第19話 美麗、暗躍中

「それで君は僕に何の用なんですか? 」


 神経質そうな男が、指でテーブルをカツカツ鳴らしていた。

 目の前の少女は伏せていた目をゆっくりと上げ、男の顔を静かに見つめる。その澄んだ瞳、長い睫毛、形のよい鼻、ふっくら桜色の唇。全てが完璧に整い、まるで人形のように見える。


「あなたは鈴木汐里と結婚したいんでしょう? 」


 男はうなずくことはせず、少女だけを見つめた。


 鈴木汐里、少し前に見合いをした女だ。

 見合い後、食事にも行ったから、てっきり結婚できるものだと思っていたが、若い男に手を出すハレンチな女だとわかり、こっちからも断ったくらいなんだが……。

 あの女の家からの帰り道、この少女に声をかけられ、スマホ番号を教えたのである。


 通常なら、訳のわからない相手に声をかけられ、話しすらすることはないが、鈴木汐里の知り合いだと言うのと、その見た目の美しさに聞かれるままに答えてしまった。後で、なんで相手の名前も連絡先も聞かなかったのかと、猛烈に後悔した。


 そんな相手からの連絡だったため、躊躇うことなく呼び出しに応じたのだった。


「私は耀君と付き合いたいの。そのためには鈴木汐里が邪魔なんです。あなたには耀君が邪魔でしょ? 私達、利害が一致すると思わない? 」


 別に今さら鈴木汐里に未練はないのだが、この少女と繋がりを持つためには、鈴木汐里にこだわっているふりをした方がいいのかもしれない。


 きっと、いや、絶対、汚れを知らない理想の乙女のはず!


「そうかもしれないな。で、何をすればいい? 」

「それをこれから考えるのよ」


 少女の名前は幸崎美麗。

 まさに僕の天使だ!


 少女はイライラしたように男を見つめ、何の提案もできない無能なのかと、パートナーに選んだのを後悔し始めた。


「あなた、鈴木汐里にもう一度接触してちょうだい」

「それはいいけど、彼女が僕を受け入れるかな? 」

「前みたいなのじゃダメよ。誠意を持って謝って! なんとかあなたのイメージを変えるの。ああ、まず見た目から変えないとダメね。髪型を変えて、眼鏡も止めて、眉を整えるといいわ。私服も買わないとだわ。次の日曜日、あなたを改造するわよ! 」

「わかった……。休みを明けておこう」


 少女の計画は、汐里にも耀にも浮気相手を作ることだった。

 実際に浮気するかどうかは関係ない。お互いに相手のことを信じられなくなればいいのだ。


 まだ話しをしたそうな男に淡白に挨拶をすると、少女はお会計をすることなく喫茶店を後にした。


 次は大学の同級生、耀の友達の女の元に向かう。こちらは約束している訳ではなく、偶然を装わないといけない。


 数いる耀の女友達の中で、一番耀の好みとかけ離れていて、それでいて耀に本気っぽい女に目をつけていた。


 佐々木雫ささきしずく、見た目派手で、どちらかというと自分に自信があるタイプだ。自尊心が高いから、そこを刺激してやれば、簡単に駒になってくれるだろう。


 少女は、女がバイトしているコンビニに入っていった。女のバイト時間があと数分で終わるのは調べてある。


「あれ? 佐々木さん? 」


 わざとらしく、女のレジにお菓子を持っていき、今気がついたというように声をかける。

 女は怪訝そうに少女を見て、見覚えがあることに気がついた。


「えーと? 」

「幸崎美麗。佐藤先生の講座で一緒だよね」

「ああ、幸崎さんね。近くに座ってるよね。家、この辺りなの? 」

「ううん、友達の家にきた帰りなの」

 レジを打ちながら、女は時計を気にする。

 バイト時間が終了したようだ。


「そうだ、佐々木さんって、耀君と仲がいいよね? 」

「耀? うん、よく遊ぶよ。なんで? 」

「私、実は耀君と中学から一緒なの。あまり話したことはないんだけどね。」

「そうなんだ。全然知らなかった。耀って、昔からあんなん? 」

「そうだね。女友達は多かったかな。そうだ、実は友達に見たいって言われて、高校のアルバム今持ってるんだ。見る? って、バイト中だよね」


 少女は紙袋を女に見せて、残念と引っ込める。

 もちろん、友達の家に遊びにきた帰りではないので、アルバムは少女の仕込みである。


「え、見たい!私、バイトもう終わるんだけど、もし良かったらお茶でもしない? 耀の高校の話しとか聞きたいな」

「いいよ。じゃあ、表で待ってるね」


 少女は女に手を振り、コンビニから出た。

 後は女と仲良くなり、誘導していけばいい。


 女と似たタイプの女子と並んで写っている写真を沢山仕込んできていた。耀の彼女でもなんでもないのだが、彼女だったことにし、女が耀のタイプであると思わせるつもりだ。また、積極的にグイグイくるタイプに弱いと言い、とにかくベタベタするように言おう。酒の席などでキスの一つでもしてくれれば言うことない。

 もちろん、写真におさめるためにだ。


 少女は、頭の中でシミュレーションをしながら、女が着替えて出てくるのを待った。

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