそも康樹は真面目に勉強をしていても、学年では中の上といったところ。こちらの頭がいいような言い方をしているが、単に彼の学力に問題がありすぎるのだ。

 ばっさり切り捨てると、健太郎はなおさら頭を抱えた。

「やめろよー、縁起悪い予言!」

「予言じゃない、確定した未来だ。あともうお前本当に出てけ」

 結局、騒ぐ友人をこれ以上抑えられなくなったので、康樹はよく吟味した一冊だけを借りることとなった。全く遺憾である。


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