第14話 それぞれの結婚絶対包囲網
将軍であってもいきなり王に会えるわけではない。事前に謁見願いをだし、王の許可が出てからの謁見になる。ただし最低限の取り決めを守れば、伯父と甥という王族関係もあり当日であってもすぐにギルバートの王への謁見は叶った。
そして昨夜の賊について報告し、王宮の警備を増やすことを伝える。偲びで街に出ていたとはいえ、賊はてだればかりをそろえ、将軍ギルバートの直接暗殺を企んできた大胆さがある。王宮へ忍び込み王の暗殺を企んでもおかしくはない。
そして謁見が終わればそのまま騎士団長たちや軍の主要メンバーがすでに集まっているだろう騎士団の建物へ向う。既に昨夜の顛末は居合わせたグレンから聞かされているようで、騎士団長全員の目つきはすでに数年前の戦争時に戻っていた。
賊はおそらく隣国のまわしもの。停戦条約を無視してまたこの国を狙ってきたのだろう。
会議用の長机にそれぞれ騎士団長たちが席につくなか、上座に当たる一番奥の席にギルバートは深く腰掛ける。
「海無し国は黙って塩の代金を払っていればいいものを」
フンと、忌々しそうにギルバートは言い捨てる。海に面しているこのカーラ・トラヴィス国に対し、砂漠に隣したリアナ。リアナにも鉱山や宝石といった輸出物はあるが、人間が生きるために海から取れる塩や、肥沃な領土で生産される小麦は、常に無くてはならないものだ。
鉱物から作られる大量の武器と軍事力をかさに、鉱物と塩の交換レートに文句をつけてきたり、小麦の輸出量に難癖をつけたり、そして港のひとつを自由に使わせろと、ありえない要求までつきつけてきたところでとうとう戦争がおきた。
「しかし停戦条約を結んでからたったの5年です。もう少し大人しくいてくれるのではと考えておりました」
「敵の狙いどころは間違っておりません。ギルバート将軍さえいなくなれば、この国の騎士団や軍の統率は乱れますし、王家の」
「それは今話す内容ではないでしょう。今我々が考えなければならないのは、すでにこの王都に潜んでいるネズミを捕らえ、そしてリアナの情勢を探ることです」
カーラ・トラヴィス王家の王位継承問題に話がそれようとしたのをグレンが素早く軌道修正する。元々の血筋なのか王家は昔から血脈が多いとは決して言えず、現国王であるセルゲイも、王位継承について声にすることはなくても甥であるギルバートに婚姻を望んでいることは明らかだ。
甥であるギルバート自身、決して王位継承について話すことはなくても、王位継承がどういうことになっているかくらい分かっているだろう。いずれギルバートが将軍に留まらず王として立つ身であると。
ここでもしギルバートがいなくなれば、セルゲイの一人娘である王女マリアが否応なく女王として立つことになるが、幼いころから身体が弱く王宮の外へはほとんどでたことがない。歳も成人前の19歳で王配を得て王位に立っても国の情勢が不安になるのは目に見えている。それだけでなく停戦条約を結んでいる隣国リアナもこれ幸いにまた戦争をしかけてくる好機になる。
ここにいる誰もが危惧している。カーラ・トラヴィスは決してギルバートを失うわけにはいかないのだ。
それから今後の対策や街の見回りや要人の警護、それだけでなくリアナとの国境警備についても話し合い、会議が終わったのは日がすっかり傾いた時刻になっていた。
休憩なくずっと緊張の続く話し合いを続けるのは精神が疲弊する。
会議が終わり、数人の警護兵に守られながらグランディ邸に戻る馬車の中で、ギルバートは大きな溜息をつく。
「溜息ですか?不甲斐ない話ではありますが、昨日襲われるまでリアナがまた動き出したことに気づけておりませんでした。しかしまだ潜入と諜報だけで敵の本体は動いていないと思われます。不幸中の幸いでした。今のうちに全てのネズミを炙りだしましょう」
会議終わりにグランディ家に寄るよう伝えたグレンがギルバートの隣に座っている。
「それもそうなんだが……」
「溜息の原因は別でしたか?」
「朝の謁見で、伯父上にアイカに会わせろと言われた……」
「とうとう私を介さず直球でくるようになったのですね。ギルバート様も潮時ということでしょう」
