第25話 美麗、暗躍中 2

 何でよ!

 あの写メで、少しは疑惑を植え付けられるって思ったのに!

 何であんなにイチャイチャできるの?!


 少女は歯噛みする思いで、水着姿で戯れる男女を眺めていた。


「美麗たん、流れるプールに行ってみないか? 」

「あなた、何しにきたのよ! 」

「……」


 この美しい少女の水着姿を堪能しにきたのだが、そんなことは言わない。

 思ったことを口に出しては、女性の反感を買うということを、齢三十三にして、十以上年下の少女に教えられたばかりだからだ。

 ほぼ毎日会い、見た目から喋り方態度に至るまで、少女は男を事細かく矯正した。

 そのおかげで、空気が読めなく不遜で神経質気質な性格から、一見人当たりが良い好青年に見えるまでに変化を遂げた。

 それにより、仕事面でも営業成績が伸び、今まで女性に声をかけられることなど皆無だったのが、ちらほらと会話できるまでになっていた。

 ここまで男が変われたのは、少女を崇拝するほどに恋い焦がれてしまったからで、触ることすら畏れ多い、不可侵の存在にまでなりつつあった。


「おかしいわ! あの女とあなたの写メを見たはずなのに! もっと、決定的なものじゃないとダメってこと? 」

「あの男の女友達は、本当にここにくるのか? 」

「そのはずよ。昨日招待券渡したし、今日くるって言っていたもの」


 本当ならギクシャクしているであろう耀と汐里の間に、雫を投入してさらに溝を深める算段だった。

 しかしなかなか雫達がこず、仲の良い耀達をひたすら眺めるだけという、地獄のような時間を過ごす羽目に陥っていた。


「全く! 佐々木さん遅過ぎ! 」


 見ると、汐里が耀を置いてジャグジーから出た。

 真っ赤な顔をしているのは、ジャグジーの温度が高かったわけではないだろう。耀がついていかないから、トイレかもしれない。


「牧田さん!今がチャンスよ!さりげなく接触して。いい?爽やかに! 偶然を装うのよ! しつこくしたらダメ。次の為の下準備だからね」

「わかってるよ」


 男は少女から目を離したくないと思いながらも、少女の言うことに逆らうことはできず、汐里の後を追いかける。

 それと同時に、やっと待ち望んだ人物達がプールにやってきた。

 雫が友達二人と騒がしくプールサイドに現れたのだ。

 すぐに耀を見つけたらしく、友達と目配せして耀に近づいて行く。


「耀? 耀じゃん! 」


 わざとらしく、偶然を装っているが、耀がホテルのプールに行くらしいという情報は少女から得ていた。


「あれ? 雫? 」

「やっぱり耀じゃん。何? 一人できたの? まさか女連れじゃないよね? 」


 耀は彼女と……とは言えず、まあそうだねと言葉を濁す。

 雫にバレたら、大学で噂になってしまうかもしれないし、汐里の仕事に影響があるかもしれないのだ。


「一緒に泳ごうよ! 流れるプール行かない? 」

「ああ、うん……」


 女の子達に引っ張られ、耀は流れるプールに移動させられる。


 雫は、耀の首に手を回し、背中に覆い被さるようにして密着してきた。わざと胸を背中に押し当てるのを忘れない。


「ちょい、離れてよ」

「なんでぇ? いいじゃん」

「胸、当たってるよ」

「キャーッ! 耀のエッチ」

「アハハ、雫の胸柔らかくて気持ちいいでしょ! 」


 他の女友達も、雫と耀をさらに密着させようと、雫の後ろから耀に抱きつく。


「ずるい! 私も~! 」


 もう一人の女友達が、耀の腕をとり、グイグイ引っ張る。


「まじで離してよ」


 耀は、半分悲鳴のような声を上げる。

 回りからしたら、男一人に女三人、羨ましい光景ではあるが、耀は汐里に誤解されたら? と思うと気が気じゃなく、三人を振りほどこうと必死だった。


 その光景を、トイレから戻ってきた汐里は唖然として見つめ、すぐに背中を向けた。

 耀にくっついている女の子達に見覚えがあったからだ。

 特に、背中に抱きついている子は、名前はわからないが、耀にいつもベタベタしている子だろう。

 割り入るわけにもいかないし、一緒に来ていることすらバレたらまずい。


 汐里は辺りを見渡し、二階にラウンジがあることに気がついた。

 ラウンジのテラスには水着の人もいたから、水着でも使用可能なんだろう。見ると、プールサイドからテラスに上がる階段があった。

 汐里はその階段を上がり、プールが見下ろせる一番端の席についた。


「あれ? 汐里さんじゃないですか? 」


 目の前に、牧田が水着で立っていた。


「あ、どうも……」

「良かった、彼氏君と招待券使ってもらえたんだ。彼氏君は泳いでるの? 」

「ああ、はい」


 牧田は、わざとらしくプールの方を探す。


「あれ? チケット、二人分しか渡さなかったよね? 女友達も一緒? 」

「いえ、偶然会ったみたいで……」


 ベタベタとくっつかれているのを見て、牧田はわざと驚いてみせた。


「いいの、あれ? 」

「うーん、私が彼女だって大学関係には内緒なんです。学生と付き合ってるってバレると、都合が悪いというか……。だから、まあ、しょうがないのかな」


 耀は嫌がっているようだし、女の子達が悪ふざけしてるのは見てわかったから、汐里は微妙な表情で笑った。


「ふーん、そうなんだ……。内緒なんだ……。じゃあ、僕が一緒に来たふりして、彼氏君こっちに連れてこようか? あまり見たくないでしょ? ああいうの」

「いいんですか? 」

「うん。彼氏君がのってくれるといいんだけど……。彼氏君の名前は? 」

「耀君です」

「わかった。ちょっと待ってて」


 牧田は、階段を下りてプールサイドに行くと、耀達に話しかけたようだった。

 女の子達のブーイングの中、牧田と耀が階段を上がってやってくる。


「じゃ、僕はこれで」

「ありがとうございます。助かりました」


 牧田は爽やかに笑って去って行った。


「しおりん、ごめんね。なかなか離してもらえなくて」

「ううん、私が付き合ってるの内緒にしてって頼んだんだし、しょうがないよ」

「それにしても、彼……」

「牧田さん? 」

「そう、牧田さん。すごく人が変わったみたいだけど、どうしちゃったの? 」

「だよね。私もびっくり。あの時が異常だったのかな? きっと、結婚に焦ってたのかもしれないね」


 汐里も耀も基本は人が良い。

 根っからの悪人はいない……というか、自分達の回りにはいないだろうと思っている節がある。

 あれだけ嫌な思いをし、恐怖すら感じたというのに、すっかりそれに今の牧田のイメージが上書きされ、あれは結婚に焦ったあまりの愚行で、今の牧田が普通なんだと、思い込んでしまっていた。


 これはまさに少女の考え通りで、実際の牧田は何も変わっていない。ただ、興味の矛先が汐里から少女に移ったことにより、ネチッコイ視線を汐里にむけることがなくなっただけだった。

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