第17話 眠る宝石

事前に告知したギルバートの見回りは、グレンの予見通り一種のお祭り状態になった。見回り予定の通りは、一目ギルバートを見ようという人々で溢れ、通りの2階から花びらを撒く者もいた。ギルバートの名前を叫んだり賞賛する声は至る場所からあがり、ギルバートの王都での人気を如実に物語る。

その最中、通りに通じている小道に停めてあった馬車が突然ギルバートの見回りの列に乱入した。それまで大人しく草を食んでいた馬がいきなり暴走したのだと、馬車の持ち主は頭を床に擦りつけるような勢いで涙ながらに訴えた。


恐らく馬の持ち主は本当のことを言っているだろう。

馬が突然暴走するのは草むらから蛇がでてきたり、足元にネズミがうろついていたりと、些細なことで馬は稀に暴走する。街中でも全くありえない話ではない。


ギルバートの額には大事をとって包帯が巻かれている。本人は傷は浅い、大袈裟だと拒んだが、周りのしつこさに折れたような包帯だった。暴走した馬から逃げようとした人々の中で、転んで逃げ遅れた子供をギルバートが庇った時に、馬が引いていた馬車の角がわずかに額を掠めた。

当然、ギルバートの見回りはそこで中止になる。


「俺がエサでも、そう簡単に現れないか。街の者に被害が出なかったのが不幸中の幸いかもしれん」


手当てを終えたギルバートは、騎士団の建物に戻り自室で机の上に広げられた王都アルバの地図を見下ろしている。

いくらギルバートがエサであろうと、賊が昼間から堂々と現れてくれるなど考えてはいない。しかし何らかの罠をしかけてくるかもしれないと、軍の諜報部隊を集まった民衆に紛れさせ、不審な行動を取る者がいないか探らせていたのに疑わしき者は見つけられないまま、馬は暴走した。


証拠は見つからなくても、馬の暴走は十中八九、賊が絡んでいる。

なのに尻尾を掴めず、苛立ちだけが増す。


そこに、コンコンとノックをしてから部屋にグレンが入ってくる。

すぐにグレンの表情が強張っていることにギルバートは気づいた。


賊の情報を何か掴んだのか?


けれども、グレンの報告にギルバートは目を見開き、地図を指していたペンをへし折っていた。


「ギルバート様、アイカの行方がわかりません」

「………どういうことだ?警護兵は何をしていた!!」


ドンッ!と、激しくギルバートは立ち上がり机をこぶしで叩き付けた。ギルバートが激昂するのを見越していたように、驚くことなくなおも静かな声でグレンは報告を続ける。


「いつものようにアイカを警護していたそうです。しかし、突然屋敷を飛び出し庭園にある小川のところで忽然と姿が消えたと申しております。ちなみに猫も一緒に消えたとの事です。現在探索範囲をグランディ邸から広げ行方を捜しているそうですが、手がかりは見つかっておりません」


普通に考えれば、警護対象が小川でいきなり消えたなんて馬鹿げた報告など、取り合いもしなかっただろう。だが、アイカが消えたとなれば話は異なる。

考えるのは川に飛び込んでグランディ邸の噴水に出た時と逆で、恐らくグランディ邸の庭の小川を使いアイカはどこかへ向ったのだ。猫のココも一緒に消えたとなれば、その線が最も確率が高い。少し離れた場所から警護していた者たちにアイカを追うことは不可能だったろう。


どこへ行った!?何故屋敷を飛び出した!?

この危険な時期に1人で出歩くなど危険すぎる!


