第11話 王都アルバの騎士見習い
騎士見習いとしての1日はあっという間だった。朝早くから起きて、1日中動き回って頼まれる雑用をこなし気が付くと夜になっていて、くたくたになって簡単に身を清め布団に潜り込む。
剣など入団してから一度も持ったことがない。けれど楽しみが全くないわけではなかった。荷物を街の指定の建物などを運ぶとき、通りに面した中世を思わせる街並やすれ違う人々を見れるのが楽しくてたまらない。あまりにそわそわしていたのだろう。
一緒に荷物を運んでいた隊の上司から、田舎からでてきて王都の賑やかさが物珍しいのかもしれないが少しは落ち着けと笑われた。
ゆっくり食事を取る時間もないので、だいたいが荷馬車の上で昼食を食べる。その昼食も途中の通りに出ているお店で買って、簡単に食べられるものばかり。しかしどれも美味しい。
もちろんギルバートの屋敷で出されたフルコースな料理も美味しかったけれど、こうして街の市民が気軽に食べられる食事もまた別次元の美味しさでたまらない。
今日の配送は騎士団で上司にあたるフレッド・ガルシアと自分が担当になっている。30前だがすでに結婚していて2人の子供もいるのだと聞いた。
そしてフレッドもまた騎士団は見習いからスタートしたとのことで、扱かれはしても理不尽な仕事を押し付けたりはしない。聞けば丁寧に教えてくれるし、ミスったときは何がミスの原因だったのかその相談も真摯に乗ってくれる。
人間だったときは一人っ子だったけど、おにいちゃんがいたらこんな感じだったのかな
フレッドだけでなく他の第二騎士団配属の騎士たちはみな陽気で、自分になにかと親切にしてくれる。というのも自分が入る前までは、30近いフレッドが最年小であったため、15歳ということで入団した自分が子供のように思えるらしい。
そして本日のランチは王都北西にある商人の店に行く途中にある、ピザに似たパンを購入した。パンもどちらかと言えばカレーについてくるナンのようなもっちり感があり食べ応えがある。そこに濃厚なソースと野菜、炒めた肉がどっさり盛られたものだ。
テーブルについて食べるなら、トッピングされた具が落ちないように食べれるが、急いでいる者はそれを半分に畳んで手に持って食べることもできるので、持ち帰り用に畳んだそれを古紙に包んで持ち帰りもできる。
なので、2人して荷馬車に揺られながら、休憩兼ランチを頬張っていた。
「お前は本当になんでも美味そうに飯を食うな」
「だって本当に美味しいんです!」
「まぁな。美味いのは俺も認めるぜ。それに上も俺たちの仕事のキツさは知ってるから、運搬担当の昼飯代は出してもらえるからな」
そうなのだ。配送担当者は帰ってから騎士団の建物で昼食を取る時間もないため、配送しながら適当な店で軽食を買って食べることが許されている。後で配送担当者に一定額の昼飯代がもらえる仕組みだ。
「今日は少し配送時間押しちゃってますよね……すいませんでした。自分が段取り悪かったから…次は早く荷物を分配できるようにしておきます」
腕時計を持っていないため頭上の太陽の位置でだいたいの大まかな時間を測る。いつもであれば、配送中のランチはもう少し早い時間に食べられていたはずだった。それなのに荷物分配と馬車への積み込みが遅れてしまい、自分だけでなくフレッドの昼食時間まで遅くなってしまったことを詫びる。
しかし隣に座るフレッドは豪快に笑い飛ばし、
「それくらい気にすんな。配送が少し遅れる程度、道が混んでたってことにすればいいんだよ。それに知ってるか?配送で顔がいいお前が飯を買いに行くと、店がたっぷりサービスしてくれるから実はみんなお前と配送組みたがってるんだぜ?今日も肉が山盛りじゃねぇか!」
挟んだパンから零れ落ちそうなほど盛られた肉を大口を開けてフレッドは頬張る。
