第21話 愛の言葉1

賊は一人残らず一網打尽になった。いくらリアナの猛者とはいえ30人そこそこの賊を10の騎士団と軍が取り囲んだのだ。逃げられないと悟った賊は武器を捨て投降した。

ジャファルは目を開き、消えてしまったダイヤモンドを見つめたまま息絶えており、その瞳をギルバートはそっと瞼を下ろし閉じさせた。


ジャファルが画策し街中に張り巡らせたと言っていた爆薬は、ふたつめ以降爆発することはなく、王都アルバに突然現れた幻のダイヤモンドの結晶は、夢のように全て消えてしまった。


臨時編成された軍を率いてきたのは副将軍であるグレンだ。突然の爆発と直後の不思議な光景に驚いたものの、直ぐに我に戻りギルバートの命令通り周辺を軍で取り囲み、封鎖させた。


倉庫の前でギルバートのマントを頭から被せられたアイカと一緒にいるのを見つけて、無事に助けだせたのかと安堵する。

しかし無事と分かれば悠長にしていられない。聞いておかなければならないことは山のようにあった。


「とりあえず今日は捕まえた者たちを全員牢に入れるのと、武器商の者たちも念のため捕らえておきます。調査は明日からじっくり行えばいいでしょう。店の倉庫が賊の拠点になっていたことを突きつければ文句は言えない筈です」

「賊のほとんどは戦争で追放されたリアナ軍の残党だ」

「リアナに1つ2つ文句言っておきますか?」

「お前が鼻で笑われたいなら俺は止めん」


興味なさそうにギルバートは答える。元はリアナの兵士だったのかもしれないが、今はそれこそ国を追放された残党である。もうリアナとは関係ない者たちだと突っぱねられるのが関の山だろう。


「かしこまりました。ではギルバート様が一対一の決闘を申し込まれ、その身の重要さも省みず決闘を受けたのは後ほどたっぷりお話しさせていただくとして………」


そこでグレンは一度話を区切る。

いくら自分が軍を編成し向うために合流が後になったとはいえ、危険も顧みず将軍が自ら敵の決闘を受けるなどありえない。連れていた騎士たちにギルバートを力ずくで止めるのは難しかったかもしれないが、もし自分が共にいたなら、無礼覚悟でギルバートを縄で縛り上げてでも止めていた。


「ボウガンの矢を胸に受けたと聞いております。お怪我は大丈夫なのですか?服の下に着込んだ革胴だけではボウガンの矢は防げないですよね?」

「それ!私も知りたいわ!?」


ギルバートの腕の中で話しを黙って聞いていたアイカも話に食いつく。

2階から突き落とされた自分をギルバートが受け止めた直後、胸に射られたボウガンの矢。後ろに倒れゆく光景は一生忘れることはできないだろう。

目の前が絶望に染まり、真っ暗になった。


「タネアカシが知りたいか?」


人の悪い顔を浮かべ、ギルバートは軍服の襟元を弛める。そして革胴の脇から手を差し入れ、取り出したモノにアイカとグレンは目を見開く。


「それって、私が最初に作った失敗作?」

「失敗作じゃないさ。だから言っただろう?俺には最強の女神がついていると」


研磨されていないダイヤの原石。それを胸ポケットにいつもお守り代わりに入れておいたのだが、偶然か必然か、放たれたボウガンの矢を原石が受け止めてくれたのだ。鉄の鎧であっても威力のあるボウガンの矢は突き刺さることがある。

それをこの世で最も硬い鉱石は欠けることなく矢を受け止め、ギルバートを守った。


「タネアカシは分かりました。しかし念のため一度医師に診てもらってください。矢を受けた衝撃で骨にヒビが入っていては一大事です」

「心配性だな。そんなに心配性だと禿やすくなるぞ」

「自分が禿たら、無謀も省みず1人でつっこむ上司のせいですね」


それを言われてしまうと言い返せないので、やぶ蛇だったかとギルバートは話をそらすようにそっぽを向いた。


とはいっても、元々この人が賊の捕縛ごときに出てくること自体、本来ならありえないし、部下に任せておくべきだったんだ。

一歩間違えれば死んでいたんだ。

そうすれば一対一の決闘を受けることも、胸にボウガンの矢を受けることもなかった。

いくら囚われたアイカを救い出すためとはいえ、この国にとって自分がどれだけ重要か自覚が薄すぎる。

止めなかったまわりも悪いが、もう二度とこんな軽はずみな行動に出ないよう重々言っておく必要があるだろう。


「ではアイカは誰か空いてる者にグランディ邸へ送らせましょう。賊に捕まってからずっと気の休まる時はなかっただろう?明日少し話を聞きにいくだろうが、今日はゆっくり休むといい」