怒りで握りこんだ右手は震えつつ、椅子にまたゆらりとした動きで腰かける。

賊の情報について何も得られぬまま、アイカまで行方が分からなくなった。

なんという不甲斐なさだ。


「アイカを探せ。騎士団でも出せる人数は出せるだけ出してかまわん」

「はい。すぐに捜索いたします」


一礼しグレンは部屋を出る。とたんに深い溜息が出た。

アイカの行方がわからなくなったとの報告を受けたとき、グレンはそれをギルバートに報告すべきか迷った。昼間の見回りでも賊について何の情報も得られず、ギルバートは焦っている筈だ。そこにアイカの行方まで分からなくなったとなれば、冷静さを失い自ら捜索すると言い出さないか不安だったのだ。


当然ギルバートはアイカを自ら探しに行きたかったはずだ。しかしそれを自制し、部下にアイカ捜索を命じた。上に立つ者としての判断を選んでくれたことに、グレンはほっと安堵した。もしギルバート自ら捜索に馬を走らせたら、それこそ賊にとってギルバートを殺すチャンスになる。


「失礼致します。第2騎士団所属のフレッド・ガルシアです」


これからアイカ捜索の編成を行おうと考えていた矢先、ギルバートの部屋から出てくるのを待っていたかのように廊下で声をかけられてグレンの足が泊まる。


「なんだ」

「言おうか迷ったのですが、やっぱりグレン様にはお伝えしたほうがよいかと思いました」

「さっさと要件を言え」


優先すべきことは他にあるのだ。

苛立ちを滲ませたグレンにフレッドはびくっとしつつ、昼間の出来事を伝える。

田舎に帰ったはずなのにアインがドレスを着ていたのか分からないが、アインの心配した様子からグレンに一言だけでも報告しておいたほうがいいと思ったからだ。それに男のはずのアインがドレスを着ていたというのも、他の誰かに言いにくい。


「田舎に帰ったはずのアインに会いました」

「何だと?」

「ドレスを着てたり髪も結っていたのですがアインに間違いありません」

「いつだ!?どこで会った!?」


苛立っていたグレンがいきなり自分の話に食いついてきて、フレッドは驚きで思わず一歩引いてしまった。

いつもグレンは副将軍兼補佐としてギルバートの数歩後ろで冷静沈着な姿しか見たことがない。そのグレンが声を荒げるところをフレッドははじめて見たかもしれない。グレンの勢いに押されながら、昼間の出来事を思い出しつつ報告を続ける。


「え、えっと、配達戻って来た時なので二時間くらい前にこの建物近くであります!ギルバート様が昼間の見回りでお怪我されたのを非常に心配した様子でありました!それとなぜかドレスを着てました!」


男にしておくのが勿体ないくらいドレス姿が似合っていた、ということまでは黙っておき額に脂汗が浮かべ一息に報告する。こうして雲の上のグレンに報告すること自体、フレッドにとっては初めての体験だった。グレンにとってはあまり重要な報告ではないだろうと思っていたのに、


グレン様がこんなに血相変えるなんて何したんだよアイン!


グレンとは騎士団に入るための便宜を図ってもらっただけで、遠縁だからそんなに親しくないと言っていたじゃないか!と内心愚痴を垂れる。

そうしているうちに何やら考えこんでいたグレンが、クイとフレッドを手招きした。


「………そういうことか…付いて来い。その話をギルバート将軍に詳しく説明しろ」

「はっ!え!?ギルバート将軍!?」


これで報告は終わったと考えていたフレッドに、想像のはるか斜め上の名前が出てきて目を見開く。聞き間違えでなければグレンはギルバートに報告しろと言った。


「何をしている。さっさと来い」


動揺するフレッドを置いて、足早にグレンはまたギルバートの部屋へと戻っている。


俺がギルバート将軍に報告!?うそだろ!?