配送の時、店に昼食を買出しにいくのはいつも自分の役割だったけれど、そんな狙いがあったのは初めて知った。しかし手に持ったパンは言われた通り肉が山盛りで、お店のおばさんがいくらかサービスしてくれたのが伝わってくる。
そうしているうちにも自分が半分も食べないうちにフレッドは食べ終わってしまった。
「まだ食ってるのか?口小さそうだもんな。まぁお前はしっかり食って肉を付けろ!そんなんじゃ剣を振り回す前に、その帳簿つけるペンを持つだけで終わるぞ?」
「は、はいっ」
ゆっくり食べていては配送先に馬車が着いてしまう。慌てて口にパンを入れるけれど、やはり山盛りの肉が難関だった。
どうにか配送先の商店に到着する少し前に食べ終えて、馬車を店の前に留めると、店内に荷物の到着と配送物リストを確認しに行くのはフレッドで、自分は荷物を下ろすために馬車の後ろに回る。
その直後だった。
「キャァッ!!スリよ!誰か!誰かその男を捕まえて!!」
「奥様!大丈夫ですか!?」
直ぐむこうの曲がり角で女性の悲鳴が上がる。そして血走らせた目でこちらに逃げてくる男の手にはギラついた抜き身のナイフ。
「退け!退きやがれ!殺されてぇのか!?」
通りを歩いていた者たちを追い払うように男はナイフをぶんぶん振り回す。わけも分からず慌てて逃げようとして、道に躓いてしまい転んでしまう子供の泣き声や逃げ惑う人々で混乱に陥る。
男の手にはナイフ。
そして荷物を下ろそうとしていた荷馬車には、元は先の方に薪を割る斧の刃がついていたらしいけれど、持ち手の棒だけになって荷を開けるときや手元にひっぱり寄せるための道具になっていた棒が目にはいる。
小学校6年間は段持ちの祖父と一緒に剣道を教えてもらっていた。中高の部活は合唱部と声楽部に入ってしまったため、竹刀を振ることはほとんど無くなってしまったけれど、不思議とナイフを持った相手が道を塞ぐ自分に襲い掛かろうとしてきても怖くはなかった。
イメージよ、愛華。
今の私は剣術の達人!この棒を竹刀と思って集中するの!
おじいちゃんを思い出すのよ!
元は斧として使っていたなら木刀代わりとしても十分な強度を持っている筈だ。
棒を構え、迫り来る男との距離を測る。
「何の騒ぎだ!?アイン!」
「退けって言ってるだろうが!殺されてぇのか!」
通りの騒ぎに店の中から慌ててフレッドが出てくる。
「ばかっ!逃げろ!アイン!刺されるぞ!?」
男と対峙しようとする自分に気付いたフレッドの叫び声は確かに聞こえていたけれど、神経は全て手に持った木刀と男に向いていた。
▼▼▼
「街で逃げるスリと遭遇しただと!?それでアイカは無事なのか!?アイカに内密につけていた護衛はどうした!?」
騎士団の建物の一番奥にある自室でグレンから報告を聞いたギルバートが、報告を聞くや椅子から立ち上がり、その勢いで座っていた椅子が背後にガタンと音を立てて倒れる。
騎士団とは別に、アイカには護衛が常についていた。それは騎士団の外だけでなく建物内部であっても数人の者たちが他の騎士たちに気づかれないよう警護する。
もちろんアイカの素性や目的は知らされていない。命令は護衛のみであり、必要外の接触もしない。
ギルバートが直々に選んだ腕に覚えのある者たちだ。
しかし、声を荒げるギルバートとは反対に、グレンは冷静さを崩さない。
「無事ですよ。今日はもう仕事は切り上げさせて離れの部屋で休むように言ってあります。スリも護衛の者が助けに入る前に、ナイフを振り回す相手をアイカが自ら撃退して捕らえたとのことです」
「アイカが!?」
信じられないとギルバートは目を見張る。
力を入れたら折れそうなあの細い腕でどうやって?
また何か力を使ったのか?
街中で力を使ったのならその力を周りに見られなかったか?
アイカが女神であると自分以外にバレはしなかったか?