「ありがとう。心配かけてごめんね」


しょぼんと項垂れるアイカに、グレンはもう終わったことだ。気にするなと首を横に振る。

それよりも見逃せないのはもう1人だ。

愛馬の手綱に手をかけ、意気揚々とアイカを送る気まんまんのギルバート。馬にまたがろうとするのを肩を掴んで引き止める。


「では俺がアイカを屋敷に」

「お待ちください。貴方は残ってください。大好きなお仕事がたっぷりあります。何を言っていらっしゃるんですか?誰があの消えた結晶のいい訳を考えて陛下に報告されるんですか?街中、消えた結晶で大騒ぎになってますよ?賊についての話も詳しく聞きたいですし」

「いや、いい訳とかは明日朝までにお前がいいかんじに考えてくれていいから。俺はアイカを屋敷に送って」

「アイカ、ギルバート様に仕事をするように言ってもらえないか?」

「何っ!?卑怯だぞグレン!」


助け出したアイカと一緒にいたい気持ちは理解できなくもないが、それはそれ、仕事は仕事なのだ。これ以上だらだらゴネられても埒が明かないとグレンはアイカに応援を求める。

誰に言われるのが一番ギルバートが聞くのか、もう把握している。

アイカも冷ややかなグレンと焦り顔のギルバートを見比べ、


「お仕事早く終わらせて帰って来てね、今度こそお屋敷に戻って待ってるわ」

「アイカッ………わかった……。できるだけ早く終わらせて戻る……」


助け出してくれたギルバートには悪いが、にっこり笑いグレン側にアイカはついたのだ。


その後ろで、3人のやりとりを眉間に皺を寄せている者が2人。

首をひねり、


「あれ?ギルバート様と一緒にいるのってアインじゃないか?なんでアイツ、ドレスなんか着てギルバート様の」

「やめろオリバー、それ以上言うんじゃない。言えば俺たちは、ハロルド騎士団長に殺されるぞ?」


言いかけたオリバーの言葉を、フレッドは横から手のひらで塞ぎ、首を横にぶんぶん振る。それ以上は踏み込んではならない。自分達は上から命令されたことだけをすればいいのだ。

アインは田舎に戻っており、ドレス姿のアインなど騎士団建物近くで見かけなかった。

ましてそんな戯言を将軍であるギルバートに報告するなど夢だったのだ。


賊は全員捕らえたのに背後で剣に手をかけたハロルドの殺気を感じながら、フレッドは一生誰にも話さないと誓うのだった。



▼▼▼


全ての仕事を終え、ギルバートが屋敷に戻れたのはそれから1週間が経っていた。


賊の取調べ報告書に目を通すこともだが、下水道にそって火薬を仕掛けていると言っていたことを確認するために、アルバ中の下水道を調べることになった。

結果で言えば火薬見つからなかった。あったのはリアナ最新式の導線だけだった。

調査した者たちはなぜ火薬はないのに導線だけがあるのかと首をひねっていたが、真実を知るのは火薬を幻のダイヤモンドに変えてしまった張本人と、ギルバート、グレンの3人だけである。


もっとも、いい訳と誤魔化しで最もギルバートとグレンを悩ませたのは、火薬をダイヤモンドに変えたとき、光を帯びているアイカを見てしまった騎士たちへの対処だ。それも複数見ている。マズイと思って咄嗟に肩に羽織っていたマントでアイカの姿を隠したのも、彼らに疑われる結果になってしまった。

緘口令は敷いたがどれほどのものか。人の口に戸は立てられない。いずれ噂が広がるだろう。しかし、あまりにも荒唐無稽な話は信じるものはそこまで多くないだろうと信じる他ない。


他にも催眠術で操られていたらしい武器商の聞き取り調査や、武器倉庫周辺になにか武器や罠がしかけられていないか探索、そして王であるセルゲイへの報告と、毎日寝る間もないほど働き続け、一区切りがついたのが一週間後の昼というわけである。


