第20話 ダイヤモンドに包まれる王都

賊の逃げ道を塞ぐために3つの騎士団を3方から同時に武器倉庫を囲む。武器商人の店とその倉庫敷地は広い。

武器自体も取り扱いに場所を取る上、火薬などはとくに扱いが難しい品物だ。それゆえに、人が住んでいる住居街と武器倉庫は距離があった。重量のある商材だから運ぶための利便性を考え川も近い。ゆえに出入りする者は限られ、不審な者が出入りしても疑われる危険性が低かったのだろう。


リアナから輸出されるのは武器の材料となる鉄鉱石だけではない。高い技術で製造された武器そのものも金さえ出せば取引商品になる。そんな中で武器商の建物は賊にとって格好の隠れ家になったことが覗える。


「騎馬隊を半分残し、半分は馬を下りて俺と共に建物へ!騎馬隊は投降せず逃げ出す者を見つけたら切り捨てて構わん!直に他の隊も駆けつける!とにかく1人もこの場から逃すな!」

「「「「ハッ!!」」」


ギルバートの命令に従い、素早く騎馬隊の半分が馬から下りて、下げている剣を抜刀する。取引が行われる店そのものの制圧は1番隊の騎士団長に任せ、ギルバート自身はアイカが囚われているだろう倉庫を探索する。


ココは地下倉庫と言っていた。となると、地下倉庫の入り口は隠されている可能性がある。もしくはすでに自分達が来たことを察した賊が、捕らえたアイカをつれ場所を移したことも考えられた。


どっちだ?

アイカはどこに囚われている?


ひと括りに倉庫といっても、集められた武器を保管する大きな倉庫は10個以上ある。

それも2階建てだ。


ーチリッ


首元に僅かな熱の痛みを感じ、ギルバートは首から下げたチェーンを衿から引っ張り出す。

チェーンにはココが自分の元まで運んでくれたアイカの指輪が決して無くしてしまわぬように通されている。その指輪を指にひっかけると、先ほど首元に感じた熱を今度は指に感じ、視線を指輪に落とした。


だからココは怪我をしても決して指輪を捨てず、自分の元まで運んだのか!!


怪我をしたなら尚更のことギルバートたちをここまで案内できない。

動けない自分に代わり、ギルバートたちをアイカのもとへ指輪が導くだろうと、息も絶え絶えになりながら騎士団まで持ち帰ったその理由が分かり、その強い意志に敬意を払う。


指輪にはめられたムーンストーンの石の中央から、陽の光に反射したものではない淡い光の筋が一方方向を射している。恐らく指輪の光が示す方向にアイカがいるのだとギルバートは直感で悟った。ギルバート自身は普通の人間だ。女神であるアイカのように炭からダイヤモンドを作り出す力も、川にグランディ邸まで運んで貰う力もない。


アイカが俺に助けを求めているのか


アイカの心の願いに応え、指輪は自分を女神の元まで導こうとしてくれている。

指輪の指し示す光を頼りに、迷い無くギルバートは1つの武器倉庫の前に立つ。


「ここか」


この倉庫の前に立つまでひとっこ1人見ていない。いくら人の少ない武器倉庫とは言え、夕方前にしては人気がなさ過ぎる違和感。絶対に賊は潜んでいるはずなのに、騎士団に取り囲まれて逃げ出す賊は1人もいないということか。だとすれば、花祭りの夜、フードをかぶって顔を隠していた男は大した統率力だろう。

指輪を衿の中にもどし、ギルバートが頷くと、従っていた騎士たちが重い扉に手をかける。


戸を開いた倉庫内は壁にはめられたガラス窓から差し込む日差しだけが照らしていたが、奥の2階部分から自分達を見下ろす者たちの姿をにらみ上げた。


「俺に周りを包囲されながら逃げ出さなかったのは観念したからか?」


静かな声でギルバートが投降の如何を問えば、賊の中央に立ちフードをかぶったジャファルは一歩前にでて涼しげな声で応える。


「さすがはギルバート将軍だ。この場所もよく探し当てられましたね。自分でもこの場所はかなり用心して隠していたつもりだったのですが、この短期間にここを突き止めた情報収集力や決断行動力は、敵ではありますが敬意を表しますよ」


