第22話 祝賀パーティー

王宮で祝賀のパーティーが開かれる日程が決まってから、王宮は準備で召使たちをはじめ護衛の騎士たちまで大露だった。貴族たちだけが集まって踊る夜会やパーティーではない。国の王自らが主催するパーティーなのだ。

国中の貴族が集まり、王に挨拶し、国への忠誠を誓う。

そして祝賀の主役は、一ヶ月前に王都に潜入していた賊を一網打尽にしたギルバート・エル・グランディである。国王セルゲイより直々にまた功労を称えられ勲章を授けられることだろう。


しかも、今回は賊を捕縛しただけでなく、不可思議な現象が王都アルバを包みこんだことも話題になっている。

賊を取り囲んでいる最中に巨大なダイヤモンドの結晶が街中に突然出現したのだ。街の建物の屋根を超えるものから、花壇の脇から生えた小さなものまで、夕日の光を受けて輝く様は宝石の世界に包まれたような神秘的な光景だった。

結晶は淡い光を散らしながらすぐに消えてしまったけれど、街中の全員がその目撃者だ。


そして賊の捕縛でも、賊に捕らえられていた美しい少女をギルバートが賊の首領との一対一の決闘で勝利し救い出したというロマンチックな話も華を添えた。ダイヤモンドの結晶が出現したとき祈る少女が淡い光に包まれていて、ダイヤモンドを出現させたのはその少女ではないかという噂もあったが、件の少女の身元は知れず噂の真偽は知れない。


しかし、少しずつ噂は広がっていく。

グランディ邸にギルバートがそれはそれは美しい少女を連れ帰り、大事に世話をさせていると。


王宮でのパーティ当日。

今回の祝賀パーティは広間で王からの言葉とギルバートへの勲章授与。それが終われば、別会場での宴会の流れになっている。


だが、、集まった貴族たちの話題はギルバートがセルゲイから栄誉を賜ることもだが、噂の少女をパートナーとして連れてくるのでは?という話題の方が占めていた。

前の戦争が終わったときの祝賀パーティーでもギルバートはパートナーを伴わず出席した。本来なら王が出席する公式なパーティーでパートナーを伴わないのはマナー違反とされる。しかしギルバートの場合は自分がパートナーとして連れてくる相手がどういうものなのか、その意味を分かっていてのことなので、誰も咎めはしなかった。


ずっと特定の相手を作らなかったギルバートゆえに、興味関心は否応なく高まる。

もしかすると、今日のパーティーに噂の少女をパートナーとして伴い出席するのではと。


招待された貴族たちが次々と王宮のパーティー会場へ入っていく。国のパーティーに出席できることが貴族としての誉。

男はテイルコートの宮廷衣装も最新のデザインのものをとりよせ、女たちは誰よりも美しくならんとドレスを新調し煌びやかな宝石を身に付け、その気合の入れようは並々ならないものがあった。


広間の至る場所に女性たちの集まりができ、扇で口元を隠していても、その瞳の好奇心の光は消せない。


「ねぇ、あの噂はもうお聞きになりまして?」

「噂というのはギルバート将軍の?」

「もちろんですわ。いったいどちらのご令嬢がギルバート様のお心をお射止めになったのかしら?」

「将軍はずっと特定の女性をつくるのを避けていらっしゃったでしょう?もしかすると他国の国の方ではないかしら?」


自分がギルバートに選ばれなかったのは確定である。そうなれば次は他より先にギルバートの心を射止めた相手と親しくなっておかなくてはならない。もしその相手が本当にギルバートと結婚した時、必然この国の王妃となるのだ。

王宮へお茶会に招かれることは貴族の婦人として計り知れないステータスになるため、既に婦人方の水面下の情報戦は始まっていた。


広間に招待された貴族・騎士たちの大多数がだいたい揃った頃、入り口から入って来た2人にそれまでのお喋りを忘れて皆息を呑んだ。それまでのザワツキがピタリと止んで広間が静寂に包まれる。


夜会に着ていた将軍としての軍服正装ではなく、他の貴族たちと同じ艶やかな黒地のテールコートを上に宮廷服を着込んだギルバート。トレードマークのような鮮やかな赤い髪はオールバックにされ、ひと房だけ前に流されている。

手には礼壮用の白手袋がはめられ、細く白い手を恭しくエスコートする。


月の白い光が寄せ集まって人の姿をとったような美しい女性。薄いピンクを帯びた銀の髪に、濃い金色の瞳は髪と同じ銀の長い睫で縁取られている。スッと通った形のよい鼻梁に、赤く小さな唇。

緊張しているのかその瞳は俯きがちに細められ、透き通るように白い肌はわずかに青褪めているようだ。15、6くらいの歳頃という噂だったが、実際はそれより3,4歳上に見える。


そんなパートナーにギルバートはぴたりと身体を寄せて、エスコートするその瞳は見たこともないほど穏やかだ。


そして目を引いたのは、ギルバートがエスコートする女性のその胸元に輝く大きなダイヤモンドのネックレスだった。見たことも無いような大きさの透明なダイヤモンドをトップにして、リーフ型やシズク型の小粒のダイヤが金の金具で縁取り、レース模様にあしらわれたチェーン部分も全て最高クラスのダイヤが敷き詰められていた。

