幕間2ー津田視点書き下ろしー
影の薄い人間というのはどこにでもいるものだろうが、自分ほどの逸材はなかなかいないと津田は自負している。
自負していいものか分からないが。
中学や高校では空気のような存在だった。
いや。必要とされていないのだから、その例えは空気に対して失礼かもしれない。
両親も同じく影が薄いタイプの人間なので、もはや遺伝だろう。
津田は幼い頃から色々諦めていた。
誰にも相手にされないというのは面倒がない分快適だが、暇をもて余すことも多い。
そんな時間は、ほぼ読書にあてられた。
活字はただそこにあるだけ。
読まれなければ何の意味もない文字の羅列。そうして何十年だって、誰かに読んでもらえる日を待ち続ける。
その存在感が、どこか愛おしかった。
書店も好きだ。特に、街の小さな書店。
大型書店が増え、利便性ばかり求められ、少しずつ忘れ去られていく。
どこか郷愁にも似た思いを抱くのは、影の薄い自分と重ね合わせ、憐れんでいるからかもしれない。
仕事の都合で引っ越した先、新天地で出会った『佐倉書店』も、いい感じに寂れた書店だった。
影が薄いため、それなりに足を運んでいるが気付かれた試しはない。
ひっそりと様々な本を手に取っては、好みの作品を探す日々。
「こんにちは、藍子さん」
「こんにちは、康樹君。今日もいらっしゃってくださったんですね」
「昨日読んだ本の続きが気になって」
今日も少年は、佐倉書店にやって来た。
藍子と親しげに挨拶を交わし、老人達の姿がないことについて話している。
こうして傍観している内に、この書店の常連客についても分かってきた。
まず、三人の老人。
彼らは書店の主人である佐倉藍子を心配しているようで、ほぼ毎日顔を出している。
そして、高校生の『康樹君』。
名字や人柄など詳しくは知らないけれど、それなりに津田を視認できる稀有な存在だ。
老人達といつも嫌みを言い合いながらも、そこそこの頻度で佐倉書店へとやって来る。
そうなった経緯は津田も知っているけれど、律儀に約束を守るのは真面目な性分だからか、この書店に愛着を感じているからか。
「コーヒー、俺が淹れますね」
「じゃあ私は、さっき宗吉さんからいただいたピスタチオとホワイトチョコのマカロンを持ってきますね」
そう言って歩き出した藍子が、ソファの足につまずいてよろける。
「藍子さん!」
康樹が咄嗟に支え、事なきを得る。
藍子は照れくさそうに頭を掻きながら、礼を口にした。
「ありがとうございました。転びそうになっちゃいましたね」
「というか、顔面から勢いよく転ぶところでしたよ。眼鏡してるんですし、気を付けてくださいね」
言葉で厳しく注意しながらも、彼の表情はとても柔らかい。
書店への愛着、というより、その店主に向けられたものかもしれないと思うようになったのは、いつからだろうか。
彼自身は無意識だろうが、いつも藍子の挙動を目で追っていた。
当初は、失敗をフォローするための配慮だと思っていたが、違う。
のんびりした表情に。眼鏡の位置を直す仕草に。新たに入荷した本を、ワクワクしながら読む横顔に。はにかんだ笑顔に。
まるで、一瞬の情景を切り取るように。
カメラのレンズを向けるように、熱心に見つめ続ける瞳。
そこには、揺らぐことのない確かな感情があった。
……その意味は、きっとまだ本人さえ理解していない。
津田はこれで意外と、愛憎劇とかどろどろした内容の物語が好みだ。
けれどこればかりは願わずにいられない。
彼らの物語が、優しさや温かさで彩られているように。
この佐倉書店を、賑やかで楽しい人々を、大切に思い始めているのだから。
「キャアッ!」
「どうしました!?」
「す、すみません。何でもないんです。ただ、今あそこに、うっすら人影が見えたような気がして……」
「そんな霊じゃあるまいし。ーーあ。今日、津田さんは来てないんですよね?」
「もちろんです! さすがに来店されれば私だって気付きますよ!」
「ですよね」
そうして津田は、今日もひっそりと彼らの微笑ましいやり取りを見守るのだ。
*****
長い長い大量試し読みにお付き合いくださり、本当にありがとうございます!
サイトへの掲載はここまでとなりまして、
続きは小説でお楽しみください……
という形で、果たして購入していただけるのか(^_^;)
特に続きが気にならないかもしれないので、
このあとからキュンキュンするような展開になっている(はず)と宣伝しておきます!
『さくら書店の藍子さんー小さな書店のささやかな革命ー』
どうぞよろしくお願いいたします!m(_ _)m
*****
さくら書店の藍子さんー小さな書店のささやかな革命ー 浅名ゆうな @01200105
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