第31話 男装の麗人を探して
昔からディアーノは気まぐれな部分が確かにあった。どこかの貴族の夜会に呼ばれそこの令嬢と会う約束をしているのに、突然めんどくさくなったと言って欠席したり、剣の鍛錬を自分ですると言い出したから指南役がわざわざ来たのに、結局お茶して1日が終わったりしたこともあった。
しかしここまでハッキリと考えが行動として現れることはなかった。特に今回は完全に父王の命令に背いている。
「イエニから連れてきている警護の者たちに街で今日一日聞き込みをさせましたが、王子がおっしゃっていた銀髪金眼の女性に関する手がかりは得られませんでした。」
ザムールの報告を広間で聞いていたディアーノは、成果無しの報告にも表情を変えず、ふむと一通り聞いてから思案する。
あの容姿が容姿だけにラグナに住んでいるのであれば必ず有名になるだろう。ただし、ラグナが海運都市であるためどこかの国の商船に同乗し、たまたま偶然立ち寄って浜辺で遊んでいただけというなら話は少し面倒になり、探し出すのに時間がかかるかもしれない。
「港でも聞き込みはしたんだろうな?昼過ぎまで浜辺で遊んでいたんだ。昨日のうちにラグナを去るということはないだろう。少なくとも今日まではラグナに立ち寄ってる筈だ」
「王子に言われた通り港での聞き込みを重点的に行いましたが、ラグナに寄航している商船でまず銀の長い髪の女性は見ていないそうです」
「それはラグナ内でのことか?ラグナの外は?カーラ・トラヴィス内ではどうだ?」
ディアーノの問いに、ザムールは口を閉ざした。
何故にこうもディアーノは勘がいいというか、気づいてほしくないところほど目敏く気づくのだろう。
言いたくはないが命令されたら話すしかなくなる。
「いるんだな」
「1人噂ではございますが、王子の探されている容姿に該当すると思われる女性がいるかもしれません。しかし、もし本当にこの方でしたら、王子であっても決して手に入れることができないかと思われます」
「なぜ?」
「明日、王子がお会いになられるギルバート将軍のお相手の女性だからです」
街で聞き込みをした護衛たちのほとんどがその噂話を聞かされたのだという。
領主であるギルバートは、これまで王位継承に絡む自らの立場を慮り、公式の場に女性を伴うことはなかったのだという。そのギルバートが賊討伐を祝う祝賀パーティーで初めて女性の手を取り出席した。
輝くような銀の髪に金の瞳の美しい女性で、胸元にギルバートから贈られたという、それはそれは大きなダイヤモンドのネックレスをかけていたのだとか。
王であるセルゲイにも既に結婚相手として紹介したという噂もあり、いずれ正式に婚約結婚となればラグナにも伴い、盛大なパーティーが催されるだろうと、むしろ街ではそっちの話題の方が熱を帯びていた。
「……たしか宝石姫だったか。宝石のように美しい女性だとか。特定の相手を作らなかった将軍に相手が出来たから、俺と王女の婚姻の話が持ち上がったんだったな」
「さようにございます」
イエニであれば王子であるディアーノが誘って断るような女はまずいない。
容姿も幼い頃から秀でて、社交界では常に人々の中心にいるような存在だった。
性格にクセはあるが、頭は決して悪いわけではなく、自分に有利な状況へ話しを持っていく手腕など交渉力もある。だから王子の外遊だというのに、外交も兼ねて各国の主要人物との会談・会食が組まれた背景があった。
父である国王がディアーノの交渉力を高く買っているのが察せられる。
しかしそれらは国内であればの話だ。外国の、それも相手国の将軍の女性に手を出したとなれば、外交問題に発展する恐れが出る。
ラグナ滞在はあと2週間残っている。もし本当にディアーノが見初めたのがその女性だった場合、ディアーノが大人しく諦めてくれるとは考えにくかった。
婚姻打診を国王の許可もなくディアーノの一存で白紙に戻してしまったし、国に戻ったらなんと言われるか考えたくもない。
「将軍はその女性をラグナに連れてきているのか?」
「そのような話は聞いておりません。街でも将軍が件の女性を連れてきているという話はなかったということです。まだお2人の婚姻が正式なものではないのと、将軍が例年ラグナに戻るのは領地の仕事があるからです。今回は王子との会談もあるため王都アルバに残されたのではないでしょうか」
領主である本人は仕事でほとんど相手が出来ないのに、噂の女性だけ連れてくれば、街は騒ぎになり、近隣貴族が女性に一目会ってご挨拶をと押しかけ収集がつかなくなる。
たかが貴族の結婚で話が大袈裟だと通常なら思うかもしれないが、ギルバートの場合はなんと言っても王位継承が絡む結婚だ。それらを危惧してアルバに女性を残し、ギルバートだけ例年通りラグナに来ていても当然である。
「しかし、表向きはそうでも、隠して連れてきている可能性はある」
思案していたディアーノはポツリと呟いた。
聞き込みの話とザムールの話は正論だ。正式な婚約婚姻前に騒ぎになるのを極力控えようとするのは、国は違えど同じ王族であるディアーノも理解できる。