思案するギルバートを他所に、グレンは報告を続ける。
「はい。美少女のような騎士見習いが、スリを鮮やかに捕らえたと街ではその話題で大盛り上がりらしいです。それでなくても荷物の配送で騎士団の馬車に乗っているアイカは街の者たちから噂されていましたからね。どこの貴族の子弟かと」
「そんな噂、俺は聞いていない。つまり、アイカに目をつけている男共が既にいるということか?だから俺は騎士団に入れるのは嫌だったんだ!」
憤慨するギルバートに、アイカは男しか入れない騎士団に入っているのだから、噂しているのは女性たちだろうとか、ギルバートがアイカの願いをかなえるために強引に騎士団に入団させたんだろうとかいうツッコミはグレンはしない。
それよりも優先的に報告すべき事があった。
「それはこれを機に騎士ごっこは危険だからもう辞めるよう促せばいいとして、ギルバート様はアイカに何か剣術は教えられましたか?」
「どういう意味だ?」
含みを持たせたグレンの問いに、荒ぶっていたギルバートはピタリと冷静さを取り戻し、グレンに振り返る。
「騎士団に入る前、ギルバート様自らアイカに礼儀作法を教えたことはすでに私も存じております。が、剣を扱う作法以外に何か手ほどきはされましたか?」
「いや。騎士団に入る上で剣の扱い方は教えたが、何があった」
「助けに入ろうとした護衛の者が見た限り、アイカは遥か東の国の剣術を操ったそうです」
グレンの冷たい灰色の瞳がアイカを疑っていることにギルバートは気づく。護衛たちだけでなくグレンやハロルドにもアイカの正体を伏せて無理を頼んだ負い目がある。
ギルバート自身、何故アイカが東の国の剣術を操ったのかは分からない。
そして剣術だけでなくグレンはあのダイヤモンドの原石をアイカが持っていたと考えているようだが、それは正確ではない。
アイカが炭から作り出したのだ。ギルバートの目の前で。その女神たる神の力で。
恐らくグレンの性格を考えれば、ギルバートが止めようとアイカの素性を調べようとしただろう。上司であり将軍でもあるギルバートの傍に、素性も知れない女が傍にいるなど普通に考えればあってはならないことだ。
だが、いくら調べようとアイカの素性が判明するはずがない。
アイカは女神であり、夜会が行われた満月の夜に生まれたのだから。
そして調べても調べても不明なことが、グレンの疑いを深めていく。グレンはギルバートの部下の中でも右腕とも呼べる腹心である。
アイカの素性を隠し続けることは、グレンのギルバートへ捧げられた忠誠に影を落すかもしれない。
アイカの正体をグレンだけには教えておくべきか?
しかしーーー
ギルバートの脳裏に、夜会の夜、満月が空に輝く池の中央で月光を浴び、この世に女神として具現したアイカの姿が思い浮かぶ。
今はまだーー
「………、わかった。覚えておく。アイカのところへ行く」
まだ教えるべきではないと口を閉ざし、自室を後にする。
「アイカ!聞いたぞ!?怪我はないか!?」
早くアイカの元に行きたいという流行る気持ちはあったが、まだ日も落ちていない夕方だ。誰に見られてもおかしくないため、遠回りして隠し通路からアイカの部屋へ入る。
「ギルバート?平気よ。怪我なんてしてないわ」
隠し通路から慌てた様子で現れたギルバートに、アイカはふわりと目元をほころばせた。部屋に用意された質素なテーブルと椅子。その椅子に上着を脱いで腰掛け、膝に乗せたココを撫でている。
グレンの報告通り、怪我をした様子はない。
「本当か?話を聞いたときは生きた心地がしなかった……本当に無事でよかった……」
「心配性なんだから」
アイカの無事な姿を見た途端、一気に力が抜けていき、テーブルの向かいの椅子に腰を下ろし深い溜息をつく。
今回は無事だからよかった。しかし次はどうだろう。そのまた次があれば?アイカは無事なのか?
常に自分がアイカの傍にいて守ってやれるわけじゃない。アイカが騎士団に入っている限りこの不安が消え去ることはなく、きっと心配で自分の方がもたないだろう。
「アイカ、その…」
「わたしね、とても楽しいわ。毎日休憩する時間もないくらい忙しくて、でも毎日初めて知ることばかりで、美味しいお店を騎士団のみんなが教えてくれたり、はじめての道を歩いてみたり。こんなこと、池にずっといたら知らなかったわ」
危険だからもう騎士はやめよう、安全な自分の屋敷に戻ろうと言いかけて、アイカの話に遮られる。ココを撫でながらしみじみと話す様子は騎士団に入ってからの日々を思い返しているのかもしれない。だが、まさかアイカが騎士団での生活を楽しいというのはギルバートにとって予想外だった。
報告では毎日倉庫の中で荷の確認をして、リストどおりに分配し、配達するだけの日々で、恐らくアイカが想像していただろう剣を振るような機会はなく、そろそろ現実の騎士団に飽きはじめたのではないかとこっそり期待していたのに。
まぁ、確かに池の中にいるだけじゃあ街を歩いたり、食べ物を買って食べたりはできないだろうな
生まれたばかりのアイカにとって王都アルバの街は見る物全てが目新しく、好奇心をかき立てられることだろう。
「ああ、そうだな……しかし、」
「ありがとうギルバート、私を騎士団に入れてくれて。私もっとみんなの役に立てるようお仕事がんばるわ」
「え?あ、俺も影ながら応援しているよ……」
真っ直ぐに自分を見て騎士団に入れてくれたことに礼を言うアイカに、危険だから騎士団はもうやめるべきだと言うタイミングを逃してしまう。
そして背後からギルバートの後を追ってやってきたらしいグレンの視線がとても痛かった。
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