第32話 耀の過去

 ピンポーン。


 スマホが鳴るのを待ち望んでいた汐里は、玄関のチャイムに顔を歪ませる。

 独り暮らしの女子のアパート、そんなに来客があるわけじゃない。ネットショッピングをした記憶もないから、宅配がくるはずもなく、そうなるとだいたいが新聞の勧誘であったり、宗教の勧誘であったり。とにかく、全く会いたくない赤の他人である可能性が高い。

 最初は無視していた汐里であるが、あまりにしつこくピンポンと鳴らすので、カリカリしながら玄関に向かった。


「勧誘なら間に合って……」


 玄関を開けると、スポーツバッグを抱えた耀が立っていた。


「耀君?! 何で……」


 てっきり家を出る時に連絡がくるものと思い込んでいた汐里は、連絡もなく目の前に立っている耀を見て、何故かボロボロと涙が出てきてしまう。


「ウワッ! どうしたの? 何で泣くの? 」


 耀はおろおろしながら、スポーツバッグを肩にかけて汐里の肩を抱く。


「あれ? 何で泣いてるんだろう? ちょっと驚いたのかな。まだ帰ってこないと思ってたから」


 たまらない! と、耀はギューッと汐里を抱きしめる。


「マジでしおりん可愛い! 」


 部屋に入ると、どちらからともなく唇を寄せる。

 しばらくお互いの感触を確かめていると、汐里の中にあった不安や黒い気持ちが溶けてなくなっていく。


「あの写真だけど……」

「うん、耀君は拒否したんだよね」

「ごめんね、ちゃんと避けられなくて」

「気持ち的には凄く嫌だけど、でももうわかったから大丈夫。あんな写真、なんで撮れたんだろう?」

「美麗ちゃん……幸崎さんも同じサークルなの? 」

「いや、あいつは違う」

「じゃあ、なんで彼女があの写真を私に送れたんだろう? 」


 耀は少し考えていたが、重い口を開いて、過去の恋愛について話し出した。


「幸崎とは、中学一年の時に同じクラスになって……」


 中一の時に、同じクラスの女子に告白され、付き合うことになった。その彼女の親友が幸崎美麗で、最初は三人で仲良くしていた。初めての彼女ということもあり、まだ二人で会うのも恥ずかしく、耀の親友合わせて四人ダブルデートなどをしていたのだが、いつの間にか耀の親友と耀の彼女の距離が近づき、まだ手もつないでいないうちに破局……二人のキスシーンを目撃するという最悪な結末を迎えた。


 次の彼女は中二の時、同じテニス部の一年先輩の女子部員だった。最初はただの仲の良い先輩後輩で、合宿の時に告白されて付き合うようになった。

 最初は良かった。恋人というより一番の友人のような関係で、色っぽい雰囲気にはならなかった。三ヶ月ほど付き合ってるうちに、初めて手を繋ぎ、異性として意識し始めた時、二人の間に割り込んできた女子がいた。美麗の友人の一人で、何を勘違いしたのか、耀が自分のことを好きだと思い込み、さらに周りにも公言した。

 それが原因で、先輩とは別れることになった。


 次は高一の時に同級生に告白されて付き合った。彼女は若干自由奔放なタイプに見えるというか、中身はきっちりしていたのだが、見た目と周りの友達が実際軽めな子が多かったため、付き合って三週間で、彼女に援交の噂がたち、学校に居づらくなり、自主退学してしまい、耀との関係も初キスをしただけで終わってしまった。


 その次は高一の終わりから二年にかけて。同じ学校の子にトラウマを感じた耀は、塾で知り合った子に告白されて付き合った。

 彼女は耀の学校に友達がいるとかで、いろんな情報を仕入れては、耀が浮気をしていると、ないことないこと騒ぎ立て、会う度に喧嘩になり別れしまった。

 別れる際に、耀の学校にいるという友達は誰なのか聞いたところ、幸崎美麗の名前がでてきた。


 全く知らない同級生ではなく、元カノの親友の名前がでてきて、最初は耀も信じられなかった。何が原因かわからないが、耀の悪口を彼女に吹き込むほど、自分を嫌っているのかと、耀も美麗に対して嫌悪感を覚えるようになった……ということだった。


「幸崎は、俺の悪口を言うくらい、俺のこと嫌いなんだよ」


 聞いていた汐里の頭に「 ? 」が浮かぶ。

 彼女は100%耀が大好きなはずだ。美麗は全力で耀の恋路を叩き潰してきたのだ。ある時は彼女に嘘を吹き込み、またある時は勘違いされるような写真をばらまいたのは、単に耀に自分の方を見てもらおうという恋心からだろう。