声の調子からすると投降する気は皆無のようだと判断し、ギルバートは下げていた剣を抜刀する。投降する気がないなら殲滅させるだけだ。

しかし、従う騎士たちにに敵の殲滅を命じようとして、ジャファルの後ろから布を被らされ引き出された者に殲滅の号令を咄嗟にとどまる。


「ただ、やはり愚かだといわざるを得ない。将軍自らこの場所に出向くなど人の上に立つ者としては愚の骨頂だ。それほどこの宝石が大事ですか?」


「貴様、アイカに傷1つつけてみろ。斬り刻んでその肉、リアナの砂漠に撒いてやろう」


口に布を噛まされ、両手も後ろで拘束されているのだろう。泣きそうな顔で自分を見ている。無事を喜ぶ反面、怪我はしていないだろうか、賊たちに酷いことはされていないか考えると剣の柄を持つ手に力が篭る。


「いい反応です。実に素晴らしい。ここで提案ですが自分と1対1で勝負をしませんか?自分に勝てたらこの宝石は返してあげますよ」

「断れば?」

「貴方の大切な宝石は指を一本づつ切り落とされ、傷物になってしまう」

「………いいだろう」


一瞬思案したもののギルバートは罠と分かってる誘いに乗る。

アイカを敵に取られている以上、自分に拒否はできない。


「危険です!将軍!あれは罠です!」

「黙っていろ。お前たちは手をだすなよ」


止めようとしてきた部下を押し殺した声で制し、前に出る。

それをジャファルは小気味よい気持ちで見下ろしつつ、2階からふわりと飛び降りた。2階から飛び降りたとは思えない軽い着地。被っていたフードが後ろに落ちてジャファルの顔が露になる。


「この傷、覚えていますか?五年前、貴方につけられた傷だ」

「全く覚えがないな」

「私はカジスの谷でこの傷をつけた貴方の顔を思い出さない日は1日たりともありませんでしたよ」

「そうか」


カジスの谷の戦いでギルバートが斬った敵の1人なのだと思ったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。まして顔を真一文に横切る傷跡を見たところで何の感慨も沸かない。戦争とはそういうものだ。

敵を殺すか殺されるかの戦場で剣を振るった相手の顔など一人一人覚えている余裕などない。そんな余裕があれば1人でも多くの敵を殺し、仲間を救う方を選ぶ。


「毎日、貴方とこうして剣を抜きあい、復讐する日を考えていた」


不敵な笑みを浮かべたジャファルも腰に下げた剣を鞘から抜く。しかしそれはギルバートの持つ剣と比べ幅が3分の2もない細身の剣だった。軽さを重視し、剣としての強度をギリギリまで抑えたのだろう。


殺し合いの剣を交えるのに合図などなかった。お互い剣の間合いを計りながらじりじりと近づき、2人同時に一歩踏み込む。

喋りながら剣を交える余裕は2人とも全くなかった。相手を殺すことしか考えていない剣は一振り一振りが際どいところを狙ってくる。剣がかち合うたびにキンッと硬質的な音が鳴り、時に火花が散った。

お互い一歩も引かなかった。それはギルバートの剣の腕もだがジャファルの剣も負けず劣らない力量であることを証明していた。


しかし次第にジャファルの剣が鈍り始めていることにギルバートは内心気づきはじめていた。体格差からくる体力量だ。長身で恵まれた体躯のギルバートに対し、細身のジャファルはギルバートの力に押され僅かに息があがり始めている。