婚姻となると国の利権が絡んでくる。相手の女性の家柄は新しい領地を賜るだろうし、王妃として王に近い立場になる女性に早めに取り入ろうとする輩は絶対に出てくる。
それらを危惧してラグナに特定の女性を連れてこないのは当然ありえる話として、けれどもそれらはあくまで表向きだ。
「隠してとは?」
「ようやく自分の目に叶う女性を見つけたばかりで、仕事とはいえそう簡単に離れるとお前は思うか?」
「それが仕事ならば」
「仕事が恋人のお前はそうだろう。だが俺ならこっそり連れてくる。それこそ護衛の騎士団に紛れこませてでも。少し目を離したばかりに他の男に攫われては元も子もない」
国の将軍、それも時期国王候補の女性に手を出すような愚か者がいるのか?とザムールは思ったが、ディアーノの言う騎士団に紛れ込ませると言う言葉が引っかかった。
「もしや、その女性は男装していたのですか?」
「少なくともドレスは着ていなかった」
真っ平らな砂浜が広がる浜辺ならまだしも、1人で足場の悪い岩場を裾の大きいドレスで来れたらそれはそれで興味を持つかもしれないが、岩場の影から見た少女は、落ち着いて品のある上物の服を着ていた。
商人には見えない。どちらかというと貴族の子弟のような装い。
それこそまるで騎士団に紛れ込ませるためのような装いだった。
▼▼▼
昨日、アルバより伴ってきたアイカ(偽名アイン・キャベンディッシュ)という美しい少女が、実は女神と呼ばれる存在なのだとギルバートに明かされてからセバスチャンは上の空で仕事が手につかなかった。
今日一日で磨いていたグラスを何個落として割っただろう。
メイドたちへの指示も遅れてしまい、危うく隣の別宅に駐留している騎士たちの食事の時間が遅れてしまうところだった。
本当に女神というものが存在するのか分からないが、目の前でアイカは真珠を作り出してみせ、実際に自分の目で見てはいないが、海をの上を走ったりもできるのだという。
俺はこれをどう受け止めて対処すればいいんだ?女神というのを信じるのか?
いや、信じる信じないに関係なく、俺がグランディ家に仕えるというのは変らないのだから、当主であるギルバート様の命令にだけ忠実に従っていれば……。
朝から何度同じ問答をしただろう。そこまで考えて、脚にふわりとした何かが絡んだ感触に、足元を見下ろすと、今日のエサを強請る猫がじっと見上げている。
「……そうだな、お前の飯も忘れるところだった。すぐ用意するから待ってくれ」
誰が自分にエサをくれるのか分かるらしい賢い猫だとすぐに思った。
いくらアイカが連れてきてギルバートも容認している猫とはいえ、屋敷の柱や壁に爪を立てたらどうしようかと内心危惧していたが、ココと名づけられた猫は猫にありがちな粗相を全くしない猫だったのは、嬉しい誤算だった。
厨房へ行き、余った食材を使って簡単なエサを作る。こんもり盛られたエサの上には手早く3枚下ろしにした魚の切り身。港の野良猫では食べられない豪華さだ。
その皿を下に置いて、ココが食べだすのを待っていたのだが、エサをせがみに来たはずの猫は、じっとエサを見下ろすだけで口をつけようとはしなかった。
それだけでなく、エサ皿を前足でそっと横に避け、
「ハムがいい。毎日魚ばかりで飽きた」
喋っただと?
今、この猫、ハムがいいと喋ったよな?
俺の聞き間違いではなく。
そこでハッとセバスチャンは思い出した。
ギルバートたちがラグナに到着した日、グレンに言われていた言葉を。
「……グレン様から、ハムは塩分過多になるので控えるようにと言われている。魚も味を少し変えておいた。贅沢を言わずに食べるんだ。……それを全部食べたら、明日はハムを出してやる」
頭ではまさかと思っている。猫が人の言葉を理解して、話すわけがないと。
そして何を自分は猫にこんなことを話しかけているんだと、自分が頭のイッてしまった愚か者にでもなったような気持ちになった。
なのに、グレンに言われた通りに言うと、猫は渋々と言った体で横に避けたエサを食べ始める。
「明日はハムだからな。忘れるなよ」
「分かっている………」
絶対喋った。
この猫、人の言葉を話している………。
昨日の女神の話といい、今度はこうして自分は猫と会話している。
『混乱する気持ちはわかりますが、一先ず難しいことは考えず、そんなものだと受け入れたほうが楽ですよ』
昨日、混乱している自分にグレンがアドバイスとしてくれた言葉。
そうだ。難しいことを考えても分からないものは分からないんだ。とりあえず、状況に流されてみて、それで不都合があればまた考えよう。
明日の会談会食の準備だってあるのだ。自分のミスで会談が台無しになってはいけない。こんなことで時間を費やしている暇はないのだとセバスチャンは考えるのを放棄することにしたのだった。
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