第21話 牧田の謝罪
「ありがとね。こっちよ」
新宿のお見合い斡旋所の事務所に来た汐里は、パーテーションで仕切られた小部屋に通された。新規の顧客の面接をしたり、お見合いのための打ち合わせなどをする部屋らしく、小さめの机とノートパソコン、椅子が四脚置いてある。
「ここで待ってて。もうすぐ牧田さんが来ると思うから」
五分もまたないうちに、牧田がやってきた。
牧田……さん? だよね??
牧田は髪の毛をダークブラウンに染め、緩くパーマをあてて今流行の髪型になっており、眼鏡もコンタクトになっていた。
今までスーツ姿しか見ていなかったが、ジーンズに青白ストライプのサマーニットをざっくり着ていて、今までの堅そうなイメージとかけ離れていた。
「お久しぶりです」
声のトーンまで違っている。
ここまで違うと、別人にしか思えない。
「どうも、お久しぶりです」
「僕のわがままでお呼びだてしてしまい、申し訳ありませんでした。どうしても、直にお会いして謝罪したかったものですから」
「とんでもないです。どうぞ、お座り下さい」
椅子をすすめると、牧田は少し表情は硬いものの、汐里の目の前の椅子に腰かけた。
「あの時、僕は結婚に焦ってしまい、汐里さんに失礼な態度をとってしまい、本当に申し訳なかった。あなたの部屋にまでおしかけて、なんであんなことをしたのか……」
牧田は深々と頭を下げた。
「いえ、もう気にしてませんから。頭を上げて下さい。」
こうして見るとごく普通の人に見える。
「汐里さんに許してもらえてホッとしました。これ、お詫びにホテルのプールの招待券なんですが」
「そんな、いただけません」
「いや、たいしたものじゃないんですよ。仕事の取引先に配ってるやつだし。期限が迫っているので、仕事では使えないやつなんで。ぜひ、彼氏君とでも行ってみて下さい」
汐里は封筒に入った招待券を受け取った。確かに二週間しか期限がないから、来週か再来週しか行くことができなさそうだ。
再来週は夏休みに入ってしまい、耀は帰省してしまうだろうから、行けて来週だろう。
「ありがとうございます。ちょうだいいたしますね。」
「では、これで失礼します」
牧田は立ち上がると、深々と頭を下げて帰って行った。
「汐里、どうだった? なんか牧田さん変わったわよね」
「そうね」
「なんか、イメージも変わったし、プラチナ会員に登録してくれたし、あれならすぐにご成婚できそうね」
「プラチナ会員って? 」
「年会費が一桁違うのよ。あっ!だから汐里に無理言って会ってもらった訳じゃないからね」
「いいよ、別に。もうすんだし。じゃあ、もう帰っていいかな? 」
「もちろんよ。あと一時間待ってもらえればお昼になるんだけど、一緒にお昼どう? 」
「一時間かあ。いいや、今日は帰るわ」
「そう? じゃあまた今度ね」
汐里は綾子に手を振ると、事務所を出た。
新宿は人混みだらけで、あまりウロウロしたいとは思えなかった。ちょうどお昼時だからか、西武新宿線の駅前のマックは混んでいて席が見つからなかったので、ドトールに足を向けた。
二階の席が空いているか階段を上る。
「あ……」
席を探して店内を見回した時、二人席に座っていた男性が立ち上がった。
「汐里さん、もしよろしかったら、相席どうぞ」
牧田が手を振っていた。
他に席はなく、知らない相手でもない。何より、さっき和解を受け入れたのだから、ここで断ったらわだかまりが残りそうだ。
「じゃあ、席が空くまで」
汐里は一階に注文に行くと、サンドイッチと紅茶を頼んで持って上がった。
まだ席は空いていなかったため、牧田の向かいに座らせてもらう。
牧田は電話をしていたのか、汐里がきたらスマホを耳から離した。
「すみません、ちょっと仕事の電話してきます」
牧田が席を離れたので、汐里は落ち着いてサンドイッチを食べることができた。
牧田は、ケーキを二つ持って上がってきた。
「食後にどうぞ」
「すみません……」
「いえ、僕も食べたかったので。男一人だと食べづらかったから助かりました」
本当に同一人物?
見た目だけじゃなく、口調も表情も、まるで別人のようだ。
片耳にブルートゥースイヤホンのような物がついているが、音楽でも聞いているんだろうか?
「汐里さん、ちょっとすみません。ゴミがついてます」
「え? どこですか? 」
「髪の毛なんですが、失礼します」
牧田の手が汐里の頭に触れ、髪を撫でるような仕草をする。
「綿埃でした。とれましたよ」
「やだ! ありがとうございます」
「いえいえ。」
それから他愛ない世間話しをし、最後にお元気でと握手を求められ、握手をして牧田は先に席を立つ。
牧田は階段を下りると、足早に店を出る。その後ろから、綺麗な少女が同じ歩調で牧田の後ろを歩いていた。
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