第41話 パーティーの裏事情

「今度、ラグナであるディアーノの歓迎パーティーに私もパートナーとして出席することになったのだけれど、人間のパーティーに出るのは初めてで心許ないの。最初の少しだけでいいからアイカも一緒に出てもらえないかしら?」


 神妙な表情のゼシルに相談されて、アイカは渋々ではあったがギルバートと共に歓迎パーティーに出席することを決めた。


 初めてのパーティーで知り合いが1人もいないのは本当に心許ないものよね。

 私も前の祝賀パーティーの時は不安でたまらなかったもの。

 

 ゼシルの場合は人間ですらない。それなのに沢山の人が集まる場にいくとなればゼシルが不安になっても仕方ない。

 それに今回は王都中の貴族が集まる王宮でのパーティーではなく、ラグナ周辺貴族を招いての歓迎パーティーであるため、人数はそこまで多くはないという。王宮でのパーティーはギルバートの勲章授与やプロポーズを別として、アイカの中であまりいい思い出とはいえなかった。

 

 そうして出席した歓迎パーティー。


 ギルバートのパートナーとしてアイカ。ディアーノのパートナーとしてゼシルがそれぞれ煌びやかなドレスを纏い、美しく飾り立てられ、人に在らざる美しさで集まった出席者たちを圧倒することになった。


 アイカの噂は既に王都から届いていても、月の儚さを漂わせた清純な美しさは、それが動いて息をしていることすら奇跡に思える。ギルバートが常にアイカを気遣う様子からして、妻として向かえるつもりなのだという噂は真実なのだろうと出席者たちは考えた。


 そしてゼシルの方も、青銀色の髪に合わせたような群青色のシルクのドレスを着て、胸元には幾重にも重ねられた真珠のネックレス。凛として冷たく人を寄せ付けない美しさなのに、魅入ってしまって視線をそらせない。

 エメラルドグリーンの瞳は穏やかだったが、その瞳の奥に激情を秘めている強い光があった。

 まるで波風のない海と、嵐の海。その2面性を映したような美しさだった。


 そして事前の打ち合わせどおり、ギルバートがパーティーのはじめの挨拶をした後、会場を後にするとき、参加者に取り囲まれないようにと騎士たちがまわりを囲んで警護をしていたのと、アイカが意図せず口元を抑えてしまった仕草が、別の誤解を生み、今度はその噂が王都にまで広まっていくのである。





 続々と届けられる品々を険しい眼差しで見下ろし、ギルバートは頭痛のする頭を押さえてグレンに問いかけた。

グレンが答える前から、なんと返されるかわかっている。わかってるが訊ねずにはいられない。


「どうする?」

「どうにもなりませんよ。アイカの身体に入っていたゼシルがああも堂々と街を出歩いてしまいましたし、私たちも仕方なかったとはいえゼシルの後ろに控えていましたから。あれでは此方からアイカを見せびらかしていると受け取られても当然です。逆に、正式な告知が出るまでは静観していようと考えていた者たちまで、贈り物や機嫌伺いに挨拶しに来たほうがいいのかと焦っているでしょうね」


 どうやっても言い逃れはできません、と言い切るグレンに、ギルバートはハァと大きな溜息が漏れた。分かっていたとはいえ、想像通りの回答だ。


 毎年ギルバートがラグナに戻るのに合わせて周辺貴族たちの交流を兼ねて、滞在終盤に社交パーティーを開いていた。ラグナ領の見回りも同然するが、常日頃ラグナで暮らしている者たちの話を聞くことは欠かせない。もちろん貴族たちもギルバートが領地見回りで戻るたびに社交パーティーがあることは例年行事になっているので、予定を合わせているだろう。

 

 特に祝賀パーティーで、ギルバートのパートナーとして出席したアイカをラグナに伴っているのであれば、当然今回のラグナでも出席すると考えて来る。出席しなければ、なぜラグナでのパーティーには顔を出さないのかと不満に思うだろう。


「だが、アイカにその記憶はない。記憶もないのにパーティーに出てくれると思うか?ラグナの祝賀パーティーですら、周りに気圧されたというか、あんな目に合ってもう二度と出ないと言って部屋に閉じこもってしまったのに……」


 ギルバートが思い出しても、初めて出席する公式な祝賀パーティーでアイカに集まる注目は予想を超えるものがあった。マリアが社交デビューし始めたばかりの頃は何度かギルバートがパートナーとして出席したことはあった。

 しかしそれ以外は常にぼっち出席だったのに、初めて女性の手を取り出席したことが、他に出席者たちの注目を集めてしまった。


 ギルバートと結婚するとなれば、その女性は自然と王妃となる。注目するなというほが無理があるのはギルバートも分かっているが、どうにかアイカに一言でも挨拶をと願い出る貴族たちの多さには、さすがに考えが甘かったと後悔した。

 ギルバートが全て対応し、「まだパーティーに出たのも初めてで緊張しているから」と断っていても、自分を取り囲む者たちに笑顔をつくるどころか完全に固まっていた。

 緊張しながら初めてパーティーに出席した者に、あれは酷だ。

 

 あわよくばこれを機に、少しつづでいいからパーティーの場に慣れてくれて、たまにでいいから一緒に出席できるようになればと思っていたが、俺の考えは甘すぎたな。

 祝賀パーティー自体は俺の功労を讃えるものだったが、主役は完全にアイカになってしまった。


 グレンも出席していてその様子は知っているので、無責任にアイカにパーティーへ出席しろなんて軽々しく言わない。ラグナはアルバと違って貴族の絶対数は少ないが、貴族が集まるパーティーというだけでアイカは拒否反応を示すだろうことは想像に容易い。