剣を交わらせているギルバートが気づくのだから、ジャファルも当然気づいているだろう。

このまま正攻法で自分を殺すことは不可能だ。必ず何かを仕掛けてくる。


それをギルバートが警戒していたとき、ジャファルは剣の持ち方を変え逆手で突いてきたのを、真後ろに飛び退き回避する。直後ジャファルの口元がニヤリと斜めに釣りあがっているのを視界の端に捕らえながら、手すりのない2階から突き落とされるモノに頭で考えるより先に走り出していた。


「アイカッ!?」


紐で両手を後ろで拘束されているアイカに受け身は取れない。2階から突き落とされれば怪我をするのは必至だ。

ジャファルを置いて落ちるアイカを受け止めようとギルバートが駆け寄り、滑り込み気味に身体をクッション代わりにして受け止めた。

腕の中に取り戻したアイカにほんの一瞬ギルバートの警戒が緩む。それをジャファルは狙っていた。


2階に全ての配下を集めていたと見せかけていたのは、ギルバートだけでなく追従する騎士たちの注意も2階に集めるだめだ。1階には誰もいないと思わせるために。

武器を入れる木箱を数個重ね、中にボウガンを持った者を潜ませてギルバートに隙が出来る瞬間を狙わせた。タイミングはジャファルが持っている細剣を酒手に持ち変えたとき。

2階から捕虜であるアイカを突き落とし、ギルバートに隙を作る。


木箱にボウガンの矢が通るだけの小さな隙間から矢が放たれる。それは狙い済ましたようにギルバートの胸に突き刺さった。

目を見開くギルバートの身体が、ぐらりと後ろに倒れる。


「ッーー!?」

「ギルバート様!!」

「将軍!?」


布を噛まされ声を出せないアイカは悲鳴にならない悲鳴をあげ、ギルバートの命令通り、ジャファルとの戦いに手をださず見守っていた騎士たちもまた、放たれた矢に目を見開く。

咄嗟にギルバートを助けに駆け寄る。しかし矢の刺さったギルバートに下ろされるジャファルの剣を前に、近づくことができなくなる。


「できればこの方法はとりたくなかったけれど、最終的にお前を殺せればどうでもいい」


相手を殺したほうが勝ちなのだ。勝った者が正義であり負けたものには死しか残されてはいない。それがリアナの絶対の国法だ。

2階で2人の戦いを見ていた賊たちが薄笑いを浮かべ壁際の階段から下に降り始める。

まさに絶体絶命の状況であり、ギルバートにトドメをさそうとジャファルの剣が振り上げられた。


「えっ…?」


きょとんとした目でジャファルは自分の腹に突き刺さった剣に自分の手を添える。すると腹からあふれ出した血がジャファルの手を伝い、そしてぽたりと赤い液体が地面に落ちた。

腹に刺さっているのはギルバートの剣。その剣は胸に矢が刺さったままのギルバートが握っている。


「どうして?矢はお前の胸に当たって」

「あいにくと、俺には最強の女神がついているんでな……。そう簡単に殺されてやれないんだよ」


いい終り様、突き刺した剣を引き抜き、よろつきながらも立ち上がると


「もう大丈夫だ」


言いながら、アイカが噛まされていた布を口から外し、後ろ手に結ばれていた紐も剣で切った。


「ギルバート!胸は!?矢が刺さって!」」


矢の刺さった胸に震える手でアイカは抑える。確かに目の前でギルバートの胸に矢が射られたのだ。だからその反動でギルバートは後ろに倒れこんだ。

ひとつ深く息を吐いてから、胸に刺さった矢を引き抜く。矢じりの先に血はついていない。軍服の下に着込んでいた革胴に矢が食い込んでいたらしい。


立ち上がったギルバートに一度は希望を失いかけていた騎士たちが一斉に駆け寄り、ギルバートとアイカの周囲を囲めば、腹から血を流し膝をつくジャファルの直ぐ後ろに、賊たちが武器を構えてにらみ合う。


