第6話 学食にて

「お姉さん、こっち、こっち! 」


 あぁ、手を振らないで欲しい……。


 学食にいた男子生徒が、一斉に期待に満ちた視線を美麗が手を振った先に集中する。

 その視線が しばらくさまよった後、小さく手を振り返す汐里に焦点を合わせ、落胆したようにそれていく。


 勝手に期待して、失望しないで欲しいな……。


「ごめんね、仕事が延びちゃって」

「いえ、食事とってきて下さい」


 美麗の前には、小学生の物?というくらい小さなお弁当箱が置いてあり、水筒まで持参していた。

 汐里が酢豚定食を持って美麗の前に座ると、明らかにそのボリュームの違いに恥ずかしさを感じる。


「そんな少なくて足りるの? 」

「大丈夫です。お菓子も持参してますから」


 美麗がお弁当箱を開けると、量は少ないものの、一口大のオカズがカラフルに詰められていた。ご飯も小さなお握りで入っていて、みな味が違うのか、三色お握りになっていた。


「凄い、カラフルなお弁当だね。美味しそう」

「ありがとうございます。少し食べますか?自作なんです」


 美麗は頬を染めて、お弁当を汐里の方へ差し出した。


「いや、いいよ。私が食べたら一口でなくなりそうだもん」


 このお弁当を自作って、見た目だけじゃなく、女子力の高い子なんだな。

 ことごとく私と正反対な感じだ……と、汐里は劣等感が刺激される気がして、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。


「あれ?しおりん。学食なんだ? 」


 後ろから肩を叩かれ、振り返ると耀がニコヤカに立っていた。隣りのテーブルから椅子を運び、汐里の隣りに座る。

 後ろには、取り巻きの女子のキツイ視線を感じた。


「耀、帰るんじゃないの? 」

「先帰ってて。俺、ちょっとお茶して帰るから」


 女子達は、不満気に文句を言うと、待ってるからと少し離れた席に陣取った。


「待ってるってよ、いいの? 」

「いいの、いいの。お昼にしおりんに会えるなんてレアだもん。しおりん、酢豚?美味しい? 」

「食べたいの?どうぞ」


 耀は、汐里の使っていた箸で、気にすることなく酢豚をパクつく。


「こら、肉ばっか食べない。酢野菜定食になっちゃうじゃない」

「アハハ、酢野菜ウケる! 」


 汐里は耀から箸を奪い返すと、ご飯をパクっと食べた。


「アッ……」


 美麗の視線が箸に注がれ、何やら悲壮な声を上げた。

 それで始めて美麗の存在に気付いたのか、耀はあれ?という表情で汐里を見た。


「しおりん、相席? 」

「いや、幸崎さんに誘われて学食にきたの」

「えーっ!誘えばお昼食べれたの?なんだよ、今度俺とも一緒しようよ」

「イヤよ。耀君の取り巻きに恨まれたくないもの」

「取り巻きって、ただの友達だよ」


 耀は、待っている子達に手を振りながら言った。


「あなたはそう思っていても、彼女達は違うでしょ」

「みんな友達だってば。それにしても、幸崎さんとお昼食べるくらい親しかったの? 」

「え……いや、今日会ったばかりだけど。ほら、学生課って学生の窓口っていうか、相談にのったりもするし……」

「ふーん」


 美麗を見る耀の視線に、汐里は違和感を感じた。いつもは笑顔で愛想の良い耀が、美麗には笑顔を向けないというか、温度差のようなものがあるような……。


 もしかして耀君、幸崎さんのこと苦手なのかな?


 表情の変化があからさま過ぎて、見ている汐里がオロオロしてしまう。


「ほら、お友達が待ってるよ。行った方がいいって」

「しおりんのいけず!まあ、いいや。またね。」


 汐里は、素直に席を立ってくれた耀にホッとした。

 それにしても、女の子に馴れ馴れしい耀が、高校からの同級生の美麗のことを名字で読んでいたし、この二人何かあったのだろうか?

 しかも、耀と親しいのだろうと思っていた美麗が、耀と一言も喋っていないのも気になった。


「ハア……」


 美麗は息でも止めていたのか、真っ赤な顔をして大きく息を吐いた。


凄いです。よく耀君と普通に喋れますね」

「えっと……、幸崎さんは話せないの? 」

「美麗って呼んで下さい」

「ああ、うん。じゃあ、私もじゃなくて名前を呼んでくれる?美麗ちゃんは、耀君の同級生なんだよね? 」


 美麗は、そうですよと頷く。


「仲良いんだよね? 」


 美麗は、とんでもないと手を振る。


「中一の頃はちょこっと話しましたけど、今は全然話してないです」

「そ……うなの?最近、私の話しばかり耀君がするって、言ってなかったっけ? 」

「はい。してますよ。私、耀君の後ろの席に座ってますから」


 こんなに、可愛い子が耀君のストーカー?

 いや、ただたんに物凄くシャイなだけ?


「どうすれば汐里みたいに耀君とお喋りできますか? 」


 美麗の表情は必死だ。


「えっと、私に話しかけたみたいに、話しかければいいんじゃないかな?私の場合、耀君から話しかけてきたから話すようになっただけで、たまたま同じバスに乗ってたり、偶然TSUTAYAで会ったりしただけで、特に何かした訳じゃないし」

「偶然ですか?羨ましいです!私なんて、登下校の時間調べて六年間同じ電車乗ったり、休みの日も耀君の家の近くに行ってみたりしてますけど、いっこうに声をかけてもらえませんよ? 」


 うーんと、本当にストーカーじゃないよね?


「あのさ、毎日自分から挨拶してみたら?美麗ちゃんみたいに可愛い子に声かけられたら、誰だって嬉しいと思うし」

「そりゃ、他の男の子ならそうです。耀君をそこらの男の子と一緒にしないで下さい! 」


 いきなり怒りだした美麗に、汐里は戸惑いながら、声を押さえようかと指南する。


「耀君の好みを調べて、それに合わせてきたんです。なのに、耀君はちっとも私に声をかけてくれないんですよ。なんで、汐里みたいに地味で目立たない系が耀君と友達になれて、私が駄目なんですか?! 」


 テーブルをバンッと叩き、周囲から注目を浴びてしまう。


「いやね、だからちょっと落ち着いて……」

「流行りを追っているような子は好きじゃないって聞いて、今時の洋服はみんな捨てたし、化粧もナチュラルが好きだって聞いて、派手な色は捨てました。今までの耀君の彼女達より、ずっと私の方が耀君のタイプに合ってるはずなのに! 」


 美麗は涙ぐみだしてしまい、まさかの汐里が泣かせた的な避難の視線が回りから注がれた。


「あ~と、ごめんね。お昼休み終わっちゃうから、また今度ね」


 汐里は食べかけのトレーを持って立ち上がると、そさくさと返却口に向かう。


「じゃあ美麗ちゃん、またね」


 美麗のジトッとした視線を感じつつ、汐里は笑顔をひきつらせつつも手を振って足早に学食を後にした。


 あの子、見た目通りの可愛い子じゃないわ。

 たぶん、いや、確実に耀君のストーカーだ。

 関わったらアウトだわ。


 汐里は、背筋に悪寒を感じながら仕事に戻った。

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