第16話 急

ギルバートたちが襲われてから10日経った。

その事実は国のトップ層にのみ知らされ公にはされず、内密に伏せられた。代わりにグレンと数人の騎士達を連れて一度だけギルバート自ら街の見回りをした。

顔を出しての見回りはギルバートを一目でも見ようと街の者たちが通りに殺到したたため、かなり騒ぎになった。しかしこれでギルバートが生きていることが確実に敵に伝わっただろう。


「あれから敵も尻尾をだしませんね」


午後の休憩時間、ギルバートに淹れたばかりの紅茶をグレンは差し出す。

街の見回りを厳しくしたり、街の者たちに聞き込みをしたりしたが、めぼしい情報は得られていない。常日頃、冷静さを欠かさないグレンが珍しく焦りを滲ませている。


「あれは敵にとっても必ず俺を仕留められるという確信があったから尻尾を出した。今まで息を殺して潜んでいた用意周到な賊だ。橋の上、下は雪解け水が流れる冷えた川。アイカがいなければ俺たちは、まず間違いなく殺されていた」

「夜に雪解け水が流れた川に入れば、大の大人でも凍え死ぬ。なのに川に飛び込んだギルバート様が水死したという噂は全く立たず、街の見回りで以前と変らぬ姿を現した。敵も焦ったでしょう。目標を殺すことに失敗しただけでなく、自分たちが王都に潜んでいることを知られてしまった」


賊は何がどうなったのかキツネに抓まれたような心地だろう。グレンやギルバートと同じく、川が隆起し大きな口を開けて飲み込むところを見たはずだ。雪解けの川に落ちた自分たちを、賊の中にはこれで凍死すると喜んだ者もいただろう。

それが生きて平然と姿を現した悔しさはどれほどのものか。


次に敵はどうでる?また息を殺し街の奥深くに潜むか?

こちらに存在を気取られたのにあの大人数で?


隣国リアナに賊のことを問い合わせたところでシラを切るのが目に見えている。


「ヤツラ、すでに王都から脱出したと思いますか?王都の警備は厳しくなるのは必死です。ギルバート様の暗殺も難しくなりました。一時撤退してまた機を待つとか」

「そう簡単に諦めるような面をしていたか?」


グレンが淹れた紅茶に一口つけたギルバートの答えは冷ややかだ。切れ長の眼差しは戦争時よりさらに鋭さが増している。自身が狙われるだけでなく、アイカを巻き込んでしまった。

ギルバートとアイカが繋がっていることを知った敵は、アイカにも目をつけてくるだろう。

だからここまでギルバートは賊の捕縛および殲滅に拘っている。


花祭りの日に襲ってきた賊の顔を思い返せば、ギルバートの言うとおりだ。

あの目はギルバートの息の根を止めるまで、決して王都から逃げ出すことはない。


「……王都を火の海にするまで諦めないでしょうね」

「逃げ帰ったところで始末されるのがオチだ。ヤツラに帰る場所はない。死に物狂いで俺を狙ってくるぞ」

「申し訳ございません。忘れておりました。あの国はそういう国でしたね。失敗は死しか残されていない」


荒涼とした土地が多く、当然作物は育ちにくい。食料や水は乏しいが鉱山から出土する鉄をはじめとした武器開発が昔から盛んで、いつの日か軍事国家になりあがった。強い者であれば貴族としてなりあがることもできる。反面、一度の失敗であっても敗北は決してゆるされない非情の国だ。


「もう一度俺をエサにする。ただし、今度は事前に広場かどこかに告知をしておけ。日時や見回る通りの警護はまかせる」

「……かしこまりました」


事前告知で見回りなど危険すぎる。賊が狙っていると分かっていて、殺してくれと言っているようなものだ。常のギルバートならそんな危険は犯さない。そう言おうとした言葉を殺し、グレンはギルバートの命令に頷く。


焦っているのは自分だけではない。

もしかすると表情1つ変えないギルバートの方が、アイカを狙われ、何も賊の情報が得られず焦っているのかもしれないと、部屋を出ながら思った。



▼▼▼



「ギルバートが襲われたの!?」


街へ買い物へ出ていたメイドが、廊下で他のメイドたちと興奮気味に話している声が聞こえ、その話の中にギルバートの名前がでてきてアイカは廊下へ飛び出した。

毎日帰りが遅く、最近はゆっくり話もできていない。たまに朝、目が覚めると夜遅く帰ってきて気づかぬ間に自分のベッドへ入ってきたのか、眠るギルバートが隣にあった。賊が現れる前ならギルバートはアイカが目を覚ますより先に起きているか、身じろぎに気づいてすぐに起きていた。

けれど最近のギルバートは自分が起きてもピクリともせず深い眠りに入っている。肉体だけでなく精神的にもだいぶ疲れているようだった。


街での噂をさっそく他の者たちに話していたメイドは部屋から出てきて話をせがむアイカに戸惑いつつ、自分が伝え聞いた話をアイカにも話す。


「まだ調査中だそうです。昼間、荷を引いていた馬がいきなり暴走し、街の見回りをされていたギルバート様の列に飛び込んだそうでございます。ギルバート様が乗られていた馬もそれで驚き跳ねたそうでございますが、ただ……」

