第7話
リカは、ネイビーのキャミソールに花柄のショートパンツしか身に付けていない状態なので、かなり露出が多い。
スラリと伸びた手足は折れそうに華奢だが、幼馴染みの康樹からすれば健康的な少年のようにしか思えなかった。
「お前、絶対その格好で男の前に出るなよ」
とはいえ、彼女に好意を持つ男は多い。
無防備な姿を邪な輩にさらさないよう、念のため苦言を呈す。
リカもその辺りは理解しているようで、頷きつつも少し意地悪げに笑った。
「康樹は男に分類されないわけ?」
「俺の中で、お前が、幼馴染みにしか、分類されないの」
馬鹿にされたから言い返しただけなのに、クッションを投げ付けられた。なぜだ。
勝手知ったるといった様子でベッドを背もたれに寛ぎだした彼女は、放ったままの進路希望表に目を留めた。
「クリアファイル使うなんて、あんたって結構几帳面だよね。――って、え。康樹、進学する気なの? しかも経済学部って」
「勝手に見るなよ」
答えながら、リカの手からクリアファイルを奪う。横着せずさっさと鞄に入れておけばよかった。
「何で? 写真で食べてけばいいじゃん」
幼馴染みだけあって、彼女は的確に痛いところを衝いてくる。これだから見られたくなかったのに。
「……そりゃ、食べていけるようになりたいけど。成功する人間なんて一握りだぞ。進学くらいしとかないと、潰しが利かないだろ」
映像系の学校に進むことくらい康樹も考えた。けれど、怖かったのだ。
CDのジャケットに採用されたことで未だそれなりに注目してもらえているが、たった一度、まぐれで認められただけ。
才能のある人間なんて腐るほどいる。
その中で実力を磨きながら、ただ真っ直ぐ好きなことに向き合っていられるのか。
いつか、写真自体を嫌いになってしまうかもしれない。
康樹にはそれが何より怖かった。
趣味の範囲に留めておいた方がいいのではと、どうしても考えてしまう。
短い沈黙のあと、リカはことさら明るい声を上げた。
「そうだ! 今日こそカフェに行こうよ!」
彼女なりに気を遣ってくれたのだと分かるから、康樹は嘆息して話を合わせた。
「女子って、何でそんなカフェに行きたがるんだ? ある意味オタクなの?」
康樹をキモオタだと笑うくせに、彼女らのおしゃれへのこだわりは半端じゃない。それも別種のオタクではないだろうか。
カフェ巡りだとかファッションだとか、キャンプだとか。
人に知られても恥ずかしくない趣味との境界線は、一体どこにあるのだろう。
写真は、おそらくおしゃれに分類される。
けれど誰かが夢中で打ち込んでいることを、批判するのもされるのも嫌だった。
だから趣味の写真も、親しい人以外に打ち明ける気になれないのだ。
どうにも気分がくさくさする。
彼女の提案に乗ってカフェにでも行けば気分転換になるのだろうが、康樹は人の多い場所が苦手だった。
「悪い。また誘って」
「えー」
不満の声を上げるリカだったが、ふと首を傾げる。
「あれ? 何か元気ないね。悩みごと?」
間近で覗き込む茶色の瞳には確かに心配が浮かんでいて、何だかんだ世話焼きな彼女に苦笑が漏れた。
「そんなこと、ないんだけどな……」
けれど、何度も浮かぶ面影がある。
顔の半分近くを覆う、大きな黒縁眼鏡。丸っこい輪郭とあどけない笑顔が、どうしても頭から離れない。
どこまでも純粋で、大人なのに子どもみたいな藍子。
彼女を騙すのは心苦しかった。きっと、また行くという約束を今も信じている。
それが、進路の悩みと相まって康樹を苛立たせているのかもしれなかった。
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