第31話 疑惑からの……
すっかり目が覚めてしまった汐里は、すっきりすべく由利香の家の風呂を借りた。
二日酔いの胃のムカムカは残っているものの、水分をとったせいか、立ち上がれないほどの気持ち悪さからは脱却していた。シャワーの水圧も、頭をすっきりさせるにはちょうどよく、風呂から出た汐里は、昨日の表情とはかなり違っていた。
「生き返ったね」
「うん、シャワーありがと」
「ねえ、この写真見てたんだけどさ……これ、やっぱり不自然じゃない? 」
由利香曰く、合成ではなく実写ではあるものの、耀の手の位置とかが不自然だと言うのだ。
抱き締めているというより、肩を掴んで引き離そうとしているんじゃないかとか、女は両目閉じているようだが、耀は驚いたように目を見開いているとか……。何より、示し合わせたわけじゃなきゃ、こんな写真は取れないし、二人の顔やら全部、分かるように写っているということは、少なくともどちらか一方はカメラの位置やら把握して動いたはずであり、わざと写真を拡散させる意図があったとしか思えない。
「そう言えば……、私と牧田さんが会ってる写真が、デート写真として学生に出回ったことがあったみたい。耀君が友達に見せられたって……。普通に話してただけなのに、イチャイチャしてるみたいに見えたって言ってた。」
この写真も、いかにもこれから関係もちます! 的な物に見えたが、由利香の言う通りなら、もしかしたら耀は拒絶しているのかもしれない。
「ああ……、じゃあ、昨日のもやっぱりそうなんだ。汐里とその男がラブホにでも入る写真撮ろうとしたんだ。それでなくても、ラブホ街を肩を組んで歩いてたら、まずそんな写真だよね。耀君の写メ送ってきたのも幸崎美麗なら、あんたの写メ撮ろうとしてたのも幸崎美麗だ。前のも同じかもね」
「なんだってそんな……って、やっぱりあれか……」
理由はわからなくもない。
彼女は耀が好きなのだ。前に耀のストーカーか?! って思うようなことを平然と言っていたではないか。
あんなに正統派美少女みたいな見た目だから、ついつい忘れてしまっていたが、ヤバい子だって思っていたではないか。
どうやって牧田に近づいたかはわからないが、もしかしたら牧田の驚く程のイメチェンにも関係があるかもしれない。
耀の友達の女子に至っては、同じ大学なのだから接点もあるだろう。
全て幸崎美麗に結び付いている。
「耀君に電話してみる」
「その方がいいね」
汐里はすぐにスマホを手に取る。
「もしかすると、昨日の写メが彼氏に回るかもしれないから、先に説明した方がいいよ。なんなら、あたしが説明したげるし」
「了解」
由利香に充電器を借りて充電しながら電話をかける。まだ朝も早いというのに、数コールですぐに耀が出た。
『しおりん? 昨日はどうしたの? 何回か電話したんだよ。今実家でしょ? 』
『ううん、実は今、由利香のうちにいるの』
『由利香さん? 何で? 』
『うーん、ちょっと話すと長くなるんだけど……』
昨日実家の近くで牧田に会ったところから話し始めた。
美麗からきた写メについては、後で転送すると話しを濁し、その後アパートに帰り、牧田から呼び出されて飲みに行ったこと。泥酔してしまい、偶然会った由利香に連れて帰ってもらったこと。
耀は黙って聞いていたが、聞き終わるとハア……とため息をついた。
『しおりん……危なすぎでしょ?そんな、男と意識なくすくらい飲むなんて』
それについてはその通りなので、反論のしようもない。飲み過ぎる原因はあるとしても。
『だって……。ショックだったんだもん』
『ショックって、どんな写真だよ? 』
『とにかく送る』
一度電話を切り、写メを転送する。すると、送ってすぐに折り返し電話がかかってきた。
『しおりん、ごめん! 』
『ごめん……って、浮気?! 』
いきなりの謝罪に、逆に汐里は動揺してしまう。
『違うよ!! それは違う! 無理やりされたんだけど、よけれなかったから』
『……なんか、変なとこ触られてなかった? 』
