第8話 汐里の部屋

「そういえばさ、この間幸崎と一緒にいたじゃん?あれ、なんで? 」


 部屋に入り、飲み物を冷蔵庫にしまっていると、耀がテーブルにお菓子類をセッティングしながら聞いてきた。


「なんでって、私もよくわかんないよ。学生課に来て、耀君のこと聞かれたの。付き合ってるんですかって。こんなに年が離れてるのに、あり得ないじゃないねえ? 」

「なんで? 」

「なんで…って? 」

「たいした年の差じゃないよ」


 汐里がビールを二本持って振り返ると、耀はいつもの笑顔で汐里を見ていた。

 汐里は思わずドギマギしてしまう。

 一般的に見ても、耀は整った顔立ちをしている。中性的な感じがするから、男っぽい色気にはかけるが、あくまでも感じがするだけであり、実際にはれっきとした男の子な訳で……。


「俺としおりんが付き合ったとしても、別にあり得る話しじゃないの? 」


 耀が近寄ってきて、汐里の手をビールごと掴んだ。


「いや、でも……。そういう可能性があったら、こんな夜遅くに部屋なんかにあげないよ。私、そういうタイプじゃないし」

「まあ、うん。可能性のありなしは置いといて、しおりんは軽いタイプの女の子じゃないよね。俺のこと信用してくれてるから、部屋にも入れてくれてる訳でしょ? 」

「もちろん! 」


 耀が汐里からビールを受け取り、汐里の手を離した。


「ほら、ビデオ観ようよ。まずは乾杯だね」


 DVDをつけ、ベッドに寄りかかるようにして二人で並んで座り、ビールのプルトップを開ける。


「念願の、しおりんとの乾杯ができた」

「念願って、大袈裟ね」

「だって、初めて会った時、一緒に飲もうって誘ったら、未成年と飲酒したら捕まるから嫌だって、ばっさり切り捨てられたじゃん」

「あれは……、耀君がチャラけて見えて、苦手なタイプだと思ったから」

「酷いな。チャラけてなんかないのに」


 耀はわざと拗ねて見せ、汐里はごめんごめんと手を合わせる。


「あれ? しおりんからいつもと違う匂いがする」


 耀が汐里の方へ顔を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎだした。髪の毛から下に下がり、胸元で顔が止まる。


「こらこら、それはセクハラ」

「えー、いい匂いなのに。この匂い好きだな。もっと嗅ぎたい。しおりん、香水なんかつけるんだ」

「これは、合コンだからって由利香に無理やりつけられたの」

「合コン? しおりん、合コンだったの?! 」


 耀がいつになく真剣な顔で汐里に近づいてきたため、汐里は耀の胸を手で押した。


「さっきから近いってば」


 酔いだけのせいでなく、汐里の顔が赤くなる。


「しおりん、彼氏欲しいわけ? 」

「違うわよ、数合わせ。風邪ひいた同僚の代わり。だから、一次会で帰ってきたの」

「じゃあ、いい感じの人はいなかったんだかね。なんだ、良かった。彼氏が欲しくなったら言ってね。俺がいつでも立候補するから」


 耀はいつものニコヤカな表情に戻り、ビールを飲みながらテレビに視線を向けた。


 それにしても、耀君みたいにモテる子がこんなに軽々しく彼氏になるなんて言ったら、勘違いしちゃう子だっているだろうに……。

 私だからいいようなものの。


「耀君、軽過ぎ。誰にでもそんなこと言ってるの? 」

「言わない、言わない。しおりんだけだって」

「もう! 美麗ちゃんみたいな子に言ったら、絶対本気にとられるからね。付き合う気があるんならいいけど、気軽に誰にでも言ったら駄目よ」

「美麗?……ああ、幸崎ね。なんでそこで幸崎がでてくるの?それに、誰にでもなんか言わないし 」


 耀は冷蔵庫へ向かい、自分で二本目のビールを出してくる。


「だってあの子、耀君のこと……あれよね? だから、私のとこにわざわざ確認にきたんでしょ? なんか真剣ぽいし。あんなに可愛い子に好かれて、満更でもないんじゃない? 」


 耀は、汐里の隣りに戻ってくると、ドカッと乱暴に座り、ビールを開けるとグビグビ飲む。

 足がわずかに当たっているが、酔っていて気がつかないらしい。


「可愛い? 誰が? 」


 珍しく声音が不機嫌っぽい。


「美麗ちゃんよ。あんな美少女なかなかいないでしょ?高校の時も可愛かったんでしょうね」

「さあね。別に、そんなに可愛いとは思わないけど。それに、なんか気持ち悪いよ。気がつくと視界にいるんだよね。鬱陶しいっていうか」


 女の子にはフレンドリーなはずの耀が毒舌だ。


「耀君、飲み過ぎてない? 大丈夫? 」

「全然。しおりんももっと飲みなよ。幸崎の話しはおしまい。ビールが不味くなるから」


 どうやら、本当に耀な美麗にあまりいい感情を持っていないようだ。美麗の話しを先にしたのは耀だが、機嫌が悪くなるようなので、汐里は黙ることにした。


 しばらく黙ってDVDを見ていたが、汐里は久しぶりに飲んだ酒のせいか、視界がボンヤリと狭くなってきた。瞼がたまにくっつき、努力しないと開けられないほどになる。


「耀君、ちょっと顔洗ってきていい? 化粧落としたい」

「いいよ。素っぴんのしおりん初だね。ついでに、部屋着に着替えたら? 」

「そうだね……」


 汐里は、クローゼットから短パンとTシャツを出すと、それを持ってユニットバスに向かう。

 化粧を落とし顔を洗うと、少しは眠気が覚めた。

 化粧水のみつけ、持って入った洋服に着替える。着ていた洋服を手に部屋に戻ると、耀はDVDを一時停止して待っていてくれた。


「しおりんの素っぴん、あんまりいつもと変わらないね」

「まあ、あまり化粧してないからね。アイメイクとかチークとか苦手で」

「部屋着、いいね。しおりん、短パン似合う。足ほっそ! 」

「あんま見ないでよ。恥ずかしい」


 通常は、部屋着というと寝間着を着てしまうため、部屋でくつろぐ洋服を持っていなかった。まさか、寝間着を耀の前で着るわけにもいかず、とりあえず気楽な衣類を選んだのだが、短パンはさすがにお気楽過ぎたかもしれない。

 今さらだが恥ずかしくなる。


 今度、トレパン買おう……。


 耀の隣りに戻り、足を抱えるようにして座ると、耀がDVDを再生してくれた。


 ほんの数分ほどで、またもや睡魔に襲われる。

 まだ最初のビールを半分も飲んでいないから、きっとコンパで飲みすぎたんだろう。緊張していたから気がつかなかったが、耀といてリラックスしているせいか、いっきに酔いが回ってきたらしい。


 少しだけ目をつぶろうと、自分の膝に顎をのせると、TVの音が自然と小さくなっていき、スーッと意識がなくなっていった。

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