第33話 雫と飲み会

 新宿の東口駅前で待ち合わせをしていた。交番の横でミニスカートにキャミソール姿の雫が、スマホをいじりながら立っているのが見えた。


「お待たせ」

「耀! ……? 」


 パッと笑顔になって顔を上げた雫の顔が、汐里を見て一瞬にして険悪なものになる。しっかりと繋がれた耀と汐里の手を見て、伸びかけた雫の手が止まる。


「何? 」

「ごめん、言ってなかったけど、彼女のしおりん。一緒にご飯食べようと思って」

「ハア? 」


 そりゃそうだ。

 いきなりの恋人宣言に、何で自分が二人と食事しなきゃいけないの? という表情だ。


 そんな雫を引っ張って、半個室の居酒屋に入った。

 耀と汐里は隣り合って座り、雫は一人対面に座る。

 雫の顔は能面のように冷ややかなまま固まっていた。


「とりあえず生? 」

「焼酎ロック! 」

「何焼酎? 」

「何でもいい! 」


 可愛げもへったくれもなく、芋焼酎のロックを煽った雫は、ジロッと汐里を見て大きなため息をついた。


「で? 」

「で? 」

「だから、これが合宿でのあたしの告白への返事なんでしょ? 」

「いや、まあ、そうかな? 」

「何よ! 付き合ってないっつったじゃん! 」

「それはごめんなさい。私が言わないでって頼んでたの。学生との恋愛って、やっぱり、ちょっと……ね? 」


 雫に睨まれ、汐里は生ビールを少し口に含んだ。


「あんたに聞いてない。学生との恋愛がダメなら、耀に手なんか出すな! 」

「いや、手を出したの俺だし。俺がしおりんにベタ惚れなの」

「ハア…………。わかったわよ!もういい! あたしだってそんなに本気だったわけじゃないし、耀って見た目がいいから、あたしと釣り合うかなって思っただけだし」


 そっぽを向いて早口で言う雫に、汐里は言葉通りではないなと感じとる。


「しおりん? フルネーム知りたいわけじゃないからしおりんでいいか、今日はしおりんの奢りだから! 」

「はい、もちろん」


 雫は、とりあえず居酒屋で高そうなメニューを注文しまくり、テーブルは料理でごった返す。


「こんなに食べれるかな……」

「食べるの! あんたらも食べないと、あたしが全部食べちゃうわよ」


 いつもはもう入らない!と、ほんの少ししか食べなかった雫が、ガツガツと料理をたいらげていく。

 どうやら、大食いを隠していたらしい。


「なんか、今の雫の方が前の男前でいいね」

「ハア? 褒め言葉じゃないし。全く、可愛い子ぶりっ子も疲れんだから。」


 耀は、そろそろ本題にと、汐里に送ってもらった雫とのキスシーンの写メを出した。


「あのさ、これなんだけど」

「何これ? ああ、これね」


 雫は、写メをチラッ見ると、すぐにわかったらしくシレッと言った。


「友達に撮ってもらったの」

「何でこんなこと? 」

「そりゃ、既成事実作ろうとしたからじゃん? 二人が付き合ってるかわからなかったけど、関係しちゃえばあたしのこと好きにさせる自信あったし」

「写メ撮って、しおりんに送ろう……違うか、幸崎さんからしおりんに届いたから、なんで幸崎さんにこの写メ送ったの? 」

「何でって、彼女が応援してくれたからだよ。昔から耀はオシに弱いから、ガンガン攻めた方がいいって言われたし。しおりんが耀にアピールしてるみたいだから、早い者勝ちみたいなことも言われたさ。証拠写真撮ったら、しおりんも諦めるだろうからって、写真撮って送ってって言われたから送ったけど」

「他に、幸崎さんに言われたこととか、何かある? 」

「まあ、色々。ほら、ちょっと前にプールで会ったじゃん。あれも彼女がタダチケくれたんだよね」

「あれもか……」

「何、何? 幸崎さんが何かあるの? 」


 耀は、今までの恋愛でのことを雫に話し出し、その別れに幸崎美麗が関わりがあったらしいことを告げた。


「ウワッ、マジで? 立派なストーカーじゃん。ってか、何? あたしのこと、駒みたいに使ったってこと? 絶対許せない! 」


 雫は、ゴクゴクと焼酎ロックを飲み干し、さらにお代わりを頼む。


「それ、ロックだよね? そんなに飲んで大丈夫? 」


 昨日泥酔した汐里は、雫の飲み方を注意する。


「はあ? 誰に言ってんのさ。うちなーんちゅをなめんな」

「うちなーんちゅ? 」

「雫は沖縄出身だから」

「ああ……」


 なるほど、だから睫毛濃くて長くて、お人形さんみたいに目がクリッとしてるのか……。


 とにかく目力のある雫は、何杯目かわからない焼酎を煽り、表情はけろっとしたまま美麗を罵倒し続けた。


「とにかく、あの女マジで許せない! キャラもあたしとかぶるし(自分も美少女だと言いたいのだろう)、耀が好きなら、自分からアプローチすりゃいいじゃん! ストーカーとか、まじキモいし! 」

「とりあえず、彼女も今回のに絡んでいたってことで、話し合おうとは思ってるよ」

「それ、あたしも呼んで! 直に文句言いたいし」

「まあ、関係者として話してもらえれば」

「オッケー! じゃあ、絶対に声かけてね」


 それから、三人でひたすら飲み、汐里はさすがに二人の酒量にはついていけず、途中から烏龍茶を飲みながら、二人の会話の聞き役に回った。


 恋愛感情を出さない雫は、ひたすらサバサバして、よく喋り、大きな口を開けて笑い、全く別人のようだった。

 こんな雫を最初から耀が知っていれば、もしくは美麗のターゲットは雫になっていたかもしれない。

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