『あれも一瞬で……ごめん』
『……うん』
『でも、あれが写真撮られてたって……』
汐里は昨日由利香が見たことを耀に伝えた。なぜ牧田と美麗が知り合いなのかわからないが、繋がりがありそうなこと。酔い潰れた自分と牧田の写真を美麗に撮られたらしいことなどだ。
『あのさ、耀君の写真も美麗ちゃんがらみだし、なんか、関係あるような気がして』
『……あいつならやりそうだ。ちょっと、雫に連絡とってみる』
『雫って、佐々木さんだよね? あの写真の……』
『うん、あいつも実家東京だし、俺これから帰るから』
『帰るって……』
『で、二人で話し聞こう。俺、きちんとしおりんが好きで、しおりんと付き合ってるって言いたい。俺らも腹割らないと、あいつだって本当のこと言ってくれないだろうし。……ダメかな? 』
『ダメ……じゃないけど』
確かに、きちんと恋人宣言していれば、雫もあんな強行手段にでなかったかもしれない。
仕事場で職場恋愛禁止という風潮はあるが、実際に罰則があるわけではないし、バレたから首ということもない……と思いたい。ただ、学生課にはいられないかもしれないが。
少しの沈黙の後、汐里は『了解』と呟くと、後は耀の連絡を家で待つことを告げ電話を切った。
たぶん、雫に付き合ってるのがバレたら、一気に大学中に拡散するんだろうな。いづれ、上司の耳にも入るだろう。
「帰ってくるんだ? 」
「うん。とりあえずアパートに帰るね。」
「耀君、埼玉だっけ? じゃあ、そんなにかからないね」
「うん。ギリ通学圏内くらいの場所だしね。じゃあ、本当にありがとう。ご両親によろしく」
まだ寝てるらしい由利香の家族に挨拶することなく、汐里はバスに乗って自宅アパートまで帰った。
部屋に入ると、まずスマホを充電し、着替えをすます。
社会人としての最低限の化粧をし、テレビを見つつ耀からの連絡を待った。
家の人に引き止められるだろうし、説明だ何だで、昼を過ぎてしまうかもしれない。
昨日はあの写真のせいで、自分だけ海の底に沈んでしまったんじゃないかというくらい、ギュッと圧力で押し潰されそうな、真っ暗で息もしづらい感じだったが、今はキラキラした太陽が見えるくらいまでは浮上していた。
浮気ではなかったとはいえ、あんなことがあったということが胸にひっかかり、あと一歩、浮上しきれない汐里は、自分がどれだけ耀にはまっているのかを痛感する。
今まで彼氏がいなかったわけじゃない。浮気されたことだってある。あの時は、もっと冷静に対処していたはずで、ショックで酔い潰れるなんて、絶対にあり得なかった。
自分は恋愛にはクールな方だと思っていたのだが、今まではクールになれるほど好きじゃなかったということだ。
耀を待っている間、自己分析などを始めた汐里は、冷静な自分もでてきて、これはヤバい状態ではなかろうか……と、耀との恋愛、二人の年の差、そして自分の年齢について考える。
今さらなのだが、耀と付き合った時は、彼の年齢も考え、重くならない恋愛ができるだろうと思っていた。若者の恋愛のように、簡単にくっついては離れる……そんな恋愛になるんだろうと。
それがこのハマりよう……。
いつか耀が自分に飽きた時、二人に別れがきたとき、自分は堪えられるんだろうか?
結婚適齢期を過ぎ、年下の昔の男をひきずる痛い年増女になる自分を想像し、汐里は深いため息をつく。
だからって、今、耀から離れるという選択肢は皆無なわけで、思い悩んでもしょうがない。
それはわかっているが、色んな面での不安が溢れてくる。
スマホを手に取り、充電が100%になったのを確認して充電器を外す。
まだ十時前だ。
あと何時間、こんな不毛なことを考えないといけないのか?
早く耀に会いたい。
会って、ギュッと抱き締めてほしい。
恋愛脳爆発中の汐里は、ひたすらスマホの着信を待っていた。
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