幕間ー健太郎視点書き下ろしー

 関町健太郎には、友人が多い。

 大家族で育ったからかコミュニケーション能力が高く、そのためどんな人間とも親しくなれるのが長所だった。

 見るからに真面目そうなのに頭がよくない、というのも壁を作らない一因だろう。

 授業中も居眠りしてしまうことが多いのに、持ち前のキャラクターのおかげで教師うけもよかった。

 オタクの友人や、運動部の友人、読者モデルをしている友人まで様々いるが、誰より興味深いと思うのは若松康樹という男だった。

 昼休みの空き時間。

 彼は今、熱心に本を読んでいる。

 一見物静かな文学少年という雰囲気だが、読んでいるのが植物図鑑って。

 何だそれ家で読めよ。

 どうせ写真関連で手を出したのだろうが、謎の趣味を隠さないために同級生らが若干遠巻きにしているのだ。

「……おい。今お前笑っただろ」

 康樹が、視線だけ上げて健太郎を睨んだ。

 なぜ気付いたと内心驚きながらも、素早く真顔に戻って否定した。

「えー? 全然?」

「嘘だな。お前が喋ってない時は、大体何か笑いを堪えてるんだ」

「いや俺だってたまには黙るよ! そしてお前をじっと見つめているよ!」

「キモいな」

 顔を盛大に歪めながら、彼は読書に戻っていった。

 健太郎は再び笑いを噛み殺す。

 若松康樹は、知れば知るほど面白かった。

 こうして鋭い部分があるかと思えば、妙に鈍いところもある。

 幼馴染みだという高科リカとの関係性には、申し訳ないが笑いが止まらなかった。

 それでも将来の夢があり、そのための行動もできているのなら、総合的にしっかりしている部類なのだろう。

 また彼は、心を許す相手と接している時ほど無表情になるようだった。

 愛想を振り撒いている時の作り笑顔が胡散臭いとは言わないが、実際に笑うと片頬を僅かに上げるくらいなのだからギャップもあるというものだ。

 初めて気付いた時思わず「キモッ」と呟いたら足を踏まれた。理不尽だ。

 そんな愛すべき友人であるのだが、最近は変化が見られるようになってきた。

 一人グルグル悩んでいたり、かと思えば若干浮かれているようだったり。

 つまり以前よりも分かりやすく、表情が柔らかくなっているのだ。

 彼が何を、誰のことを考えているかは分からないけれど。

 ふと植物図鑑から顔を上げる康樹に、唇を尖らしてみせた。

「せっかく俺と二人っきりなのに、何考えてんだよー。浮気か?」

「何も考えてないし浮気じゃないしそもそも付き合ってないし」

 一息で否定する友人に、健太郎は笑った。

 思い詰めているようにも見える最近は、こうしてガス抜きをするようにしていた。

 何を悩んでいるのか、無理やり聞き出すようなことはしない。

 悩みを聞くのは簡単だけれど、彼自身が考え抜いて出した答え以外に、正解なんてないのだから。

 もちろん、相談があると言われたら何でも聞くのだが。

 けれど健太郎は、思い悩むのもそう悪い傾向ではないと思っている。

 何事にも関心を示さなかった康樹だから、対人関係で悩むのもいい修行だ。

「……お前がさ」

「うん?」

「お前がどうしてもって言うなら、俺が狙ってる志望校の学園祭、連れてってやってもいいけどー?」

 わざとふざけた返事をすると、康樹の目が据わった。

「行かない。お前の底の浅い欲望が透けて見えるから」

「えーっ!? しないよ? 可愛い女の子探しとか、絶対しないよ?」

「絶対行かない」

 不器用で、自分に無頓着で。

 すごい特技があるのに自己評価が低くて。

 真面目すぎて損ばかりする奴。

 こんな堅物を変えた人がいるなら、ぜひ会ってみたい。

 彼がいつか紹介してくれる日を、健太郎は楽しみに待っている。


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