馬車ではなく馬を自ら駆けて戻ってくるあたり、どれだけ早く帰ってアイカに会いたかったのか伺い知れる。


「戻ったぞ!?アイカはどこに!?」


バタバタと玄関が騒がしくなり、大股で自分の部屋に近づいてくる足音。

ココを腕に抱えたまま部屋の扉をあけて廊下にでると、そこにギルバートの姿を見つければ、ギルバートの強張った顔はほっとしたように穏やかになる。


「おかえりなさい」

「ただいま……」


一週間ぶりのギルバートに抱きしめられた。


久しぶりに会った自分から離れようとしないギルバートを、せめて風呂に入り軍服から部屋着に着換えたほうがいいと促したのは執事のアルフレッドである。

さすがは昔からグランディ家に仕え、ギルバートを子供の頃から知っているだけあって、汗臭い男性は女性に嫌われてしまわれますよ?の一言で渋るギルバートは風呂へ向って行った。


「ギルバート、入ってもいい?」

「構わないよ。すぐそちらに行こうと思っていたところだ」


部屋に入る前に一声かける。いつもギルバートの方がアイカの部屋を訪ねていた。

アイカに用意された野菊の間は元々来客用に用意されていた部屋で、野菊の花が描かれた壁紙や油絵が飾られた部屋だったが、初めて入ったギルバートの自室は何も描かれていない青一色の壁紙や装飾の抑えられたカーテンなど、華美さを抑えシンプルなもので纏められていた。


ちょうど風呂からでて着替え終わったところだったらしい。

着換えた服やタオルなどを集めて、ギルバートには風呂上りのワインを、アイカには紅茶を机の上に用意し終わったメイドたちが一礼し部屋からでていく。


自分を部屋中央の応接用長椅子に座らせ、ギルバートも隣に腰掛ける。

銀糸の髪をギルバートは指でゆるく梳きながら、


「街の見回りをした日、俺の怪我を心配して騎士団の建物近くまで来ていたと聞いたよ。心配をかけた」

「ううん、私こそ言いつけを破って屋敷を飛び出してごめんなさい…」

「あれは小川に街まで運んでもらったのか?」

「そう。あの時は屋敷の外は行けなかったから、たまに小川の精霊たちに外の風景を映してもらって気を紛らわせてたの。でも、ギルバートが怪我をしたって聞いて」


いてもたってもいられず騎士団へ行ってしまっていたと言うと、苦笑して「アイカが無事で本当によかった」と呟き、梳いていた髪をひと房とってその髪にギルバートは口付けを落す。


今はこうして穏やかな表情で話を聞いてくれるギルバートだが、攫われた自分を助け出すために騎士団を引き連れ倉庫にやってきた時は、眼差しは鋭く、賊の頭領との一対一の決闘で目にも止まらぬ剣技で戦う。

少しおじさんだけれど、誰よりも優しくてかっこよくて強いギルバート。


「あのね、私今回のことで気づいたことがあるの。本当はあの日、ちゃんとお屋敷に戻れてギルバートが帰ってきたら伝えようと思っていたんだけれど」

「なんだい?」

「私ね……、貴方のことが好きよ。助けに来てくれてありがとう。それと伝えるのが遅れてしまってごめんなさい」

「…………」


言い終わると心臓がドキドキして、急に恥ずかしくなってくる。驚かせてしまったのか目をぱちくりと見開いたギルバートに見つめられるだけで、顔が熱くなってきて赤くなっているだろう顔を手のひらで覆い、


「それが言いたかっただけだから、私もう部屋もどるね!」


立ち上がり部屋に戻ろうとした手をギルバートの力強い手に掴まれてしまった。


「まいったな………。夜まで待とうと思っていたのに、そんなことを言われたらもう待てないじゃないか……」

「きゃっ!」


ぐっと引き寄せられて次の瞬間にはギルバートの胸の中だ。


「それは嘘ではないね?本当に俺のことを?俺はキミの愛を得られたのだと思ってもいいんだね?」


腰に回した右手とは反対の左手が、震えながら自分の頬に触れてくる。嬉しそうなのに少し泣きそうなギルバートに、額にかかる前髪をかき上げ、そっと口付けを落とした。





「愛してるわ、ギルバート」




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