さくら書店の藍子さんー小さな書店のささやかな革命ー

浅名ゆうな

第1話


「この前アップされてたカフェに行ったんだけどぉ、めっちゃ並んでて入れなくてー」

「あぁ、最近駅前にできたアメリカ発祥のカフェでしょ? あそこ制服も可愛いよねー。ああいうとこならバイトしてみたいかも」

「そういえばさ、昨日『ツキ』がブログ更新してたよね」

「知ってる、あたしも見たー! 『ツキ』って絶対この辺に住んでるよね! あの背景の看板、駅前で見たことあるし!」

「駅前って言えばさ、こないだ話したルームウェア買ったよー」

「うそマジで!? あの数量限定の!?」

「あれ結構高くなかった!?」

「いいなー!」


 女子の会話とは、本当にとりとめがない。

 あちらこちらに話が飛んでいく早さは興味深くさえある。

 登校した途端、クラスの女生徒達の賑やかなおしゃべりが耳に入り、若松康樹は地味に感心していた。

 その中心にいる少女が康樹に目を留める。

「おはよ、若松」

「おはよう」

 人懐っこい笑みに素っ気なく返し、窓際の席に着いた。彼女の友人達が康樹に挨拶をしないのは、いつものことだ。

 誰にでも分け隔てなく話しかける高科リカは、校内でも一、二を争う美少女だった。

 艶のある茶髪に、派手すぎないメイク。

 透明感のある肌と長い睫毛はほとんど自前で、スタイルもいいため人形のようだ。

 そのくせ気取ったところがなく親しみやすい性格のため、男女関係なく慕う者は多い。

 周囲に気取られない程度の目配せをして、リカが話の輪に戻っていく。

 康樹は、特に反応を返さず本を開いた。

 クラスメイトには地味で暗いオタクと認識されているため、友人は少ない。

『写真表現から紐解く現代史』などというタイトルを見れば、大抵が逃げていく。

 ――まぁこういうところ、オタクなのは否定できないな……。

 康樹自身は煩わしさなく熟読できるため、今の立ち位置をわりと気に入っていた。

 自分の時間を何よりも優先したいし、周囲を気にせず趣味に没頭できる。対人関係での出費なんてもっての外だった。


 淡々と一日を終え、放課後。

 夏の容赦ない日差しとアスファルトから立ち上る熱気のおかげで、逃げ場がない。

 まるで鉄板で炙られているようで、康樹は顔をしかめた。

 学校はなだらかな丘陵の上にあるため、だらだらとゆるい坂がどこまでも続いている。自転車通学の者は毎朝登校が辛いだろう。

 三つ先の駅まで行けばそれなりに栄えているものの、この一帯は畑だらけで高いビルなど一つもない。

 いわゆる、ちょっと田舎。

 リカの周囲のおしゃれに気を遣っているクラスメイト達は、ファッションビルもブランドショップもネイルサロンもないことにうんざりしているようだが、康樹はこの街が嫌いじゃなかった。

 春になれば季節の花があちこちを彩り、夏は鬱陶しく感じるほど暑い。秋の夜は虫が騒がしく、冬は山から吹き下ろす風のおかげで恐ろしく寒い。

 季節の移り変わりを瞳に焼き付けることができる。一瞬ごとに変化していく自然の美しさは、康樹の心を惹き付けてやまない。

 フェンスの向こうにはグラウンドが広がり、暑い中部活動に勤しむ生徒達の笑い声が聞こえる。

 康樹は青々と輝く畑の緑に目を細めながら、学校前のなだらかな下り坂を歩く。

 すると、背後から声が追いかけてきた。

「康樹ー」

 康樹が日直の仕事をしていたため、辺りに帰宅部組の生徒はいない。校門近くに見える人影が、大きく手を振っていた。

「おぉ。お前、まだ学校に残ってたのか」

 駆け寄って来たのは、クラスメイトの高科リカだった。

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