グレンに報告すること自体初めてだったのに、次はギルバートへ直接報告と頭の中が真っ白になった。



▼▼▼



すでに日は完全に落ち、外は夜の闇に包まれていた。


武器倉庫に運び込んだ木箱の蓋をそっと開ける。そこには男たちが持つ松明が照らす薄暗い光でも判別できるほど見事な銀糸の髪が散らばっていた。

美しいドレスは、見る者が見れば衣装職人に特別に作られた特注品だと一目で分かる。生地、刺繍、レース、どれも最高級のものが使用されている。

一着でもとんでもない額になるだろう。そんなドレスを街中で着て、汚れるのも構わず駆けていた少女の顔にかかっている髪をよけてやった。


透けるような白肌はシミ1つ見当たらない。細い首はリアナの戦士の手にかかれば簡単にへし折れる。

夢のように美しい気を失った少女が一度目を覚ませば、金色の瞳が世界を映すだろう。


「まるで生きた宝石のような少女だね。ギルバートの恋人は」


フードを被った男は木箱に納められたアイカをそう称した。

花祭りを少女がギルバートと共に楽しみ、襲撃に失敗した日からグランディ邸に匿い、厳重な警護を敷いていたことからしても、少女がギルバートにとって大事な者であることは見てとれる。


男の周囲には4人の屈強な男たちがいた。服装こそ商人のものだが、袖口から見える傷跡や太い指は金勘定ではなく重い鉄を振り回すことで鍛えられたものである。


「男装してまでなぜ騎士団に入っていたのかまでは分からないけれど、それは重要ではない。キミがギルバートを誘い出す最高のエサだということ以外は」

「縛り上げておきましょう。」

「やめろ。檻に入れるだけにしておけ」

「いいんですか?起きて騒がれたら面倒ですよ」

「地下でいくら喚こうや周囲は武器庫だけだ。俺たち以外だれもいない。それにその白肌に縄が食い込んで傷でもついたら商品価値が下がる」

「なるほど」


納得し、男たちはさっそく倉庫の奥から動物を入れておくための檻を引っ張り出し、木箱の中から少女を取り出し檻に入れる。その間際、懐から出した手ぬぐいに内ポケットから出した小瓶の液を数滴垂らし少女に嗅がせる。


睡眠薬だ。確かに大声を出されても地下ではその声はほとんど聞こえないだろう。しかし暴れて変に身体に傷がついては、フードをかぶった男が言うように商品価値が下がってしまう。

これだけの美しさだ。リアナの少女趣味の金持ちたちが喜んで金貨を積むだろう。

そして扉にかけられる大きな鍵。鉄の剣や斧でも壊せない特注品だ。


男たちが地下倉庫から出て行けば、地下の換気用の小窓だけが外の小さな灯りを室内に点す。その小窓も格子がはめ込まれ子供であっても通りぬけることはできない。その僅かな隙間を通り抜け、静まりかえった倉庫内に降り立つ。


「アイカ!アイカ!起きて!逃げるんだ!」


何度声をかけても頬を舐めてもアイカはぴくりともせず深い眠りに落ちている。その特有のにおいがココの鼻をつく。睡眠薬を嗅がされたのだとわかる。

どれくらいの濃さの睡眠薬を嗅がされたのか分からないが、朝になっても目が覚めるかは微妙なところだろう。それに目覚めても睡眠薬の後遺症で頭がぼーっとしてまともに動けない可能性もあった。


早く逃げ出さなくては。

アイカは動けない。

猫の自分ではアイカを眠るアイカを連れてここから逃げるのは不可能。


となると助けを呼ぶしかなくなる。


「あんまりこういう手は使いたくないけど、今はそうも言っていられないか。ボク、あんまりスキじゃないんだよねアイツ」」


女神としてアイカが生まれた瞬間に偶然にも居合わせた人間。

まだ何もしらない女神に愛を囁き、腕の中に囲い込んだ男。


ギルバートのアイカに寄せる愛情は嘘偽りなく本物のようだし、アイカもまんざらではないみたいなので、猫の自分がとやかく言うことではないと見てみぬふりをすることにしているが、気に入らないのは変らない。


「アイカに変なことばっかり教えるし」


人間はやっぱりよく分からない。


眠るアイカの右手に鼻先を寄せる。

そして指を噛み傷をつけてしまいないよう気をつけながら中指にはまった指輪を咥えた。

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