「ただ?教えて!まさかギルバートは怪我をしたの!?」

「暴走した馬が引いていた荷が家に衝突して大破した際、通りにいた子供を庇ってギルバート様がお怪我をされたそうでございま、お嬢様!どちらへ!?」


話を聞き終わるより先に、アイカは踵を返し走りだしていた。


ギルバートが怪我をした。

今のギルバートは賊が命を狙っている。

そんな時期に、見回り中の列に突然暴走した馬が突っ込むなど偶然にしては出来すぎている。


走りながらドレスの裾が地に落ちていた枝などに引っかかり破れてしまうのも気に留めない。


「アイカ!どこにいく気!?」


屋敷を飛び出したアイカに気づいたココがすぐに後を追ってきた。


「怪我をしたって言ってたわ!」

「まさかギルバートのところに!?」


花祭りの夜のことが思い出され、とてもグランディ邸の部屋でゆっくりしているなんて出来ない。ギルバートが強いことは知っている。騎士団に入っていたときに、オリバーやフレッドたちからどれほどギルバートが剣に優れ、強いのか聞かされている。

しかしどんなに強くても花祭りの夜のように大勢に囲まれてしまったら、歯が立たず殺されてしまうかもしれない。

そう考えた瞬間いてもたってもいられなかった。


庭に流れる小川は前にギルバートの姿を映してくれた。


「お願い!私をギルバートのところへ連れて行って!」


強く、強く願う。ギルバートのもとへ行きたい。ギルバートがいなくなってしまったら心が張り裂けてしまう。


私、ギルバートのことが本当に好きだったんだわ

でも彼の強すぎる愛情が怖くて、臆病になって、彼の優しさに甘えて逃げて……どうしてちゃんと好きって言わなかったんだろう

なぜ自分もギルバートのことを愛してるって、言ってあげなかったんだろう


小川のせせらぎの音が遠くに消えてゆき、変わりに川が流れる波間の音に変る。

目を開いたそこは、騎士団の建物に最も近い川の橋下だった。

昼間でもさすがに橋の真下に人はほとんどいない。まわりに誰もおらず見られていないことを確認してから、階段を駆け上がり真っ直ぐに騎士団の建物へ走った。


「待てってアイカ!その姿で騎士団の建物に入ったらさすがにヤバイよ!」


同じように小川にグランディ邸から運んで貰ったのだろうココの一言に、ハッと我に返る。今の自分は見習い騎士の格好ではなく、煌びやかなドレスを着ている。

通りを行き交う者たちも、共もなくドレスを着た自分を何事かと此方に視線が集まっていた。それに騎士団に男として入っていた自分が、ドレスを着て現れたら皆驚いてしまうだろう。


「じゃあ、どうすれば……」


中にいるだろうギルバードの容態を聞けるだろう?


「え?あ?アイン?アインなのか?お前田舎に帰ったんじゃ…、って何でドレスなんか着てんだ?」


懐かしい名前を呼ばれて振り返る。そこには配達を終えたらしいフレッドがドレス姿の自分を目をぱちくり開き、騎士団にちょうど戻ってきたところだった。

すぐさまフレッドに駆け寄り、


「お願いフレッド教えて!ギルバートが怪我をしたって聞いたの!彼は無事なの?怪我は大丈夫なの!?」

「ギルバート様?ギルバート様なら頭を少し打っただけで特に傷が深いわけじゃねぇよ。それよりお前、ギルバート様を呼び捨てなんかして」

「良かった…無事なのね…。本当によかった……」


ギルバートの容態を聞いたとたんに安堵で身体から一気に力が抜けていく。小川でギルバートの姿を映してもらっても声は聞こえない。どれほどの傷なのかわからない。

直接会ってはいないけれど、知り合いでもあるフレッドの口からその容態が聞けると聞けないでは天と地の差があった。


「大丈夫か?本当に心配してたんだな。だが大丈夫だ、安心しろ」


馬車から降りて来たフレッドに頭をなでられて、ようやくそこで自分が泣いていたのだと知る。

ギルバートの怪我を知ってからフレッドと話をするまで本当に生きた心地がしなかった。


「……なんか事情があるようだし、俺の荷馬車の後ろに隠れて騎士団はいるか?なんならグレン様にもこっそり声かけるぜ?」

「ううん。もう大丈夫。ありがとうフレッド」


流れた涙を袖で拭う。


「ギルバートが無事ならいいの。お屋敷に戻るわ」


フレッドの気遣いに礼を言って、泣いてしまった顔を袖で隠しながら橋下へと元来た道を戻る。ギルバートの無事さえ分かればもう大丈夫だ。

グランディ邸に戻って彼の帰りを大人しく待とう。


橋の下まできて、そっとしゃがみこむ。

今頃、自分を警護していた者たちが血相をかかえて自分を探していることだろう。彼らにも急にいなくなってしまったことを謝らなければ。


そして今晩は眠らずずっと起きてギルバートが帰ってくるのを待ち、そして伝えるのだ。

自分の気持ちを。


大好きよ、ギルバート


しかし、首裏にトンと痛みを感じた瞬間、アイカの意識は遠のいていった。


「シャーーーー!!!」


橋下に積み重なっていた建物から2人の男が現れ、意識を失ったアイカの傍に立つ。そんな男たち2人にココは全身の毛を逆立てて威嚇していた。


「なんだこの猫。そういえばあの夜も変な猫がいたな」

「猫なんか構うな。それより大収穫だ。馬を暴れさせただけで獲物を誘い出すかっこうのエサが向こうからやってきたぞ」

「ちがいねぇ。さっさと連れて行こうぜ」


男の1人が気を失ったアイカを抱え、近くにあった空箱の中にその身体を入れて蓋をする。

男たちは2人とも見かけは商人風の格好をし、橋上に置いていた荷車へまるで商品を扱うかのようにアイカが中に入っている箱を乗せ消えていった。

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