第28話 誰かによく似たデジャヴ
ベッドの上に寝転んでしまったら、もう指一本動かせず、体は疲労でどこまでもベッドに沈み込む。屋敷に戻って、すぐさま温かなお風呂に入れられたのがトドメだったように思う。
こんなに疲れるのって騎士団に入りたての頃以来かもしれないわ
昼前から屋敷を出て、漁師の船だけでなく異国の船も停泊した港を歩き、通りの店先に並べられたモノはアルバでも見たことのない珍しいもので溢れていた。お昼は通りに面した屋台で今朝捕れたばかりの魚料理を食べ、客寄せの見世物を見て周り、最後は浜辺で貝拾いもできた。
まさに1日中遊んだと言ってもいい。
時間ももうすぐ日が沈み、晩御飯の時間になる。ギルバートも仕事を終えて執務室から出てくるだろう。けれどーー
ねむくて……むり……
襲ってくる睡魔に抗えず、深い眠りに落ちていった。
▼▼▼
戻った護衛3人、とくにボロボロな姿になり果てたのレオナルドの姿を見て、グレンは報告を受ける前から大体のことを察する。
戻ってきたアイカ自身は特に後ろめたいことなどない様子で、拾ってきたのだろう貝殻が入った麻袋を手にいたく満足げだったが、出迎えたメイドたちに速攻風呂場へ連行されて行った。
初めて見るラグナの街に興奮したアイカが、警護につけた3人を無意識に撒いたのかもしれない。
しかし、朝出かける前に染め粉で黒く染めた髪が、帰って来たときは元の銀糸に戻ってしまっていたのは気になる。
「本日はラグナの街を案内し、港の方で催し物を見たり、浜辺で貝殻拾いをして楽しまれたご様子でした」
「ご苦労だった。ちなみに……その様子だとアインはやはり何かしでかしたのか……」
「しでかす、と言うのが正確なのか自分には判断できません」
「アインは何をした?いや、何を見た?ありのままに見たものを言ってくれて構わない」
グレンが促すと、3人は顔を合わせ、代表として騎士団長のレオナルドが報告するらしい。
「では自分から報告させていだだきます。桟橋の半ばから対岸でやっていた客引きの見世物を見ようとして、海の上を走ってショートカットしました。また陸の上の灯台から岸壁に咲く花が見えたと飛び降りました。もちろん怪我などはありません」
「ショートカット……」
思わず反芻した。
聞いた瞬間、グレンは頭痛がして目頭を押さえる。見世物に釣られたアイカが、一目散に海の上をショートカットしていく光景が簡単に想像できる。
職務として尋ねられた報告だけを返し、疑問を問いかけないレオナルドの分別が今ほどありがたいと思ったことはなかった。
「誰かに見られただろうな」
「全くいないとは言い切れませんが、港にいた他の者もアインと同じように見世物の歓声に気を取られている者たちがほとんどだったのと、海の上を人が走るなど普通ならありえないですし、停泊している船の陰になって目撃者は少ないでしょう。灯台から飛び降りても街の方角とは反対です」
「わかった。他に気になるのは髪につけていた染め粉が落ちてしまったようだが、あれはなぜだ?誰かに銀髪のアインを見られたりは?」
「浜辺の先にある岩場で、ほんの僅かな時間アインを見失いました。申し訳ございません。再び見つけたときには髪色は元の銀糸に戻ってしまっていましたが、辺りは人気のない岩場でした。自分も周りを念のため見回しましたが自分達以外に人はおりませんでした」
「あの髪のまま、この屋敷に戻ったのか?」
「いえ。念のためフード付きのマントを持って行ってたため、帰りはそれを被り髪は隠しました」
「ならば問題ない。今日明日はゆっくり休んでくれ。明日は街に出歩くのは控えて、室内で何かできることをアインに用意しよう」
そこで報告を全て終えた後に、控えめながらレオナルドが一歩前にでて質問の許可を訊ねてきた。
「1つだけ質問をよろしいでしょうか?」
「かまわない」
「今日、自分達が見たものは夢や幻ではなく現実で起こったことなのでしょうか?」
