第13話
「あぁ! 確かに、そんなタイトルだったかもしれません……!」
田山花袋。藍子が夜明け前の作者の交友関係に触れた時も、確かその名前が出てきた。
どうやら正解だったようで、津田はかなり興奮気味だ。
「ここにも置いてありますか!?」
「当店にもございますが、短編集という形になってしまって……」
「構いません、それをください!」
弱々しげな風情も消え入りそうな語尾もどこへやら、存在感を増した津田は藍子を急かすようにして歩き出す。
一応康樹も、本棚から探し出しレジカウンターで会計をするまで、全ての工程を見届けた。満足そうに帰っていく姿を見送る。
「何というか、少々意外でした。田山花袋の『少女病』とは、ずいぶん……」
「どんなお話なんですか?」
見送りを終え一息つく藍子に問いかける。
タイトルから既にマニアックな臭いがぷんぷんするが、一応聞いておこう。
「主人公は、社会に馴染めず鬱屈している男性で、奥さんも子どももいるのに、少女が好きという性癖を持っているんです。毎日の通勤時間に女学生を見るのが何よりの楽しみで、というようなお話でした。描写が細やかで、耽美作品としての完成度はとても高いです。結末にも意外性があって、短編なのに読み応えがあり……」
「つまり、あの津田さんって人のイメージからかけ離れてるんですね」
滔々と語る藍子を遮るように結論を口にする。だんだん彼女の扱いが分かってきた。
コーヒーを飲んで談笑している老人達は、見送りが済んだことにまだ気付いていないようだ。康樹はちらりと彼らを盗み見ると、気になっていたことを聞いた。
「あの人達のクイズにあなたが全部答えたのって、もしかしなくてもわざとでした?」
津田の本探しを手伝っている時、ずっと考えていた。
康樹に出された問題を、彼女はうっかりという体で全て解いてしまったのだ。
徹底的にとぼけたふりをしていたが、あれが演技でないならあまりに迂闊すぎる。
藍子は、ばつが悪そうに俯いた。
「さすがに、わざとらしかったですよね」
「いえ、それは別にいいんです」
ただ、その意図が分からない。
視線を投げかけると、彼女は小首を傾げて康樹を見上げた。
「康樹君に、また来てほしかったんです。だから、どうしても負けてほしくなくて……」
申し訳なさそうな、けれどどこかいたずらっぽいような表情。
康樹は目を逸らしながら頭を掻いた。
「……まぁ、俺は理数系なんで。正直一つも分からなかったから、助かりましたけど」
素直に打ち明けると、藍子は笑った。
「これから少しずつ、知っていけばいいんですよ。そのための本で、書店です。――康樹君、また、お店に来てくれますよね?」
そういえば店に通う前提で話が進んでいたと、今さらながら気付く。
彼女がなぜこうも必死に引き止めるのか分からない。康樹はあの老人達に比べたら素っ気ないし、口数も少ない。
けれど、嬉しそうに笑う藍子には誰も敵わない気がした。康樹も。
「――もちろんですよ」
嘆息しながらもはっきり頷くと、彼女は大げさに手を叩いた。
「よかった! 康樹君とアニメのお話するの、とっても楽しいですから!」
「どうせそんな理由だろうと思ってたし、そもそも口を挟む隙もないマシンガントークの相手が俺である必要性ってどこ?」
突っ込みどころが満載すぎて康樹が半眼になっていると、鳴らした手の音を聞き付けた老人達が集まってくる。
どうせ彼らからも逃げられないのだろうと、諸々諦め無抵抗で受け入れた。
――こうして康樹は、佐倉書店と深く関わることになっていく。
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