第10話
「それじゃあ問題いくぞ! ヒントは、冬の話だ!」
ふんぞり返る宗吉に、康樹は束の間言葉を失った。
「――え。それだけじゃないですよね。さすがにヒント下手すぎません?」
これで分かればただの超能力か何かだ。
どう考えても問題として成立していない。
呆れているのは康樹だけではないようで、彼の友人達も苦笑していた。
「うるさい、ヒントくらいまだあるわい。そうじゃのう……狐の親子が出てくる有名な話だ。それと……そう、『手袋』だ!」
成り行きを見守っていた老人達は、ますます苦笑を深めた。
「お前それ、ヒント出しすぎじゃねぇか?」
「ヒントというより、ほとんど答えだね」
彼らは答えが分かっているようだが、康樹には簡単と思えなかった。昔から、写真関連の本以外には全く興味がなかったのだ。
――とりあえず、この宗吉って人が不器用で短気なことは分かるけど。
それでも全員慣れているのか、藍子もニコニコ微笑むばかりだ。
「新美南吉作、『手袋を買いに』ですね」
「って、藍ちゃんが答えちゃってる!」
「あ、すみません。つい」
すっかり忘れていたのか、康樹の代わりに彼女が答えてしまった。
しかもついでとばかり、その内容についても触れていく。
「母親の狐が、子狐に手袋を買いに行かせるお話ですよね。不注意で店の主人に狐だとばれてしまうんですけど、優しい店主は手袋を売ってあげるんです」
『人間は怖い生き物だから、狐とばれたらきっととても恐ろしい目に遭う。絶対に狐だとばれないように』。母親にそう言い聞かせられていた子狐は、無事森に帰ると楽しそうに報告する。『人間は優しかったよ』と。
「とても心温まる物語なんですけど、新美南吉の作品にはやはりそれだけでは終わらない何かがありますよね。私はこの作品、母親狐が『ほんとうに人間はいいものかしら ほんとうに人間はいいものかしら』と呟いている場面が印象的でした」
この作者の作品には悲しい結末のものも多く、たとえば『ごんぎつね』はその代表格だと藍子は言う。
『ごんぎつね』ならば国語の教科書に載っていたため康樹も知っている。
「へぇ、ごんぎつねと同一作者なんだ。いたずらばかりしていた狐が、ちょっと改心していいことしたら勘違いで殺されてしまう、みたいなストーリーですよね。確かに救いのない、悲しいお話でした」
勉強になったと頷く康樹の隣で、宗吉はがっくりと項垂れていた。
「藍ちゃーん」
「ごめんなさい、次は気を付けますね」
彼女の笑顔に何も言えなくなったらしく、宗吉は頭を振って気持ちを切り替えた。
「じゃあ次は……」
次の問題を考え始める彼を、康樹は慌てて制止した。
「ちょっと待ってください、幾つも問題を出されちゃきりがないでしょう。俺が間違えるまで続けるつもりですか?」
宗吉のペースに持ち込まれてはたまらない。即座に反論すると、比較的穏やかなポロシャツの老人が口を挟んだ。
「じゃあ、僕達三人から一問ずつということにしようか」
「そりゃいいな、そうしよう」
その提案に、作務衣姿の老人が頷く。
既にもう答えられない予感がしたけれど、勝負を受けてしまったのだから仕方ない。
康樹は頷いて了承した。
「じゃあ次は僕の番だね」
次鋒を名乗り出たのは、三番勝負を言い出したポロシャツの老人だ。
穏やかそうとは言いつつ、こっそり何度か毒舌を発揮していたことは知っている。油断ならない相手だった。
「うーん、そうだな……。『皓々とのぼってゆきたい』、『太陽』ではどうかな?」
案の定、さっぱり分からない。楽しげに顔を輝かせたのは藍子だけだった。
「わぁ、信五さんらしい問題ですね! 私も大好きな詩集です!」
「……え?」
彼女の口から詩集という単語がこぼれ、康樹は目を瞬かせる。
藍子は視線に気付かず続けた。
「信五さんは神父さんなんです。今は息子さんに教会を譲りましたけど、日曜のミサにはたまに顔を出してらっしゃるんですよ」
微妙な空気の中、康樹はそっと口を開く。
「……えぇと。それが、その詩集と関係あるんですか?」
「『皓々とのぼってゆきたい』、『太陽』これらの詩の作者である八木重吉は、敬虔なキリスト教信者だったんです。病気で早世してしまいましたけど、最期まで信仰を手離さなかったと聞きます」
心が洗われるような強い言葉、丸く柔らかい言葉。
八木重吉の詩には両極に思えるそれらが違和感なく共存していると、藍子はまたも詳細に説明してくれる。本について語っている彼女は、本当に楽しそうだ。
答えを明かされても、信五という老人はほのぼのと頷いた。
「やっぱり藍ちゃんには分かっちゃうか。さすがに詳しいねぇ」
「あの、すみません信五さん」
「いいんだよ。藍ちゃんにとっては、問題を出す意味なんてないしねぇ」
意味深な言葉を口にすると、信五は残る作務衣姿の老人に視線を移した。
「さぁ、最後は辰造だね」
「おう、考える時間はあったからな。これはなかなか難しいかもしれないぞ」
辰造と呼ばれた老人は、自信ありげに腕を組んだ。
「『木曽路は全て山の中である』。――これならどうだ?」
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