そこに遠くから大量の馬の蹄の足音と兵士たちの声が近づいてきた。

何が起こっているのか分からない賊たちは周囲を見渡しざわつき始め出す。


「騎士団だけでなく軍がここら一帯を取り囲んだんだ。ひとっこ1人残さず捕らえるためにな。もう逃げられんぞ」


アイカを取り返した今、人数で圧倒的劣勢のジャファルたちに勝ち目は無いに等しい。

しかし血を流す腹をおさえながら震える声でジャファルは笑う。


「それは、重畳……。アザム、火をつけろ……」

「かしこまりました」


他の者たちが階段から一階へ降りた中、ただひとり二階に残っていた老人が頷き、持っていた松明を2階の一角に近づける。

ジャファルがアブドゥラー家を追放されたとき、一緒について来てくれた者だった。幼いジャファルにリアナで生き抜くために剣を教えた師でもある。


「みんな、……死んでしまえば、いい……。カーラ・トラヴィスなど、みんな燃え尽きてしまえ………」

「この後に及んで何を企んでる」


アイカを腕の中に引き寄せ、バチバチと聞こえる音に神経を向ける。

聞こえるのは火花が燃えるときに似た音。音が消えずに継続するその独特の音は火薬に火をつけるための導線が燃える音だ。


「この街に張り巡らされている下水道にそって、火薬を仕込んでおいたんだよ……。1つが爆発すればm導線伝いに全ての火薬に火が点く。水に濡れた程度じゃ導線の火は消えないリアナで開発された、最新の導線だ。アルバの街は、直に炎の海に包まれる」

「なんだと……」


驚いたのはギルバートや2人を守る騎士たちだけでなく、ジャファルの背後にいる配下の賊たちも同様だった。


「そんな話は聞いてねぇぜ首領!俺たちをアンタの復讐の道連れにする気か!?」

「道連れ……?リアナを追われたお前たちに、どこに、逃げ帰る場所、が……?」


カジスの谷の奇襲で敵前逃亡を計り、ジャファルと同様にリアナから追放された者たち。ギルバートに恨みを持つ彼らをジャファルは持ち前のカリスマ性で配下とし手駒として使ってきた。


そのとき一つ目の火薬に火がついた。

すぐ近くの建物が爆音を響かせて吹き飛ぶ音に全員が振り返る。ここもいずれは火薬でついた火がまわってくる。すぐにギルバートは街の者たちを退避させなければと考えたが、下水道を通して火薬が仕込まれているのならどこに大勢の人々を退避させればいいのか、逃げ場所がない。


「逃げろ!!」


賊の1人の叫びをきっかけに、深手を負ったジャファルを残して賊たちは一目散に逃げていく。


どうする!?

どこに人々を逃がせば!?


大勢の民衆もだが、ここにいるギルバートを含めた全員、アルバの町にいるすべての者が危険なのだ。一つ目の火薬に火がつき爆発したということは、二つ目も間もなく爆発するだろう。どこに地下の下水道が通っているのか、安全な道も分からない。


そして焦るギルバートの腕の中から、アイカの呟きが耳に届く。

遠くを見ているようでどこも見ていない。


「火薬の材料は…木炭、硫黄、硝酸カリウム……」


薄暗い倉庫の中でアイカの身体が淡い光を帯び始め、

両手をそっと胸の前で合わせ、瞳を閉じ、静かに祈る。


「アイカ……?」

「木炭は炭素……炭素は……」








ダイヤモンドの唯一元素







「なんだ、これは?」


その瞬間、敵も味方も関係なく、アルバの街にいた者全員が目に映る光景に目を奪われた。地に沈もうとしている夕日を反射してキラキラと輝く巨大な結晶が、街の至る場所から天へと突き出る。指で触れると結晶は透過してしまうが、小さな光を伴い結晶が消えていく様はさらに幻想的な美しさを醸し出す。


王都アルバは炎ではなく白く輝く光のダイヤモンドに包まれた。

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