アップにしてある髪も小さめのダイヤモンドをピンで留めているのか、常に光を反射し輝き、金銀の繊細な刺繍が施されている金色のドレスのレースも同様だ。


ネックレスや指輪ではないアクセサリーなどで使われる比較的安価なクリスタルガラスとは異なる別格の輝き。本物を知っている貴族だからこそ分かる、最高級の輝き。

これだけの贅を惜しみなく尽くしたドレスと宝飾品。金に換算するのも恐ろしい。また、それをパートナーに用意できるギルバートの圧倒的財力を見せ付けられた心地だった。


そんな2人の登場を、冷静に観察しているのはギルバートたちに続いて広間に入ったグレンだ。グレンも特定の相手がいないため、妹のクレアをパートナーとして今回の祝賀パーティーに出席した。


こうなるだろうとは思っていたが、本当になるとはな。

自分ですらこのアイカを見たときは息を呑んだ。


グランディ邸で王宮へ行く前にギルバートたちと一度合流したとき、部屋から現れたアイカを見たグレンも、あまりの美しさに言葉を失ったのだから、他の者をとやかく言う資格はない。

元からアイカの美貌は美しい淑女たちを見慣れたグレンであっても目も見張るものがあったのに、パーティー用に着飾ったアイカの美しさは、まさに女神そのものだった。


着飾ったアイカに、メイドたちがパーティーの途中で着崩れなど起こさないか髪のヘアセットや扇の最終チェックをしているのを、準備を済ませたギルバートと待ちながら話しかける。


「よくアイカにパーティー出席を承諾させましたね。あんなに嫌がっていたのに」


祝賀パーティーが迫った数日前まで、アイカは頑としてギルバートのパートナーとしてパーティー出席を拒んでいた。


「パーティに私が出席!?そんなの絶対無理!王宮なんて行った事も見たこともないのに!」

「俺がまた教えるしエスコートするから」

「緊張してドレスの裾を踏んで転ぶもの!」

「俺が必ず支えて見せる」

「フォークもナイフも、グラスだって落として割っちゃう!」

「料理は全く手をつけなくても構わないし、食べたいものがあれば全部俺が食べさせてあげるから」

「ダンスも全然踊れないわ!」

「ダンスを申し込まれたら俺の後ろに隠れていい。むしろそんな男は俺が二度と近づかないように排除する。だからアイカは俺の隣にいるだけで」

「嫌なものは嫌なの!」


バンっとギルバートを部屋の外に追い出して、扉にはガチャと内側から鍵がかけられてしまう。これがグレンの最終記憶で、この様子であれば今回もギルバートはぼっち出席かなと考えていたのだ。

なのに、ギルバートが何をどう説得したのかアイカはパーティー用のドレスを着ている。しかも間違いなく今日のパーティーで誰よりも美しく、鮮烈な社交デビューを果たすだろうことは確実だ。


その説得方法を知れるものなら知りたいと誰でも思うだろう。

思わずアイカに見蕩れてしまったグレンの様子にまんざらでもないらしいギルバートが、腕を組みながらニヤリと笑み、自信に溢れた顔で、


「今回出席して伯父上に一度会わせておけば、しばらく何も言われないだろう。そのまま俺が王になれば体調不良とか言って適当に出席を誤魔化しておけばいい。兎に角一回だけだとひたすら拝み倒した」

「いや、そんなドヤ顔で言われましても……」


なんと返したらいいか困ってしまう。


拝み倒した……。国の将軍が、次期国王が、女性を拝み倒したのか……。

ちょっと前までは自分がまわりから夜会に出ろと泣きつかれていたのに………。


この変わり様を喜ぶべきか悲しむべきか、ギルバートにずっと仕えてきたグレンでも判別つかない。

メイドたちの最終チェックを終えたアイカに、仕上げとしてギルバートは今日の日のために王都でも指折りの宝飾職人に研磨製作させたネックレスを宝石箱から取り出し、その細い首にかける。トップに輝く大きなダイヤモンドはアイカが作り出した原石を研磨させたものだった。ギルバートの見立てどおり、研磨後は無色透明の輝きを放つ。


「やはりダイヤは俺がポケットに入れているより、女性が身に付けた方がいい」


燦然と輝くダイヤモンドのネックレスは、女神の胸で誇らしげに輝く。

しかし、そのダイヤの原石をギルバート自ら職人の下に持っていったときは、あまりの大きさの原石に怖くて研磨できないと断られたことをグレンは知っている。

それをギルバートは「この国の次代を自分と共に託す女性に贈りたい」と伝えてしまえば、職人はもう断れないだろう。言葉は曖昧なものだが、王妃となるであろう女性に贈ると言ったのだから。

そんな名誉は得ようと思って得られるものではない。職人はダイヤの原石を恭しく預かり、自分の持てる全てを注ぎ、素晴らしいネックレスに仕上げてみせると誓った。

後に<女神の涙>と呼ばれるようになるネックレスはこうして作られることになった。


それにしても、とアイカの容姿を見ながらグレンは思う。


アイカの容姿が数日前より成長しているように見えるのは俺の気のせいか?


まだまだ子供と思っていた女性がちょっと見ないうちに美しさを増すことは知っていた。しかし、アイカの容姿的な成長はそれとは異なるような気がした。


やや時間を置いて、我に戻った者たちが出始め、不躾なまでにアイカを凝視していたことを誤魔化すように他所に視線をそらす。だが、やはり気になってしまうのだろう。近くの者と話しつつ視線がギルバートとアイカの方に吸い寄せられてしまっている。


そしてギルバートたちに話しかける時間をおかず、国王セルゲイが王女マリアを伴い広間に現れた。

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