「……今日見たものについては、貴殿らの信念に任せる」
信じられないものを見てしまったレオナルドたちには悪いが、それを肯定してしまうわけにはいかなかった。しかし、今日一日、途中で混乱し護衛を投げ出さず、ボロボロになるまでアイカに付きっ切りで守ってくれたその忠誠には僅かばかりでも報いてやりたい。
だからグレンは少しずるい答えを返す。
「ずるい逃げ方ですまないな」
「ッー!?」
苦笑すると、何事かを察したらしいレオナルドたちは一斉に敬礼しグレンの部屋を出て行った。
とはいえ、1日だけでこれだけ振り回されるのに、さすがに2日続けてレオナルドたちにアインの警護を任せるのは酷に思える。
もっとも今日一日観光したならアイカの方も疲れて明日は動けないかもしれないけれど。
▼▼▼
朝から精力的に書類に目を通し、流れるようにサインを走らせるギルバートは明らかに上機嫌だった。
反対に、また今日も外へ観光へ行きたいと言い出したらどうしようかとグレンの気がかりだったアイカは、昨日の疲れ+夜はギルバートの求めに夜中まで応じるはめになったようで朝起きれなかった。
朝食もギルバートの部屋に運び、さすがに昼になったら起きた方がいいだろうが、起きても午後から外に出る元気はないだろう。
そこへ外遊中のディアーノ王子へ貸し出している別邸で、世話はもちろんカーラ・トラヴィスとの取次ぎや連絡の全てを任されているアイザックが、事前連絡無しに焦った様子でギルバートの屋敷へやって来た。
「会食会談を明後日に控えて、ディアーノ王子が婚姻の打診を取り下げたいと?」
執務室で書類にサインをしながらギルバートはアイザックの用件を顔色を帰ることなく聞く。突然の王子とマリアの婚姻の打診。それをまた無かったことにしたいと、自分の国ではなく交易を行っている他国に対して一転二転と話がころころ変ることに、アイザックも動揺している様子を隠せない。
「はい。今回の打診はあくまで側近が先走ってのことだそうで王子に話は通ってなかったようです」
「ふむ。しかし王子に何も相談なしに他国の王女の婚姻打診などするものか?」
「婚姻について王子は無関係ということにして、打診を無かったことにしたい事情ができたのではないでしょうか?」
ギルバートの問いにグレンもその意図を掴みかねたように思案していた。
別に婚姻打診を無かったことにしたいのなら、此方は全く構わないのだがな。
王子の気まぐれならそれはそれで構わない。ギルバートにしてみればマリアを他国に嫁がせるという懸念が減るだけで何の問題もない。
けれど、アイザックの次の言葉に、ギルバートの様子は一変した。
「屋敷で働いている使用人が屋敷を掃除中、たまたま聞いたそうなのですが、昨日いきなりびしょ濡れで帰って来た王子が、銀髪の女神に会ったと言われたそうです。直後婚姻打診を無かったことにしたいと王子付きの側用人の者が言ってきまして」
ーバキッ
書類にサインを走らせていたギルバートのペンが無残にも真ん中から2つに折れた。
それだけでなく、先ほどまでさして機嫌が悪いというわけでもなくごく普通の様子だったギルバートが、怒りで折れたペンを握りしめ憤怒のオーラを放っている。
「ギ、ギルバート様?如何なされましたか?」
「いえ、何でもありませんよ」
何か失礼なことを自分は言ってしまったのかと焦るアイザックにグレンが何でもないと首を横に振る。
アイザックは失礼なことは何も言っていない。
むしろ非常に有益な情報をもたらしてくれた。
ギルバートにとって看過できない情報を。
「しかし」
「ただ、最近どこかで同じような話を聞いたなと思っただけです」
「同じような?」
「ええ」
びしょ濡れで銀髪の女神に会う
激しくアイカを連想させる
デ ジ ャ ヴ
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