「言い出す前から部屋に閉じ篭られそうだ……」

「ほんの少し、ギルバート様が最初の挨拶するときだけ出て、あとは気分が悪くなったということにして退出するというのはどうでしょう?それこそ初めてのラグナで疲れてしまったということにして」

「それで納得すると思うか?街をあれほど散策しておいて、いざパーティーになったら気分が悪くなったと?」


 気分が悪くなるのは100歩譲るとして、ゼシルが街を散策しただけではない話で、ラグナの街は持ちきりになっていた。

朝陽がのぼり始めた早朝に、海の中から突然現れたクリスタルの船。まだ早朝だったため港に住む者たちに見られた数は多くはなかったが、ギルバートの連れていた騎士たちだけでなくディアーノが連れていたイエニの護衛たちは最初から最後まで見てしまっている。

 

 俺が連れていた騎士団はどうにかなるにしても、ディアーノ王子の方がな……。


 幸い船は魂が全て解放されたあと、アイカの力が消えたとたんに海に沈んで証拠はないが、証拠がないならないで逆に人の噂は膨らむものだ。


 非現実離れした光景を目撃してしまい、激しく混乱したであろうことは想像に難い。緘口令を敷いたとしても無駄だろう。騎士団長のレオナルド含めた騎士たちにギルバートが説明した時もひと悶着あったのだから。


 そして、案の定ラグナの街はクリスタルの船の噂で持ちきりになっている。そして、ハリーが話していた、ラグナに伝わる遠い昔に嵐で沈んだ船が戻ってきたのでは?と真実に近い話まで出てきているらしい。

 朽ちた船と精霊の女王が彫られた船首像、そしてラグナ中の船に守り神として奉られている女神像と同じ容姿のゼシルの出現という3つが揃っていれば、噂が立つのもしかたいがーー、


「納得してもらうしかありません。前回の反省を踏まえて、アイカが取り囲まれないよう衛兵を会場に少し配置しておきましょう。ディアーノ王子も出席するので、衛兵が立っているのはその護衛の為ということにしておけば波風は立ちません」

「俺はまたアイカを拝み倒すんだな?」

「全てはギルバート様にかかっております」

「………」


 下手をすればアイカに深いトラウマが出来て、二度とパーティーには出ないと言い出しかねない。それもあってアイカを男装させて見習い騎士として、こっそり騎士団に紛れこませたのだ。

 腕を組み、ギルバートが唸っていると、


「私が話すわ」


 いつの間にいたのか、ゼシルが後ろに立っていた。朽ちた船がラグナに戻ったのだから、用が済めばどこかに行ってしまうだろうと考えていたが、どうもアイカがラグナにいる間は留まるつもりらしい。


「パーティー出席の説得だぞ?」

「気まぐれよ。それと一度だけだから」


 ゼシルはくれぐれも勘違いをしないでほしいと念押しする。人間の悩みを聞くのは精霊の女王の仕事ではない。


 でもこの人間がいなかったら、アイカは海底から船で還る方角は分からず、まだ海の中を宛ても無く漂っていたかもしれない。

 自覚はないみたいだけど、この人間もまた私の願いを叶えるために欠かせなかった。

 身の程も知らずに女神を手を出し、私に対しても礼な人間ではあるけれど、私が人に貸しを作ったままというのは気持ち悪いものね。

 

 だから一度だけ手をかしてやることにする。それ以降は頭を地面に擦り付けようと、ゼシルの知るところではない。


「まぁ、一度だけでも気まぐれを起こしてくれるならありがたいが、本当にいいのか?」

「私は一度言ったことは必ず守るわ。すぐに約束を破る人間と同じにしないでちょうだい」


 ギルバートが念のために確認をとれば、人間らしい下らない質問ね、と付け足して踵を返しゼシルはアイカがいる部屋へと行ってしまう。

  

 残されたギルバートはこぶしを握りしめぐっと堪えていた。

 人間と精霊の女王。多少容姿は似ていても、思考や価値観、感覚全てが異なっていて、むしろ人間たちと親しくしているアイカの方が珍しいのだとココから聞いていても、腹が立つのは抑えきれない。


「よくぞ堪えて下さいました。アルバに戻れば二度とゼシルに会うことはないでしょう」


 どうにもゼシルは一言多いとグレンは思う。しかし会話を思い返してみると、ゼシルにしてみてもギルバートは一言多かったのかもしれない。

 ゼシルが「私が話す」と言っている時点で有言実行であるなら、確認を取るというギルバートの行為はゼシルの行為を疑っていると受け取られてしまったと考えられる。

 

 正真正銘の精霊の女王だ。

 そのゼシルに人間のパーティーに出席するようアイカを説得するなんて雑用紛いのことをさせていいものかギルバート様が悩んだのは分かる。

 もうこれは感覚差であって、相手を思いやるとかいう問題ではないのだろうな。

 こちら側がいくらゼシルに合わせようとしても、ゼシル側にその気が全くないのでは、どうしようもない。


「今回はアイカ説得を代わってくれるから我慢するが、俺はゼシルとは一生相容れることはないと断言できるぞ」

「自分もです」


 ギルバートに賛同しつつ、そもそもの元を辿れば、人間の身で女神に手に入れようとした時点でギルバートの自業自得なのでは?とグレンはこっそり思った。








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