なかなか結婚しないギルバートの身を案じたセルゲイが、ギルバートの回りにいい相手はいないかとグレンに探りをいれてくるのがこれまでの常だったのに、花祭りの噂を聞いてさっそく噂が冷めやらぬうちにギルバートを囲い込もうとしているのだろう。
これはグレンだけでなく、直接話したギルバートの方が、セルゲイの思惑を察して頭を悩ませているのが見てとれる。
王に女性を紹介するのだ。単なる友人として紹介しました、で終わるわけがない。
口元を抑え、朝の会話をギルバートは思い返す。
性格は昔から温和な伯父で、ギルバートがグランディ家の当主となったときも何かと配慮してくれた。将軍となってからはまだ経験浅い自分を右腕として信頼してくれ、軍だけでなく本来ならば王の直接管轄である騎士団もギルバートの下につけてくれた。
そのお陰で戦争時には軍と騎士団の両方を効率よくまとめられることができたのだ。
その伯父であり、王でもあるセルゲイが顎に蓄えた長い髭を撫でながら、
「何はともあれ今ばかりは将軍の無事を喜ぶとしよう」
「ありがたきお言葉です」
「ところで、昨晩はずいぶんと楽しんだ様子であるな。昨日の今日で噂が王宮にまで届いておる」
「………、何の噂でしょう」
「素晴らしい歌声の歌姫と花祭りを将軍は楽しんでいたとか」
「それは……」
「将軍もそろそろ身を固めてもよい歳だ。もしやその歌姫はグランディ家に将軍自ら招いたという女性であったか?機会あれば是非わしにも会わせてもらいのぉ」
王都にリアナの手の者たちが忍び込んでいると話した直後にこの話である。花祭りの噂だけでなく、ギルバートがその前にアイカをグランディ家に招いていたことも既に知られてしまっている。すでに老齢の身とはいえ、その情報収集力を侮ってはいけなかった。
「ここはやはり、アイカに俺の子供を」
「まさか、貴族にあるまじき出来結を狙っているのですか?」
「仕方ないだろう?何度愛していると言ってもアイカの返事は上の空だ」
アイカの性の知識が乏しいらしいと気づいてから、上手く誤魔化しつつ、ときに勢いのフリをしてアイカの身体に快楽を教えてきた。本音を言えば自分の愛を受け入れて貰ってからの方がいい。しかし昨夜も身体を重ねた後に抱きしめて愛を伝えたが、アイカの返事は「う、うん…」とどこか上の空で、本当に信じてくれたかどうか疑わしい。
そんな状態で結婚を申し込んでも、断られてしまう可能性が高い。王であるセルゲイに会わせるなど、脅えて逃げ出すかもしれない。
自分とのことは単に流されて肉体関係を結んでしまっただけで、他に興味が出来たら女神は何も言わずふっと姿を消してしまいそうで怖かった。
どうすれば自分が本気であると分かってもらえるのか、自分の愛を受け入れてもらえるのか、アイカの愛を自分が得られるのか、日に日に焦燥が増して行く。
「だからと……つまり、されてるんですよね?最後まで……?」
ギルバートがすでにアイカに手をだしていることは察していたが、まさか結婚前に子供を作ろうとしていたのには、さすがのグレンも言葉が出てこない。
そんなグレンに気づいていないのか、ギルバートの顔は至って真面目だ。
「している。しかし子供ができたとなれば、アイカにとっていくら俺がおじさんの部類に入ろうが俺の全てを受け入れてくれる筈だ」
「そして済し崩しに結婚を?」
「そうだ。俺はアイカを愛している。アイカ以外と結婚する気はない。俺に子供ができて結婚もするんだ。俺を結婚させたかったお前にしてみれば万々歳だろう?家についたら話すが、本当にアイカと結婚することになったときは、お前も手伝って貰うからな?」
この男、アイカを手に入れるためなら形振りかまってないな
あんなに結婚から逃げていたくせに、いざ好きな相手が現れた途端、この手のひらの返しようだ。
礼節を重んじる騎士にあるまじき行動を恥じるより、とにかく目的達成しか考えていない。上司としては尊敬するが、呆れてモノも言えないとはこのことだろう。
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