「耀君……彼女に嫌われてると思ってるの?」

「そりゃそうだよ! 恋愛が長続きしないのは、俺に原因があるのかなと思って、真剣に悩んだ時期があったんだ。好きな子に嫌な思いなんかさせたくないじゃん?で、俺の何がいけないのか友達に聞いたりしたんだよ。したら……」

「幸崎さんがからんでた? 」


 耀はうんとうなづく。


「何で嫌われてるかわからないけど、俺の悪口を広めるくらい嫌われてるわけで、俺も聖人君子じゃないからさ、俺のこと嫌いだって言う奴にいい顔はできないじゃん」

「まあ、そうだね」

「でさ、あいつに潰されるんなら、恋愛はしないようにしようって思って、女の子と友達になることにしたんだ。でも、しおりん可愛すぎるんだもん。好きにならないようにってのは無理だった」


 耀は、汐里の髪の毛を撫でながら、頭にスリスリと頬擦りする。

 女の子に対する友達オーラはそういう理由だったのかと思いながら、あんなに親しげにしたら勘違いもされるよなとも思う。

 それにしても、こんなに耀は甘々な態度なのに、今までの彼女達は何が不安だったんだろう? と、昨日の醜態をすっかり忘れ去っている汐里は、たかが美麗の嫌がらせで別れてきた彼女達って……と、自分のことは棚上げ状態でうっとり耀にくっついていた。


「耀君ってさ、幸崎さんのこと、もしそういう嫌がらせがなかったら、好きになった? 」


 あれだけの美少女だ。

 もし美麗が下手に策略など施さずに、直に耀にアタックしていれば、耀は彼女を受け入れたんじゃないか……と、不安になる。


 耀は、そんなこと考えたこともないという表情をした。


「最初から彼女の親友として知り合ったし、異性として見てないからな。みんな、あの子のこと可愛いって言うけど、俺のタイプじゃない。なんか、子供にしか見えないっていうか……。あ、これ悪口じゃないよ」

「うん、まあ、年齢よりも幼く見えるよね。背が小さいのもあるんだろうけど」

「それに、人のこと陥れるような人間は、根本的に無理」


 耀の気持ちが美麗に行くことはなさそうだと、内心ホッとする。汐里は、自分の中の腹黒さを感じながら、美麗について思っていることを話し出した。


「幸崎さん、耀君のことが好きすぎて、ああいうことしてるみたい」

「はあ? 」

「まだ耀君と付き合う前ね、私のとこに耀君とは付き合ってないか確認にきたの。耀君のこと好きみたいな感じ……というか、ストーカーかなって思うようなこと言ってた」

「た……例えば? 」


 耀の笑顔がひきつる。

 そりゃ、中一からストーカーされてたかもなんて知ったらびびるだろう。


「よく覚えてないけど、登下校の時間調べて、同じ電車に乗ってたとか、休みの日も耀君ちの回りに出没してたみたいね。耀君の好み? とかにも合わせるようなかっこうをしてるとかも言ってたかも。」

「まじか……」


 思い返すと、視界の端々に美麗がいたような気もして、耀は背筋がゾワゾワっとして恐怖すら覚える。


「あいつ何なの? 牧田さん?しおりんの元見合い相手とも接触してるみたいなんだろ? さっき電話で言ってたよな? 」

「うん。接点がわからないんだけど、もしかしたら耀君をつけている時に、牧田さんと接触したのかも。ほら、牧田さんがうちに押しかけてきた時、二回助けてくれたじゃん。あの時……」

「……かもな。やっば、見て! 鳥肌! 」


 冷房がきいているせいか、耀はひたすら寒い寒いと汐里にくっつき、汐里は冷房を弱くしてお湯を沸かした。


「とりあえず、コーヒーでいい?温かいのにしようね」


 コーヒーを飲むと、やっと落ち着いたのか、耀は大きく息を吐いた。


「ここにくる途中、雫のとこに連絡したんだ。とりあえず夕飯の約束したけどいいよね? 」

「私も行くんだよね? 」

「もちろん」

「っていうか、それも幸崎さんつけてくるのかな? 」

「わっかんねえ。昨日はあいつこっちにいたんだよな? 」

「由利香が見たのが本当に幸崎さんならね」

「なら、朝一で実家に戻っても、朝から俺にはりついてないんじゃん? 」


 それは希望的観測だ。


「とりあえずさ、今日は夕方まで外ウロウロしよ。ほら、家にいたらうちをはるかもしれないし」

「だね」


 汐里は、素早く出かける準備をし、耀は荷物は汐里の部屋に置きっぱなしにして、財布とスマホだけズボンのポケットに入れる。


 二人は、後ろを気にしながらアパートを出て、バスならば同じのに乗ればわかるからとバスで駅まで行くことにした。




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